魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-
兵士二人はほっと胸を撫で下ろし、先ほど不信感を抱いていた兵士が声を弾ませた。
「なんだマイクか、そうならそうと早く言えよ」
リリスが使った顔は顔見知りの?顔?だったらしい。
「外の騒ぎのせいで、タイムシフトが大幅に変更になったんだ」
とリリスはその顔に相応しい声で言った。
こうして二人の兵士はなんの疑いも持たず、この場を離れて行った。
再びヘルメットを被るリリスを見ながら、トッシュは魔導師という存在が異界の存在であることを痛感した。
魔導師という存在は、普通に暮らしていれば、まずお目にかかれない存在だ。普通の暮らしをしていなくて、一生内に出会えるかどうかわからない。魔導師というのは、それほどまでに数が少なく、半ば伝説上の存在なのだ。
〈扉〉を手の甲で叩いたリリスは老婆の声で、
「本当に開けていいのかい?」
「そのためにあなたを呼んだ」
「そうかい。じゃが、わしの仕事は〈扉〉を開けるまでじゃ。そのあと世界が滅びようがわしには関係ないってことを覚えておいで」
とんでもないことを口にするリリスだが、トッシュはその言葉をただの脅しとして受け取った。
「誰かが来る前に早く開けてくれ」
「せっかちな奴じゃな」
リリスの両腕が、羽ばたく巨鳥のように大きく広げられた。
巻き起こるはずもない強風が吹き荒れ、微かにリリスの足が宙に浮いた。そして、玲瓏たる声が響いた。
「ここを封じたのも妾の気まぐれなら、ここを開けるのも妾の気まぐれじゃ」
玲瓏たる声はリリスの声だった。その声は妖女リリスの魅言葉。誰をも魅了する声音。
トッシュの全身は弛緩し、思わず足から地面に崩れてしまった。だが、彼の意識はほぼ正常なものを保っている。狂人的な精神力の賜物というところだろう。普通の人間であれば、快楽に酔いしれて堕ちてしまっていただろう。
「妾の愛しい子……迎えに来たぞよ」
〈扉〉がよりいっそう妖しい輝きを放ち、悲鳴をあげた。
キーンと耳を突くような高い音が鳴り響き、〈扉〉が熱せられたチョコレートのように溶けていく。
幾星霜の時を経て、ついに〈扉〉は開かれた。
ひとりの気まぐれな女の力によって――。
通りに風が吹き、甘い香りを含んだ妖気が場を満たす。
白い影は微笑み、?少年?は嫌な顔をしていた。
相手の妖気に中って、アレンは戦う前から負けそうだった。
アレクの前方には〈ピナカ〉を構えるライザが、濡れた唇を歪ませながら微笑んでいる。
「アタクシの奴隷になれば、一生なに不自由なく暮らせるわよ」
「俺は束縛されんのが嫌いなの」
「アタクシは束縛するのが好きなのよ」
「このサド女!」
「本当のことを言われても、痛くも痒くもないわ――あら?」
白いロングコートのポケットで鳴る通信機に気づき、ライザは魔導銃〈ピナカ〉を持った手をアレンに向けつつ通信機に出た。
通信内容を聞いたライザが、この上なく妖艶な笑みを浮かべる。
「ふふっ…… そうなの……」
通信機を切ったライザの浮かべる表情が気になったのか、訝しげな表情でアレンが尋ねる。
「なんだったんだよ?」
「魔導感知器が、地下から放出された魔導エネルギーを感知したそうよ。もしかしたら〈扉〉が開いたのかもしれないわ」
ライザの勘は当たっていた。先ほどトッシュたちによって〈扉〉を開いたのだ。
〈扉〉が開かれたかもしれないと聞き、アレンがニヤッと笑う。
「俺の活躍が実を結んだってことだな」
「そういうことになるかしらね。でも、〈扉〉の中に入ったトッシュは袋の鼠。〈扉〉の中になにがあるにせよ、それをどうやって持ち去るのかしら。巨大な装置だったら運べないわよね」
〈扉〉を開けること。それはまさに今回の作戦の入り口でしかない。果たしてトッシュの策は?
「俺、中になにがあるか知ってんぞ。人型エネルギープラントがあるんだってさ。人型なら自分で歩くんじゃないのか?」
この情報はアレンがリリスから聞いたものだった。そして、この情報はトッシュもライザもまだ知らぬことだった。
エネルギープラントと聞き、この世界の者たちが、まず頭に浮かべるものは魔導炉の存在だろう。魔導により放出されたエネルギーを電気エネルギーに変換し、膨大なエネルギーが二十四時間、止まることなく都市にエネルギーが供給される。だが、この技術は失われし科学技術であり、ゼロから魔導炉を造り出す技術は現代には残っていない。魔導炉がなんらかの理由で大爆発を起したとしたら、その被害は計り知れない規模となるだろう。
人型エネルギープラントなどと言うモノ、科学者であり魔導師であるライザも聞いたことがなかった。
「人型エネルギープラント? 古の時代に戦争で投入された巨神兵……いえ、あれはただのゴーレムと機械の合成物……だとすると?」
ブツブツと独り言を言いながら、ライザの思考は巡らされ、古い書物に書かれた事柄を思い出していた。それでも人型エネルギープラントに関する事柄は思い出されなかった。いや、その事柄に関する書物を読んだことがないのだろう。それでは思い出すことなど不可能だ。
現在、世に残っている魔導炉の規模を考えると、それを人型にするなど不可能だとライザは考えた。できたとしても、全長何十メートルもの巨人だろう。
未知への探究心が、ライザの欲望を駆り立てた。
「休戦にしないかしら?」
「はぁ?」
突拍子もないライザの提案に、アレンは思わず口を半開きにしてしまった。
「アタクシはアナタを殺したくない。だから、アタクシには戦う理由がないわ。〈扉〉までアタクシが案内するわよ」
「はぁ!?」
「それに、そちらのシスターもアタクシといっしょのほうが安全よ」
突然ライザに視線を向けられたセレンは、
「えっ!?」
と眼を剥いて後退りをした。
先ほどまで自分を人質にしようとしていた人が、今度は自分といたほうが安全だと言う。セレンは困惑した。
「あの、どうしてあなたといっしょだと安全のでしょうか。その、あなたは……敵なわけですし」
「アタクシはアナタを人質にするのをやめたわ。けれど、他のものがアナタを狙うかもしれない。少なくともアタクシと行動をともにすれば、アタクシ直属の獅子軍に命を狙われる心配はないわ」
「でも、それは……その……」
つまりこれは休戦というより、捕虜になれと言っているのではないだろうか?
「俺はいいぜ、別にぃ」
「なに言ってるんですかアレンさん!?」
セレンが声をあげるが、アレンは構うことなく両手を上げて降伏のポーズを示した。あまりにもあっさりし過ぎだ。
〈ピナカ〉を構えていたライザも、〈ピナカ〉を下げてコートの内ポケットにしまいこんだ。
「やっとアタクシの奴隷になる気になったのかしら?」
「絶対違う!」
アレンは即答で断言した。
「俺があんたの休戦を申し入れたのは、道がわかんねえから。〈扉〉までの道聞いたんだけどさ、忘れちゃって」
坑道の中はまるで迷路のようになっている。はじめて入る人間は地図でもなければ〈扉〉まで辿り着くのに多くの時間を要する。だが、トッシュは地図が紛失し、誰かの手に渡ることを恐れ、口頭でアレンに〈扉〉までの道のりを説明しただけだった。
作品名:魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)