HOT☆SHOT
そう言って虎康は怒りの拳をディスプレイにぶち込んだ。俺の熱い気持ち――受け取れ!
ビシッ!
「いい面構えになったじゃねぇか」
ひびの入ったディスプレイを見て、熱い気持ちは冷めたようだ。
一瞬、始末書が頭をよぎったが、
――そうだ。あとで山咲の部屋に置いておこう。この件はこれで解決だ。
虎康は気を取りなおし、マウスを手にとった。
「さっきは悪かったな。今度はなんか、お前をちゃんと診てやれそうな気がする」
思うに、怪しいのはマウスボタンの間に埋め込まれているホイールだ。
だいたい、名前からして気に入らなかった。ホイなのかホィなのか、はっきりしない軟弱な所がね。
だから、こう呼ぶことにした。ホ"ウィ"ールと。イとィを掛け合わせ、かつ、かっこ良さを求めた結果だ。
「立派な名前をもらって良かったなお前。今からお前は俺の相棒だ。お前のこれからの活躍、期待しているぞ」
さて、次にすべきことは、このホウィールを意味不明な固い殻からサルベージすることだった。
だが工具が無かった。
「……」
(こういう時こそ、落ち着くんだ。素人はここで慌てふためくだろうが、俺は違う。なぜなら、俺は生まれながらにしてプロフェッショナルだからだ。だから、工具が無くても大丈夫だ。問題ない)
こんな時こそ、シンプルな方法が役に立つ。
虎康はデスクの角の感触を確かめた。
(OK、条件は揃った。今こそ、俺のプロフェッショナル魂を見せる時。受け取れ――俺の魂を!)
虎康はマウスを鷲掴みにし天井に向かって掲げた。
「虎康、イッキまーーーっす!」
右手に持ったマウスを振り下ろしながら、デスクの角に合わせるように腕と手首の角度を補正していく。そこだ!
バキっ!
「イでッ!」
小指を押さえつつ、状況を確認する。
少しだけ想像していたよりも、細かな破片が机や床に飛散していた。
(だが安心していい。お前にはセロテープがある。細かな破片は、山咲がコロコロで回収するはずだ)
こうして、冷静な対処のもと、数々のきめ細かなケアによって、すべてが正常に動くようになった。
窓に目をやれば、いつの間にか閉じたブラインドの隙間から、陽が差し込んでいた。
「ふっ、いつの間にか朝を迎えていたか。続けよう」
虎康はイスに座ると、キーボードに手を伸ばした。
ピ!
Fake Bookへサインイン。
カタカタカタ――。
以下、略。
「はっ!」
虎康はカッと目を見開いた。真っ暗だった。
「思い出したか? カス」グリリっ!
「ヴぁい」
「よし。それでは、お前の顔を解放してやろう。今から三秒後に目を開けて起立」
革の匂いが遠のく。砕け散った心の中で三つ数えてから、目を開けた。
まず目に入ったのは天井。
そのまま起き上がると、小絵の他に二人――恵介と凪咲が並んで立っていた。
「何だ。お前らも一緒だったのか?」
「あれ、先輩。気付かなかったんですかぁ? 最初から、小絵姉さまと一緒にいましたよぉ」
「何? そうなのか?」
恵介の方に視線を移すと、
「マジだ。お前、俺のコメント削除しただろ?」
「いや、全然。で、何?」
「こら、速攻で嘘つくな。スルーすんな。二つとも削除しただろ? あれ、大事なことが書いてあったんだぞ」
「あ、そ。ごみ〜ん。ゴミだけに。なんちってぇ、ギャハハハ」
「お前……もうね、なんかね。ってあれ? ちょっと待て、そう言えば何を書いたんだっけ?」
「貴様の頭からも削除されたのか、ザマミロ」
「んだと。まぁ、いいや。どうせお前宛だから、それほど大事なわけでも無さそうだし問題ないっしょ」
「山咲さんと先輩って、本当に仲良しさんなんですねぇ。いいなぁ」
「凪咲、どうやったらそう見える? もうどうでもいいや。小絵、進めてくれ」
「そうだな。早速だが、もう出発の時間だ。自分の荷物はまとめたか? 持って移動するぞ」
そう言って、目の前の三人はわいわいと話しながら部屋を出て行こうとしていた。
「……荷物」
「どうした?」
「用意……してない」
みんなの足が止まった。徹夜で忙しかった虎康のことを思っているのか、何か考えてくれているようだった。
「あ、そ。問題なしね」
「あ、おい、こら! 待て、準備させろ」
「先輩、早くしないと置いていっちゃいますよぉ」