HOT☆SHOT
第一話 Virgin☆Shot! Stage3
3
「織部虎康、イッキまーーーっす!」
バン! ドアを開ける! 計画通り。
右足を颯爽と地面に投げ出す。計画通り!
そして、蝶が舞うが如く、虎康は希望を胸に空へ向かって飛び上がる。
計画――えっ、
うひょひょーーーーーーー!
何? 左横、三時の方向だ!
「――って、青白ストライプ!」
目の前に青白ストライプが飛び込んできたかと思うと、次の瞬間、虎康は蝶のように空を舞っていた。
相棒の体の一部だったドアと青白ストライプも一緒に螺旋を描いていた。
「ぐへぇ」
虎康の身体は容赦なく地面に腹打ちしてしまったが、ここぞとばかりにプロフェッショナル魂が炸裂していた。
落下した衝撃で壊れないよう、カメラを持った両手を空に向けていたのである。
(ふふ、そう。今の俺は鯱だ――ただの鯱ではない、今俺がとっているポーズは名古屋城の金鯱と言ってもいい!)
はた目から見ると、虎康はオットセイのようなポーズを取っていた。
虎康はオットセイのまま、ファインダーを覗き込んだ。
「ん? いきなり得体のしれないものが……さすがは未来、アメージングワールド!」
ピントを合わせていく。
「んん? なぜこんな所にMという文字が?」
微調整。
「白字でM。中央は青白……?」
何だこのオブジェは?
虎康はシャッターを切った。
カシャ! カシャカシャカシャカシャ。ア、アメージング。カシャカシャカシャ……。
「いたたた……」
若い女の声だ。
「オブジェがしゃべった?」
カシャカシャ……。
シャッターを次々に切っていくとオブジェの中心から、女の子の顔が現れる――その時、初めて虎康はそれが何かを認識した。
「M字……開脚……アメージング……」
しばし、呆然としていたらしい。いつの間にか、青白M字もとい少女が頭上に立っていた。
その少女はなぜだか知らないが、ご機嫌斜めな様子で虎康を睨めつけていた。
カメラから顔を上げることなく、虎康は更に角度を上げた。
ファインダーを通して、目と目が合う。
カシャカシャ……。
少女は彼女自身と同じ背丈ほどのマジカルな杖を持っていた。
髪は淡い亜麻色のショート。青色をベースに和風成分とゴシックロリータ成分とマジカル成分を混ぜすぎた――料理で言えばフランス料理みたいに原型が何なのか、味すらももはや何なのか別物みたいになりましたぁ、さあ、どうぞ。みたいな服を着ていた。だが、少し安心もした。絶対領域は時代を経た今でも同じ価値観なんだな、と。
ビバ! 絶対領域! カシャシャシャシャシャ!
「ってか、魔女っ娘――だと?」
そう言って、虎康がカメラから顔を上げると、
「あんたねぇ……さっきからどこ見てるんだよ。コラ!」
言葉よりも先に青いブーツが眼前に現れたかと思うと、虎康の首の付け根から鈍い音がし何も見えなくなる。
「痛い痛い、顔が……食い込む食い込む」
(だけど残念でした。僕の目が見えなくとも第二の目は見えているんですからね。撮らせて頂きますよ)
カシャカシャ……。
「あんた、アイツの手下だろ?」
「手下? っていうか、初対面ですし、まずはこのマジカルブーツを顔から離していただけないでしょうか? 俺、あ、いや僕、今日初めてここに来たんで」
「アーン? っかしいなぁ、じゃあ、その手に持っているそいつは何なの?」
「え? これ知らないの? カメラですよ。やだなぁ」
「カメラ? ナニそれ、知らない……」
「あ、いや、違った。キャメラだった」
「キャメラ? んー、それだったら、なんかどっかで聞いたことあるような?」
何だって? ということは、これか? これなのか?
「キャメィーラ!」
ブーツの感触が遠のく。
「ブハー! ふう」
深呼吸した。久方ぶりのシャバの空気――そんな気分だ。
落ち着きを取り戻すと、虎康は改めてマジカル少女を見た。
最悪なファーストコンタクトだったが、もし普通に出会っていたのなら、誰もが魅了されてしまうのではないだろうか。
可愛いすぎる――少女のあどけなさを残してはいるものの、形の整った大人びた顔立ち。潤んだ大きな瞳に長い睫毛が特に印象的だった。細い肩に華奢な手足をはじめ全身が綺麗な曲線を描いている。歳は凪咲より年下っぽい。
それに何というか、あくまで推測の域だが、この子はどことなく凪咲臭がする。
「……あ……あ、あんた」
「ん?」
「その……あんたは……あたしをその、キャメィーラで封じたんだな?」
「は? 封じた?」
「知ってるんだからね! キャメィーラは実際に見えるものを絵にしてしまう、世界七不思議のうちの一つなんだから」
「はあ……」
「そして、絵にされた者は身も心も奪われ、一生、その者に捧げなければいけない……」
「え? 何言ってんの?」
こいつマジ、凪咲臭い。
「ちょっと、貸してみてっ!」
「こら引っ張るな!」
虎康の首がカメラの紐で吊り上げられていた。
「この、この、貸せーーー!」
「足を背中に乗せるな! うげ! 首、首ぃい、チョークチョーク!」
がちゃがちゃ、とそのマジカル少女は虎康の首なんかお構いなしに、紐を付けたままカメラを弄る。
「はっ!? これは……」
カメラを両手に持ったまま、彼女は細い肩をワナワナと震わせていた。
「どうした?」
「これを見てみなさい! M字……ああ、こーんなあられもない姿まで、あたしは捧げてしまったのか。しかもこんなにクリアにくっきりと」
「あ、そ」
なんか、どうでも良くなってきた。早く二四時間、経たないかな。
「おい……起きろ」
「はい? あ、もう起きていいんですか? いやあもう、ここで死んじゃうのかな。現代にもう戻れないのかな、とか。お雑煮食べたかったな、とか。やっぱりパンツ貰っとけば良かったな、とか思っちゃいましたよ。いやー良かった良かった――」
虎康はよっこらっしょと立ち上がった。
立ち上がると、彼女の頭が虎康の肩あたりに来ていた。
ブーツのヒールが高いので、実際の背丈は小絵や凪咲と比べても低めだ。
この角度から見ても、やっぱり可愛い。
「名前は?」
「あ、俺の名前ね。俺は織部虎康」
「織部虎康……いい名前だな」
あれ? 今までと態度違うんですけど。
頬を赤らめながら、上目遣いでちらちらと見てくる。
「で、お前の名前は何て言うの?」
「あたしの名前は、その……知りたい……のか?」
うぜぇ、こいつのご先祖。絶対、凪咲だろ?
「そうだな、教えてくれよ」
「星色 麻亜耶(ほしいろ まあや)だ。まあやと下の名前で呼んでいいぞ。虎康」
「あぁ、そう……はい、よろしくね。麻亜耶」
「ふふ、もう遠慮することはないぞ」
「あん? 何言ってるの?」
すらっと伸びた指が虎康の頬に伸びたかと思うと、ぐいっっと顔を近づけ、
「さっきも言っただろ。もう、虎康とあたしはずっと同伴なんだ。虎康はいわゆる、あたしの嫁だ!」
「嫁、ソレチガウ。お前が嫁。俺がまあ、夫……になるのか。とにかく、麻亜耶は何か特定地域の文化の影響、受け過ぎ」
「そうなのか? でも、そんな事はどうでもいいのよ。これからはずっと一緒なんだから」