海竜王 霆雷6
力強く言い放つ美愛に、ムカついた。確かに、あのドラゴンに太刀打ちなんてできるばすがない。しかし、だ。相手を怒らせてしまえば、見境をなくすかもしれない。美愛は、感情の起伏が激しい。わざと怒らせて煽って、とんでもない一発を見舞って貰えば、どうにかなるだろう。ただ、美愛の出した答えに、納得もした。たぶん、自分は寂しいのだろう。自覚はないが、そうではあるだろう。義父の存在というのは、意外と大きかったのかもしれない。なかったものは、わからないが、一度、手にしたものは無くせば、元のなかったものにはならない。義父と暮らした一年は、そういう意味では、手に入れてなくしてしまったものだ。
「家族って、いいものなんだよな? 」
「いいものですよ、彰哉。ないなら、作り出せばいいのです。私の父は、小さい頃に婿入りが決まった方でしたから、母の両親に育てられました。父は、あなたと同じ人間でしたから、あちらとの縁が切れて、大層恋しがったそうです。でも、母の両親が、実の親として育ててくださったので、寂しいと泣くことは、徐々になくなったそうです。・・・・母の両親、私の祖父母ですが、その方たちと、父は、本当の親子にしか見えないほど仲睦まじくしておりました。」
「俺は、まだ結婚できないし、もう一度、養子に行くのも、どうかと思うけどな。」
「しばらく、私がお付き合いいたしましょう。姉だとでも思ってください。私には、下に弟が四人おりますから、弟の世話は慣れております。」
「いや、世話してんの、俺なんだけど? 美愛、メシ作れないし、掃除も洗濯もできねぇーじゃねぇーか。」
「教えてくだされば、できるようになります。・・・さて、とりあえず、お手合わせしてくださいな。・・気付いておられないようですが、彰哉は、すでに負けた後のことを考えておりますよ? 最初から、それでは話になりません。」
すくっと、美愛は立ち上がって歩き出した。有言実行な彼女は言い出したら止められないということも、ここ数日で知った。
「なんで戦う必要がある? 」
その背中に、疑問を投げた。負けるだろうというのに、戦えなんて、おかしいと思う。
「私が、あなたを叩き伏せてさしあげたいと思うからです。どうしても、あなたと本気で戦ってみたい。あなたの能力の限界を知りたいとも思います。」
「ムカつくことを、すっぱりと言いやがった。」
それを聞いて、彰哉も立ち上がる。目の前の背中は、玄関へと進んでいくが、声だけは聞こえる。
「剣技や体術なら、私も負ける相手がおります。ですが、純粋に力だけで戦うのなら、父にも勝てると確信しています。・・・・父は、持久力がありません。長期戦に持ち込めば、どうにかできると思うのです。ただ・・・・」
「ただ、なんだ? 」
「父は、本気で相手をしてくれないでしょう。すぐに、降参されてしまうと思います。・・・だから、私は本気で戦ったことはありません。神仙界で最強と謳われている私は、誰とも本気で戦えないのです。」
まあ、確かに、そうだろう。最強と言われている相手に、勝算もなく突き進む無謀なことは、誰だってやらない。それに、どういう状況でも、相手を殺すとなれば、それなりの覚悟が必要にもなる。能力の手合わせは、両親がしてくれた。たまに、弟たちとも手合わせしてみたが、それでも本気では無理だった。弟たちのほうが、能力としては低いからだ。母親とは、かなり本気で戦えたものの、父から譲り受けている能力では、やはり無理がある。唯一、相手が出来る父は、温和な人柄の方だから、遣り方と戦術的な方法論については教えてくれたが、戦ってはくれなかった。理由は、「おまえに力を叩き込むことなど、怖くてできない。」 というものだった。伝え聞いた話によれば、父は母を乗り越えて最強である。それなのに、鍛錬することも、使うことも滅多にない。
「それで、俺だったらいいのか? 赤の他人だから? 」
背後から足音と共に、声がする。赤の他人だからではない。あの妖気ともいえる波動が気になった。今まで感じたこともない禍々しい妖気のような波動は、一体、どんな能力なのか知りたかった。
「そうではありません。あなたの波動は、今まで見たことがない。だから、です。」
父の波動は神々しいほど輝く。自分のものもそうだ。『水晶宮の銀白竜』という、ふたつ名も、そこから名づけられたものだ。
「ふーん、でも、俺も戦ったことなんてないぞ。この間が初めてだ。」
ようやく並んで、ふたりして、玄関を出た。田舎なので、あまり外灯というものがない。そこそこの月明かりがあるから、道がわかる程度の明るさだ。深夜を廻った時間だから、他の家からの灯りも消えている。無言になって、ふたりして道を歩いた。どうしても、あの波動が見たいと美愛は考えていたし、どうやって怒りを煽るかを、彰哉は考えていた。
さすがに、浜辺で派手なことをしたら、バレるだろうと、海上に出た。そこから、人の出入りが出来ない断崖絶壁の下の海岸へ下りた。
「ここなら、問題はないだろう。ルールはあるのか? 」
ようやく、そこで、彰哉が口を開く。ルールといっても、ドラゴン対人間なんて、あんまり意味はないだろうと、笑ってしまう。ある意味、無差別級のノリだ。
「別に、ルールはいりません。私は、人型のままで戦うことにします。」
「ん、わかった。じゃあ、やってみようか? 美愛。あんまり、俺をバカにしてると痛い目みるからな。」
「そうですね、用心はいたしますわ。」
ハンデというほどではないが、美愛は、海の上に浮いた。巨大な龍の体力からすれば、そんなものは問題でもないが、少しでも、彰哉に有利であればよいと考えた。ぽん、ぽんと、小さな波動の球を、彰哉の立っている傍に叩きつけた。岩が壊れるほどではないが、それなりの衝撃はある。
それから、かなり大きな球を作り出し、彼の面前に叩きつけた。しかし、彰哉は動かないし、波動を増大させもしない。やる気がないのか、と、こちらも止まったら、ふいに、背後から、頬を掠るように黒い球が通り過ぎた。
・・・え?・・・・
それから、いくつもの黒い球は、自分の横をギリギリに通り過ぎていく。最後のひとつが、ぼふっと、自分のお尻に当たって弾けた。威力はないが、むっとした。
「おーい、背後の気配も感じないのか? 美愛。さっきの球が本気だったら、おまえの尻が焦げてたぞ。やるなら真剣にやれよ。」
正直、びっくりした。自分は手元からしか、球を投げられないのに、彰哉は、別の場所からでも簡単に投げられるのだ。いや、違う。たぶん、面前を粉砕した瞬間に、瞬間移動したに違いない。そこに、作り出した黒い球を配置して、すぐに、立っていた場所に戻ったのだろう。
やられた、と、思った。これでは、手加減している場合ではない。臨戦態勢になって、周囲にも意識を向ける。背後には、やはり妖気のような波動が存在している。それが向かってくる瞬間に、こちらも瞬間移動をして、彰哉の背後に逃げる。しかし、だ。また、彰哉も姿を消す。今度は、彰哉のほうが海の上だ。そして、自分には容赦なく黒い球が来襲する。それは、波動で跳ね返した。