魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-
「あのさ、そのシスターを解放してくんない?」
「駄目よ」
間を入れずライザが言った。
「アタクシにメリットがないわ」
人質を無償で解放するほどライザはお人よしではない。人質に捕った娘はトッシュとの交渉の道具でしかなかったのだが、トッシュは娘を殺してもいいと言う。この時点で、人質は人質の役割を果たさなくなった。つまり、セレンはいつ殺されても可笑しくない状態なのだ。
セレンの首の皮一枚をこの世と繋ぎ止めているのは、ライザのアレンに対する欲求だった。
「トッシュとの交渉は決裂のようだけど、坊やはこの娘の命を案じてるみたいじゃない?」
流し目を使うライザの交渉相手はアレンに移っていた。
一人目の交渉相手であるトッシュは、『殺せばいいだろ、そのシスターとは赤の他人だ』と交渉の余地なし。
二人目の交渉相手であるアレンは、『あのさ、そのシスターを解放してくんない?』と交渉の余地あり。
ライザの本来の目的はトッシュの身柄確保であるが、彼女は仕事に私情を挟み、第一優先事項であるはずのものが覆される。――それが皇帝の勅令であってもだ。ライザと皇帝ルオの関係は地位も権力も及ばないところにある――との家臣たちのもっぱらの噂だ。
自分のことを妖しい目つきで見るライザから視線を外したアレンは、深くため息をついてから懐に手を入れようとした。が、すぐに銃口を向けられて止めた。
「武器向けんなよ、肝が冷えるだろ。懐ん中に入ってる交渉道具を出そうとしただけだよ」
しかし、それを出したらアレンは蜂の巣になっていたに違いない。
不敵に笑うアレンの衣服の下で膨らみを見せる物体は、魔導銃――グングニールだった。これをアレンは交渉の道具に使おうとしたのだ。
アレンはライザの姿を確認してすぐに、グングニールを懐に隠していた。呑気に他人のプチトマトなんて食ってるわりには、こーゆーところはしっかりしているのだ。
懐を指差すアレンを見て、ライザは首を傾げた。
「そこにどんな物が入っているのかしら?」
「あんたの落とし物」
このアレンの一言でライザは理解した。だが、果たして人と銃が同じ天秤にかけられるものなのか?
「いいわ、アタクシのグングニールとこの娘、交換しましょう」
交渉はあっさりしていた。人の命など魔導銃に比べれば、取るに足らないものだとライザは判断したのだ。だが、彼女の気持ちは移ろい易い。
「やっぱりやめたわ。この娘、坊やの恋人? それとも愛人? だったら、坊やの目の前で甚振るのも一興ね」
「残念だけど、赤の他人。まだ一緒に寝てもない」
可笑しなことを口にしたアレンに対して、人質のセレンが顔を真っ赤にして声を荒げた。
「やめてください、誤解されるようなこと口にしないで下さいよ! あなたと寝れるわけないじゃないですか」
この言葉に深い意味はない。セレンは同性同士ということを強調したかったのだが、この場にアレンが女であること知る者はセレン以外いなかった。
「あら、フラれちゃったわね」
悪戯にライザが笑った。明らかに勘違いされている。
勘違いされようが気にしないのか、本当にそういう性癖があるのか、アレンは何事もなかったように話を戻した。
「それでさ、ここん中に入ってる銃とシスター・セレンを交換する話なんだけど、どーすんの?」
「そうね、まずグングニールをテーブルの上に出しなさい。少しでも可笑しな真似をすればわかるわね?」
ライザの言葉に頷いたアレンは懐にゆっくりと手を入れはじめた。このとき、ライザの後ろに控える獅子軍の持つライフルの銃口は、すべてアレンに向けられていた。――ケアレスミスだ。
トッシュの足が激しく床を蹴り上げた。
銃口をトッシュにも向けるべきだったと気づいたときには、時すでに遅し。
腰からハンドガンを抜いたトッシュとライザの目が合う。
瞬時にライザがセレンを突き飛ばした刹那、トッシュのハンドガンが火を噴いた。
一斉に奏でられる銃声の中で、呆然としていたセレンの手が引かれた。
「逃げるぞ!」
セレンの手を引いたものは、グローブのはめられた硬い手だった。
肩が外れるかと思うほどにセレンは手を引かれ、次の瞬間には小柄な少女の背中に担がれていた。
銃弾を避けながらトッシュが前を走り、その後ろからセレンを担いだアレンが追う
神聖な聖堂で銃が叫び声をあげ、セレンはアレンの背中で肩を震わせていた。
「どうしてこんなことに……」
「あんたがツイテナイんだろ」
相手の気持ちも考えないで素っ気無く言うアレンに対して、セレンは殺意にも似た感情を覚えたが、それはすぐに心の奥底から来る哀しみ流されてしまった。
もう一生、この教会に帰って来ることができないのではないか。そんな気がセレンはしていた。
道を塞ぐ扉をトッシュが開けると、大量の光が寂れた聖堂に流れ込んだ。まるでそれは天へのお導きのようであったが、果たして本当にこの先は天国か。いや、地獄かもしれない。
教会の前には数人の武装した獅子軍がライフルを構えて立っている――と思われたが、可笑しなことに、教会の前には誰もいなかった。
すぐにアレンが教会前に止まっていた軍用ジープを見つけて叫んだ。
「乗り込め!」
「鍵がないだろ!」
トッシュが叫ぶが、アレンは気にすることなく運転席に乗り込み、セレンを助手席に乗せた。
どこかで微かに歯車が鳴り、アレンの左手が鍵の差込口に触れるや、バチンと閃光が火花を散らした。するとジープのエンジンが唸り声をあげ、アレンは床が抜けるくらいアクセルを踏んだ。
「俺様を置いて行く気かっ!」
自分を置いて走り出したジープの荷台にトッシュは汗をかきながら乗り込んだ。
走り去るジープに銃弾が浴びせられるが、一発も当たることなくジープは逃げ切った。
遠ざかるジープの影を眺めながら、ライザが妖しく微笑んだ。
巨大な鉄の塊がクーロン上空を旋廻し、街に影を落とした。
シュラ帝國が世界に誇る巨大飛空挺――キュクロプス。一つ眼の巨人の名になぞられた、その飛空挺の船首には、巨大な眼のような穴が開いている。その穴こそが街を死の灰と化し、世界を恐怖のどん底に叩きつける失われし科学の脅威――魔導砲だ。
過去に一度だけ実践で使用されたキュクロプスの魔導砲は、一撃で辺りを光の海に沈め、約四〇〇〇平方メートルが一瞬にして灰と化したと云う。その光景を遥か遠くで見た者は、天に光の柱が昇るのを目撃し、神々が戦争をはじめたのかと思ったそうだそして、その光景は目を閉じても、長い間、瞼の裏に焼きついてしまっていたと云われている。
楕円形の機体をしたキュクロプスが風を震わせ大地に降り立ち、クーロン近くに横付けされた。
巨大飛空挺の昇降口から延びる鉄の階段が大地に足を付け、朱色のマントを羽織る少年が足音を響かせながら一歩一歩と階段を下りてくる。その歩き方一つを取っても、王者――いや、魔王の風格に相応しい。
地上で少年を待つ軍の者たちは、皆、直立不動で敬礼をして?魔王?を出迎える。その中でただひとり、?魔王?に敬意を払わぬ者がいた。
「貴方自ら赴くなんて、どういう風の吹き回しかしら?」
作品名:魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)