HOT☆SHOT
「あのな、何でお前、今さっき出会ったばかりの人間にいきなり簡単にそんな事言えるわけ? というか、冗談か。ですよねーやっぱり」
「え? なに馬鹿なこと言ってるの。当然のことでしょ。あたしはもう奪われてしまったの。身も心も」
なんか感情に苛立ちが生じる。前のめりに顔を近づけ、
「奪ってないだろ。それにそれってカメラのことだろ!」
「奪われたんだ!」
麻亜耶も負けじと顔を近づけてくる。
彼女の瞳……唇までの距離は指が間に入るくらいだ。
彼女の胸先が体にあたる。お互いの心臓の鼓動が聞こえてくるようだった。
「奪われたんだ……」
もう一度、だけど今度は小さく儚げに。微かな呼吸とともに、彼女の湿った空気が虎康の口に入ってくる。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、虎康は少女の真っ直ぐな瞳に吸い寄せられていた。
「……虎康は……一目惚れって信じないのか……」
薄紅色頬を上気させ潤んだ瞳で見つめてくる。
まるで魔法にかかったみたいだ。
麻亜耶の両肩を掴んだ――。
「あ!」
やっぱり無理だ。信じられない。
「どうして……?」
「何でもない。俺たちは出会ったばっかだ。一時の情に流されても、後で虚しくなるだけだぞ」
と、言った瞬間、
「いでで!」
麻亜耶の横蹴りが左大腿部に入っていた。
「な、いきなり何するんだ!」
「うっさいこの弱虫虎康! 女の子の想い踏みにじるな!」
「はぁ? なに理由分らないこと言ってるんだ? 俺はお前のことを思ってだな……」
「そんなの虎康が勝手に思ってることでしょ! 出会ってからの時間なんて関係ないの! あたしはこの瞬間、今も虎康のことが好き!」
信じられない――。
「な! ……おい」
「ほんとあんたって、男のくせに度胸ないな。わかったよ……」
麻亜耶は虎康から顔を反らし、身体を翻した。
「待て! どこに行くんだ」
バシン!
「触るな!」麻亜耶は一瞥すると虎康の手をはじき、「要は虎康があたしのこと、好きになればいいんでしょ?」
スタスタと杖を持って離れ、
「ね? そうなんでしょ? そう、と言ってよ!」
今度は真っ直ぐな瞳で、少し離れた所で虎康を見つめる。
「あ、ああ、そうだ。俺がお前のこと、好きになれば……心から好きと言えるようになれたら、いいと思う」
自分でも何を言っているのか、わからなかった。だいたい何だっていうんだ。出会ってすぐに好きとかなんとか、ましてや告白って、有り得ないだろう。
それになぜか、心が痛む。
小絵。
凪咲。
いや、こいつらは大切な友人だ。だけど、心のどこかで何かが変わり始めている。そんな気がした。
顔を上げると、背を向け遠くを歩いていたはずの麻亜耶が手を後ろに組んで、目の前に立っていた。
さっきまでの表情とは打って変わって、彼女は微笑んでいた。
「じゃ仲直り、しよ」
まったく……、こんなにコロコロ変わる子なんて、そうはいないぞ……。
「そうだな……よし! それじゃあ仲直り」
だけど、彼女の顔を見てると、正直な気持ちでいたいと思う自分がいるから不思議だ。釣られるようにして、虎康も微笑む。
「だけど、忘れないでよ。あたしたちはもう夫婦なんだからね」
「ああ、はいはい。一応、覚えとくよ」
「何よ、その返事は? あたしといるのが、もうイヤになったの?」
「は? それこそ有り得ないだろ? 仲直りして一〇秒でもうお別れなんて」
「ふん、冗談だよーだ。可愛いぞ――虎康」
人差し指を立て、ウィンクしながらにやりと笑う彼女――。
出会ってまだそれほど時間が経っていないのに、何だろうか。この気持ちは?
こいつも同じような気持ちなんだろうか?
そういえば、こいつ、出会ってた時、急いでたよな。
おかしなやつ。こんな所で油売ってていいのか、って――。
虎康はあたりを見回していた。
「どうしたの?」
「なあ、ここって、こんなだったっけ?」
「なに言ってるのよ、最初からこの場所は、こんなんだよ」
目の前に突然現れた少女に目と……心も(?)奪われ、今になるまで、周りの景色なんて一切、気にもしてなかった。
赤黒く染まった曇り空の中、瓦礫の山が広がっていた。道路は至る所で捲り上がり、深い裂け目が行く手を阻んでいたりもしていた。廃墟と化したビル。クレーターのような陥没。
麻亜耶と虎康を除いて、全てが灰色の世界だった。
「というか、根本的な質問、いいか?」
「うん、いいよ。何でも聞いて」
「麻亜耶は一体、何であんなに急いでいたんだ?」
蝋人形のように固まっているマジカル少女。
「ん? おい? どした?」
ギギギとカラクリ人形のように首だけを動かし、虎康を見ていた。
「お前、なんか冷や汗、掻いてない?」
「虎、康……あたし……すっかり、忘れてた!」
「忘れてたって、何を忘れてたんだ?」
「敵!」
「ああ、言ってたね。何その敵って? 強いの?」
「そうね」
「え? え? もしかして、そいつって、一人、いや一匹、一頭、まあ単位はどうでもいいや。要するに単体なわけ?」
「そうね」
「もしかして、こんな世界にしたのもそいつ?」
「そうね」
「え? なになに? ラスボスってやつ? 有りえねぇ〜」
「そうね」
「……」
「地上にはもう、あんたとあたし。そしてヤツしかいないの」
「は?」
「地上にいる人間は虎康とあたししか、いないって言ってるの! そして、相手は巨大ロボ。ちょっとだけカッコインだよね、そいつ。ああ悔しいなぁもう」
「悔しがるポイント、そこじゃ無いと思うんだ……」
「あたしの力だけでは、アイツを倒せない。だから悔しさを胸に閉じ込めて、あたしはとある英断を下したの」
「へえ、それはどんな英断なの?」
「勇気ある撤退……」
麻亜耶はえっへんと、誇らしげだったが、
「逃げたんだね……」
「撤退って言ってるでしょーが!」
「で、他の皆さんは、どこに?」
「みんな、地下シェルターWault101に避難してるよ」
「ちょっと、その名前は危ないですよ。で、何で、麻亜耶は避難してないわけ?」
「それは……そのぉ、ちょっと廃ビルの上で寝てた? というかぁ、逃げ遅れた? そんな感じ、かな?」
「かな? じゃねえよ! 完全にリラックスしてたんじゃねぇか! 世紀末でも何でもねえよ」
「なによぉ……戦士にも休息が必要な、のよぉ……文句ある?」
もう言い訳にしか聞こえなかった。
「待て、こんな所で喧嘩しても始まらん。ちょっとあそこに行くぞ」
「あそこってどこ行くの? あ、わかった。地上で子孫を残すために早速……。やだな、もう。ちょっと汗ばんでるかもしれないけど、あたしは平気だよ?」
「何が平気なんだ? お前の扱いなんてな。あの女とあの子で慣れてるんだ、こっちは。というわけで、早く来なさい」
「むむー、浮気は死刑! だからね」
と言いつつ、虎康が案内した先にあるもの――ドアの外れた全長5メートル、高さ2メートルほどの大きな車を目の前にして、
「うわ、なにコレ? さっきは気づかなかったけど、虎康はこれに乗ってたの?」
言うのも恥ずかしいが、言わないといけないよな。
「ああ、そうだ。名前はチロリあは〜ん号だ」
「……かわかっこいい」