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 内心、すごくドキっとした。今まで見たことの無い初めての表情だった――そう、それはまるで恋をしている時の優しくやわらかな微笑み。小絵の体から微かに漂ってくる爽やかな香り――。
「……いや、待て違う」
「?」
「俺が知るわけが無い。だいいち、お前と初めて会ったのは、ほんの二、三ヶ月前だぞ」
「……そうか、そうだよな。クズ」
 もう、彼女の顔からは微笑が消えていたが、高鳴った心臓の鼓動は静まりそうにない。
 虎康は小絵の瞳を見つめた。
 小絵も真っ直ぐ、思い詰めたように見つめ返していた。そして、一旦、目を伏せてから、
「悪かったな。お詫びにこのお守りを持って行け。このお守りはな。子どもの頃、ある大切な人から貰ったものだ。きっと、何かあってもお前を守ってくれるはずだ。私にこれを渡した人が信じたように、私もそう信じてる」
「小絵……わかった……ありがとう」
 虎康はありがたく受け取ろうと、小絵のお守りに手を伸ばした。
 その時――、
「せ〜んぱい! 姉さま、な〜にやってるんですかぁ? 出発前のご挨拶ですかぁ。私も混ぜてくださ〜い!」
 勢いよく走ってきた凪咲は止まることができず、そのまま小絵のお尻にぶつかる。
 そして――、
 むにゅ。ぽよん。
「ひゃあ」
 見ると小絵が両手をグーにして、悶絶していた。
 そして初めて耳にする小絵の甘声。手にやわらかな至上の感触。
 この絶妙な天使のハーモニーは――、

 ヤバい! マジで殺される!

 虎康はドアノブに手を回した。
「きさま、誰の許可を得て触っている……このカスがぁ」
 胸を隠し顔を赤らめながら、小絵がドスを利かせた声を上げていた。
「いや、待て、これは明らかに事故だろ? ね? 凪咲」ガチャガチャ。
「え〜、よくわかんなぁい」
「歯ぁ、くいしばれや――」
「え、おい、恵介! 発進だ発進! デパーチャープリーズ!」ガチャガチャ。
『えぇ、無理だよ。安全基準は守ろうぜ。車から三メートル以上は離れていないと危険です』
「なにお前この状況で優等生ぶってんの? この部屋自体、建築基準満たしてねぇだろが! どや顔すんな! シートベルト外れねぇぞ!」
『そうそう、到着するまでシートベルトは外れないよ。どうだいこの安全性、惚れ惚れするだろ?』
「外れないって明らかにおかしいだろ。だから、どや顔すんな!」ガチャガチャ。
 やばい、小絵の戦闘オーラが大きくなっていくのを感じる。
 ガチャガチャ。
 ガチャガチャ。
 ゴキっ――。
 あ。
「壊れちった……」
「小絵、イッキまーーーっす!」
 これは――後ろ回し蹴り!
 否――、
 絶対領域と一部の文化圏の人が呼んでいる先にあるもの。それは――、
「ロイヤルスカイブルー!」

 顔面が元に戻るのに三分を要した。三分という時間は、人類にとって大きな損失だろう。
「ふっ」
「ふっ、じゃない! ほら」
 小絵の手が伸びる。
「うぉ!?」
 思わず、ジュワッの態勢を取った。
 しかし、目の前に差し出されたのは、
「さっきのお守り……」
「ほら、早く持って行けよ。クズ」
「お、おぉ」
 小絵は横を向いていた。なぜか頬が桜色に染まっている。
「ああ、お姉さまだけズル〜い。私からも何かお守りを……あ、そうだ! よいしょ」
 え? まさかこれ、デジャヴってやつ?
 だが、違うようだ。凪咲は両手をスカートの中に手を入れ――、
「ちょっと、待ったあ! 凪咲!」
「な、なんですかぁ? 私だって、先輩にこの……この……私が今履いている……ショーツを……」
「いや、そういう性癖持ってないから! あ、ごめんそんな悲しそうな顔しないで。すっげぇ、お守り効果ありそうだし、ちょっと嬉しいかなって、おい。違うから! 小絵も止めてくれよ」
 ジト目。
「お前、最低だな。OJTの間、後輩に何、教えてたんだ? カスの中のカスだな。行くぞ凪咲。こんなヤツ放置だ」
「はぁい、お姉さま」
『はいはいはい。じゃあ、皆さんいいですかぁ? イッツショータイム!』
「お前、さっきから楽しんでるだろ?」
『何、言ってんの? そんなわけないじゃん。俺は編集長とお偉いさん方を案内していたの。んじゃ行くぞ。それ、ポチっとな。い(小声で→って)らっしゃーい!』
「てめ、なに昭和ネタ連発してんだ! それ言いたかっただけだろ? 面白くねーんだよ!」
 ブルンと振動が伝わると、エンジンの掛かる音が鳴り、キュルキュルと回転音が続く。
『あ、前見てないと危ねぇぞ。お前もパック2ザフルーチェ見たことあるだろ?』
「ああ、たしか、ロケットのような速さで前に進むんだっけ? でもな、一〇メートル以内に壁があるんだが……」
『……』
「何か言えよ!」
 回転音がジェット機並の大きさになっていた。後ろを見ると何か得体の知れない光を発している。
 が、
 ぷすん。
「おい……どういうこと?」
『……』
「おい! こら!」
 ガタンっ!
 椅子をひっくり返しながら山咲は立ち上がると、天井に向けた人差し指に渾身の力を込めていた。
『山咲、イッキまーーーっす!』
 机の上のボタンを押した。
 すると、外窓のようなものが音もなく窓を覆い、視界が遮断される。
 車内は真っ暗になったがすぐに、メーターの明かりが暗闇にぼんやりと浮かびあがる。

 そして――、
 ドン!
 足元に大きな衝撃。

「あ?」
 空中に浮いている感じを受けた。そうだ。これはあの感覚。なんだっけ、えぇと、あ、あれだよあれ。
「フリーフォール――」小絵の声。
「そう! それそれ!」
 次の瞬間、チロリあは〜ん号は部屋から消えていた。

「どわーー! 車の意味、全くないじゃん!」
 最初は自由落下だった。だがもう、フリーフォールどころのレベルではない。チロリあは〜ん号はエンジンを暴走族ばりに吹かし、勢いを付けていた。

 落下してから数秒後、ロケット並に速度を上げていた車内のモニターにスイッチが入る。
『虎……』
 声だけが聞こえる。
(きっと俺の身を案じてくれてるんだろうな。やっぱり仲間だな。ここは格好よく元気な所を見せないとな)
 ちょうど、モニターに先ほどの三人の顔が映っていた。彼らは何かを待っているようにも見えた。
 虎康は親指を立てながら笑顔で、
「びゅっ。びょれのことは、ぴんびゃいしゅりゅにゃ」【ふっ、俺のことは心配するな】
『ぶわっはっはっはっはははは!』
「びゃにぴゃ、あびゃぴい」【何がおかしい?】
『見てあの顔ー、ジェットコースターのやつよりひどいよ! これぇ! あはは』
 小絵のやつ、これみよしがりに喜びやがって!
『ギャハハハハハ! 正月の特番よりこっちの方がおもろいわ! 写メ撮ろ』
 パシャリ!
「でぶぇ」【てめえ】
『あ〜ん、先輩の顔を見てると、なんか凪咲の中で新しい感覚が芽生えそうですぅ』
「ぴぺ、ぴょデヴィびょうぺぷぁえヴぁぴぺ」【いえ、これ以上芽生えないで(嬉しいけど)】
『ぷぎゃーはははは!』
 おい、モニターの向こう、何か人が増えてっぞ。誰だよそいつら、てか、モニターのスイッチどこよ?
『なんか探し物? ああ、モニターのスイッチね。無いよ。コントロールは全部こっちなんで』
 早く言え!
作品名:HOT☆SHOT 作家名:櫛名 剛