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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-

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 ライザは吹き付ける風の中で、髪の毛をかき上げながら皇帝ルオに訊いた。
「地の底になにが潜んでいるのか、自らの目で見たくなったんだ」
「せっかく来てもらったのはいいけれど、お楽しみにはまだ早いわ」
「あと、どのくらいかかるんだい?」
「さあ?」
 などど皇帝の前で不確定な返事をしようものなら、気まぐれで拷問に掛けられて殺されるのだが、ライザだけは特別であった。
 う〜んと唸ったライザは口元で人差し指を立て、蒼い空を仰ぎながら口を開いた。
「街の外に鍵を取りに行ったトッシュ次第ね」
「ほう、鍵を?」
「鍵がなんなのかわからない以上は、彼を泳がせて鍵までの道案内をさせる。鍵が見つかり次第、トッシュたちの抹殺を命じてあるわ」
「誰を向かわせたんだい?」
「手が開いていたスイキと、もうすぐ仕事が片付きそうなキンキにも、仕事を片付け次第と依頼を出しておいたわ」
「なるほど抜かりはないようだ」
 と、ルオは満足そうに笑うが、ライザは少し気がかりなことがあった。
「そうね、スイキとキンキなら……」
 シュラ帝國のお抱え殺戮集団?鬼兵団?の一員であるスイキとキンキ。この二人の手にかかれば、トッシュなど赤子のようなもの。だが、ライザの脳裏に浮かぶ?少年?の顔。
「あの坊やが気がかりだわ。あの子の内から生じる気は、たしかに魔の力だった」
 この女には珍しく、不安な表情を浮かべるライザを前にして、ルオの表情も曇る。
「あの子とは誰のことだい?」
「素性は不明。けれど、魔導師特有の気が感じられたわ」
「君を感じさせたか?」
「ええ、身体の中が熱く火照ったわ」
「盛りのついた犬みたいに欲情するなんて、穢らわしい女だ」
 ルオの手が大きく振りかぶられ、ライザの頬を力強く引っ叩いた。
 紅く色づいた頬を片手で押さえながら、ライザは甘い声を漏らす。
「でも、貴方が一番よ」

 砂海原の中を、砂を巻き上げ泳ぐように走るジープ
 茶色い布を頭から被り、砂から身を隠す三人の男女。一人は車の運転をするトッシュ。二人目は荷台で寝転がっていびきを立てているアレン。そして、三人目は頭を抱えて項垂れるセレンだった。
「どうしてわたしまで……」
 どうして自分はこんな場所にいるのか。それもこんな人たちと。
「どうしてって言われてもなぁ」
 笑って誤魔化すトッシュをセレンは横目で睨み付けた。
「自分が悲劇のヒロインだなんて言いませんけど、少しでもあなたに人を思いやる気持ちがあるのなら、わたしを街に帰してください!」
「用が済んだらあの街に戻るつもりだ」
「今すぐ!」
「今すぐは無理だ。それに俺様たちと一緒にいるところを見られてるから、シスターも奴らに狙われてるだろうな」
「わ、わたしも……あぁ〜〜〜っ」
「心配するな、シスターをトラブルに巻き込んじまったのは俺様だ。シスターの命だけは俺様が責任を持って預かる」
「勝手にわたしの命を預からないでください」
「じゃあ、シスターが命の危機に晒されてるときに、知らん振りして立ち去れってことか?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「だったら俺様に命を預けるんだな」
「…………」
 ぐうの音も出なくなったセレンは、首を横に振って悪夢を振り払おうとしたが、振り払えるのは砂埃だけで、悪夢は消えてくれなかった。
 ジープは砂漠の中を走り、ある場所に向かっていた。その目的地を知る者はトッシュだけだ。
「わたしたちはどこに向かっているんでしょうか?」
「さあてな」
「そんな返事は許しません。わたしの身にも関係することなんですから」
「シスターは俺様に命を預けたんだから、黙っ――」
「黙りません!」
 真剣な顔をするシスターに負けてか、トッシュは重い口を開いた。
「……そうだな、これも運命ってやつか。なあ、シスター、本当に俺様の話を聴くか?」
 聴けば後戻りはできなくなる。それはセレンにもわかっていたが、もうすでに足は踏み入れてしまっている。
「聴かせてください」
「帝國から一生命を狙われるぞ」
 この辺りで帝國と言えば、皇帝ルオの率いるシュラ帝国しかない。そして、シュラ帝国の悪評をセレンは嫌と言うほど耳にしている。それでも彼女は首を縦に――。
「やっぱり駄目ですよぉ。聴きません聴けません、わたし長生きしたいですから、これ以上トラブルに巻き込まれたくないです。トッシュさんに命預けましたから、必ずわたしのこと守ってくださいね!」
 先ほどまでの真剣な顔をしたシスターはどこいってしまったのか。トッシュは目の前で慌てふためくセレンを口を半開きにして見つめていた。
「シスター、あんた正直な人だな」
「ただの怖がりです」
「よくそれであんな街に住んでられるな」
「臆病者だから生き抜けたんです」
「まったくだ。俺も臆病者だから、これまで死なずに済んできた」
 そんな莫迦なとセレンは思った。
 ?暗黒街の一匹狼?と呼ばれるトッシュの噂はセレンも耳にしている。拳銃を持ったやくざもん一〇〇人と素手で遣り合って勝ったと言うのは朝飯前で、警戒厳重なシュラ帝國が運営管理する銀行からキャッシュを根こそぎ奪い去ったのが昼飯前で、ある街に雇われてシュラ帝國の軍隊と遣り合ったのが晩飯前。そして、彼の最大の偉業と云われるのが、シュラ帝國の皇太后――つまり皇帝ルオの母君の寝室に侵入したことで、それが食後のデザートというところだろうか。
 トッシュのことを考えながら、ここでふとセレンの頭にあることが浮かんだ。
「トッシュさんて、職業なんなんですか?」
「なんだと思う?」
「金さえもらえればなんでもする、なんでも屋さんですか?」
「いいや違う。俺様はトレージャーハンターだ」
「はい?」
 目を丸くしてきょとんとするセレンを、ジープを運転しながら横目で見たトッシュは、少し口元を緩め恥ずかしそうな顔をした。
「聞こえてただろ、トレージャーハンター。宝探し屋だよ」
「わたしのことからかっているんですか?」
「からかってなんかないぞ。俺様の夢はガキの頃から世界を股にかける、トレージャーハンターって決めてたんだ」
 少し胸を張って大きな声を出したトッシュの横で、セレンが笑いを堪えながらクスクスと微かに声を漏らした。それを見て、トッシュが子供のように唇を尖らせて不機嫌そうな顔する。
「なにが可笑しい?」
「だって、可笑しいじゃないですか」
「なにがだ?」
「……やっぱり可笑しくありません。トッシュさんて、噂だと凄く怖い方のイメージがありましたけど、実際にこうして話してみると、悪い人じゃないかもと思います」
「噂なんてものは、尾ひれがどんどん付いていくものだからな」
 トッシュは鼻先で笑い、横のセレンから前方に視線を戻した。そこで彼は目を見開いた。
 大地が振動し、約二〇〇メートル前方が砂煙に覆われ、その先がまったく見通せない。
 竜巻か、いや違う。
 砂蛇か、いや違う。
 それは群れだった。
 トッシュの視線の先で、右から左へと影が次々と飛び跳ねるように上空を移動している。それはまるで、砂から砂へと飛び跳ねて泳いでいるようだった。いや、泳いでいるのだ。