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海竜王 霆雷6

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数日は、何事もなく過ぎた。周辺の案内や、課題への助言や、浜への散歩などという、ありふれた時間だった。
 彰哉のほうは、平坦だった時間が、少し変動する程度のことだったが、それでも、なんとなく楽しいとは思い始めている。
 対して、美愛のほうは、何が一体どうなったら、この人間への興味は尽きるのだろうと、考えている。これといったことはない。ただ、何気無い会話をする程度では、やはりわからない。
「彰哉、消えたい理由を述べてみなさい。」
 夕食の折に、そう質問したら、「飯がまずくなるけど、いいのか? 」 と、返された。確かに、深刻な話なら、食事時にすることではない。「では、後から。」 と、美愛も応じて、食事に集中する。この家で用意されるのは、ほとんどが加工品だ、ということを、美愛も理解した。彰哉は、料理することに興味がないらしく、最低限食べられるものであればよいらしい。だが、美愛が暮らすようになって、それではまずいと思ったのか、毎食、それなりの料理をレトルトではあるが用意してくれる。
「無農薬野菜ってヤツのおかずにしたけど、これでもクスリの味はするのか? 」
「・・・これは、あまりしません。」
「おいしいのか? 」
「おいしいと思います。ただ、これは、初めて食べるものなので、本来の味がどういうものか理解していないので、私の個人的な感想です。」
「やっぱ、中華がいいのかなあ。」
「どうでしょう? テレビで見ている限りは、私の食べているものとは、少し違うように見受けられますね。」
「ていうかな。神様でもメシ食うんだなあ、って、俺はびっくりしたぞ。」
「だから、神に近いというだけで、神ではありませんよ、彰哉。それに、食べなくて自然の生気だけで生きているのは、仙人ぐらいのことで、神でも飲食はいたします。そういえば、彰哉は飲酒はしませんね? 酒というものは飲まないのですか? 」
 自分の父も、さほど飲まないが、人間とは、酒も嗜まないのか、と、疑問を口にしたら、「俺は未成年だから、酒は買えないんだ。それに、そういう嗜好品は贅沢だから、もったいない。」 と、言う。ああ、なんだ、と、美愛も納得した。そんな普通の会話をして食事を終らせてから、食器を洗う。食洗機なるものがあって、そこへ食器を入れれば自動的に洗われるらしいのだが、枚数が少ないから、と、彰哉は手で洗っている。
「なあ、美愛。」
 その様子を食卓で座ったまま観察していた美愛に、彰哉は声をかけた。世間話で聞いたところによると、美愛には家族がある。ファザコンじゃないか、と、思うほどに父親のことを話すのだ。そんなに大好きなら、逢いたくないのだろうかと思う。数日、ここに滞在しているが、別に、帰るとも言わない。
「おまえ、家のほうはいいのか? 心配されてないのか? 」
「向こうに、ここにいると報告はいたしました。それより、彰哉、先程の話なのですが・・・・」
「俺が『消えたい』理由か? 」
「はい。人間は短い人生を送ります。それすらも、全うせずに消えたいというのは、いかがなものなのでしょう? 私は、その理由をお聞きして、納得できたら、あなたを消して差し上げると約しました。私は急ぎはしませんが、理由は聞きたいと思っております。」
 消えたい理由なんて、そんな大層なものではない。ただ、生きている実感がない生活が、苦しいと思うだけだ。義父が居た頃は、その相手をするという時間があった。だから、なんとなく生きていられたのだが、それがなくなって、誰とも会わない生活を続けていたら、もしかして、いなくてもいても関係ないんじやないだろうか、という厭世観に捕り憑かれてしまったのだ。元から、何にもない空っぽの自分という存在は、これから働いたとしても、機械部品のように、ただ、それを遂行するだけに過ぎない。個人的に興味があることがあったら、それを職業にすることもできるが、それもない。そう考えたら、これから数十年はあるだろう未来というものが、疎ましくなってくるのだ。
「親父がな。・・・だふん、俺は消えると予知していた。だから、消えてもいいんだと思う。これでは理由にならないか? 」
 直感した理由を口にしたら、「バカらしい。他には? 」 と、ストレートに切り捨てられた。食器を洗い終わって、食卓に戻って、しばらく、美愛の顔を直視する。言ってもいいのか、悪いのか、どうなんだろうと思った。
「言いたくないのですか? 」
「・・・いや、そうじゃない。なんていうか、俺、一人だしな。だいたい、俺は、生産調整の端屑みたいなもんだからさ。・・・・いなくてもいいんじゃないかと思うわけだよ。そういうのわかる? 」
 たぶん、今の行政機構の遣り方がわかっていないだろう。そうなると、この行政区域の説明からしなければならない。
「わかりません。」
「そうだよな。美愛は、ドラゴンだもんな。・・・じゃあ、そこから説明する。わかんなかったら、止めてくれ。そこで、また説明するからさ。」
 とりあえず、生産調整について説明することにした。それだけでも、結構、時間がかかる。途中で、美愛が質問を仕掛けてくるから、それにも答えていたら、深夜近くになった。ようやく、そこで、本題に入る。
「だからな。俺は、今の家族で生きている人間たちを補う意味で、造られた人間だ。ちゃんとした社会保障が継続できるように頭数を合わせるために造られたんだ。・・・なんかバカらしくないか? 義父は、好きなことをしろと言ってたけどさ。でも、あの人も、俺に、『消える時は』なんて言ったんだ。それって、俺が消えるってことだろ? なら、消えてもいいんじゃないかと思う。」
 最終的に、やっぱり厭世観に囚われているのだと、自分でもわかる結論に達した。わかってるが、虚しいのがなくならない。だから、やっぱり、そう言うしかない。ちゃんと話し終えて、喉が乾いたから、ミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して、美愛にも渡した。彼女は、しばらく考え込んでいたが、なんだか、頬を歪めている。

・・・そこで、なんで笑う? 美愛・・・・

 にぱっと笑って、こちらを向いた。
「彰哉、理由はわかりました。あなたは、家族がないことを憂いているのだと思います。そして、自分に家族がないことが悲しいのだとも思います。ですが、それは理由にはなりません。」
「はあ? 」
「とりあえず、手合わせをしてみませんか? 私に勝てたら、消して差し上げます。たぶん、あなたは負けるでしょう。負けたら、また、しばらく、私の滞在を認めてください。その厭世観なるものから解き放ってさしあげられると思います。」
「手合わせ? 戦えってことか? それ、俺に不利だろ? 」
「不利でもやらないわけにはいきませんよ。それしか、あなたは消える方法がないのだから。」
「それなら、寄付できるように手配させろ。」
「それは認めません。どうせ、あなたは負けるのです。」
作品名:海竜王 霆雷6 作家名:篠義