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「いや、あのマキシムってやつ、すげぇ怯えた顔してるんだけど。『熱ッ! 熱ッ!』って言ってる感じなんだけど? 焦げ臭いし」
「リアクションですわ。わかりやすいですわ♪」
 今、リアクションってはっきり言った――! 写真家でも何でもねえよ。ただの芸人じゃん。
「それじゃ、イックよーーーーーー!」
 今度は超ご機嫌な麻亜耶の声。杖の先からもご機嫌な雷が迸っていた。
「――てか、麻亜耶! それデカすぎ!」
 マキシムはあたふたとして、両目の焦点は定まらず額から脂汗を垂れ流していた。
 クロエに視線を向けると、虎康に背を向け肩をプルプルと震わせている。
(絶対、楽しんでるよ。この人)

 刹那――、
 雷鳴が轟き白熱電球がパリンパリンと軽快な音を立てながら割れていた。その勢いでマキシムの両翼から火が点き、黒マジックで描かれた羽を燃やしていた。
「まあ、あれは伝説の火の鳥ですわ。素敵」
 彼女のその言葉に感情は無く、肩と一緒に声も震えていた。
「まんま、焼き鳥なんですけど……」
「あら、うまい」両手を合わせてにっこり。「お塩にします? それとも、タレ? ぷっ」プルプル。
(おかしくねぇ……)
 虎康はなぜか目頭が熱くなっていた。
(マキシム、俺はお前に同情するぜ。お前も生死のクライマックスを何度も経験してるとみた。だからせめて最後は、俺の手で――)
「塩でお願いします。かぼすも付けて」一体、どうなってしまうんだろうか?
「かしこまりましたわ。あなたさまは撮影を続けてくださいね。まさに歴史的瞬間ですわね」
 クロエはマキシムと麻亜耶の方へ走っていき、村人に号令をかけていた。
 そんなクロエの背中を見つめながら、虎康は一人、呟いた。
「なるほど、このぶっ飛び具合……凪咲と仲いいわけだ。モニター越しならいざ知らず、あの二人は絶対、現場でかち合わせないことが、この仕事を達成するための秘訣だな。……と、あの子の方はどうなったのかな?」
 幸いにもターゲットは、まだうなされているようだった。
「今はもうこれ以上、あの子を撮らなくていいよね」

 虎康は麻亜耶の所へ行くと、そこはまさに火事場のはず――なのに、
「はい、皆さま。慎重にあの川まで運んでくださいませ」
 クロエは村人に変な指示を出していた。マキシムの身体は布に縫い付けられるように固定されていた。布に点火した炎は全く消える気配も無く、燃え続けている。村人は掛け声をかけながら、布から伸びているロープを少しずつ引っ張っていた。麻亜耶も村人と一緒にロープを掴んでいる。だが、どちらかというと、彼女はトロピカルジュースをチューチュー吸うことに集中しているようだった。彼女のロープはたゆみっぱなしだ。
「慎重にじゃないよねぇ! こんなんじゃ、布だけじゃなく命まで燃え尽きちゃうよ!」
「あら、うまい」
 どこでハマったのかわからないが、クロエはまた一人でツボに入ったようだ。
「この人たちの状況判断能力どうなってんだ? マジ灰になるっつうの。こうなったら俺が助けるしかない!」
 虎康は叫びながら突進し、麻亜耶の隣でロープを掴むと、力いっぱい引っ張った。
「あ、虎康。頑張れえ!」
 麻亜耶はロープから手を離し、口をすぼめ、
 ズちゅー!
 思いっきりトロピカルジュースをストローで吸い上げていた。
「あのちょっと! 今は、こっちが大切だよね?」
「ぷはぁ!」麻亜耶は、ほっぺに赤い丸印を付けご満悦だった。

 数分後、火は消えていた。
 川岸で村人たちが休憩している中、そのそばで全身、少し焦げた匂い付きのボロボロになったアロハシャツを着ていた一人の男が立っていた。
 さっきまで頭も布で隠れ、わからなかったが、目鼻口と非常に整った、いかにも女性が惹かれそうな顔立ちだ。ニヒルな印象が更に彼の男らしさを引き立てている。
(クロエにおもちゃにされなかったら、カッコいいんだろう。でも、運の尽きだったな。もう俺には芸人にしか見えない。リアクション芸人ってやつだ。まったくもって同情するぜ)
「やあ、君が虎康かい? 僕はフランスチームのマキシム・ポンポニャック。みんなはマキシムとかマキシって呼んでるよ」
 そう言って、マキシムは虎康に握手を求めてきた。
 虎康も手を差し出し、
「織部虎康だ。よろしくな」
「星色麻亜耶でぇっす。よろしくね〜マキポン!」
「マキ、ポン……?」
「そ、マキポン。可愛いでしょ?」
 麻亜耶が人差し指を立てウィンク。
 すると、マキシムは目を輝かせ、
「モン・プティト・シャット」
 騎士が忠誠を誓うように、星色麻亜耶の前で立膝をついて、彼女の華奢な手を取ると軽くキスをした。
「あ……」
 麻亜耶は想いもよらない騎士の行動に、思わず顔を赤らめていた。
 そして、その赤く染まったにやけ顔で虎康を見る。
「なんだよ……」
 虎康はちょっと気に入らない様子で麻亜耶を見返していた。
 正直言って、ほんのり赤く染まり照れまくった彼女の表情も、すごく可愛かった。しかし、その顔を作らせたのは自分でなくあの男だ。それが虎康に苛立ちを与えていた。
「ふふンだ。あんたいつも、あたしにあの二人と仲良いところ見せつけてくれてるわよね? それにクロエだって。だからお返し」
 麻亜耶は半目で「どう?」と言いたげな顔を見せた。
「はあ?」
 どうせ、そんな事だろうと思った。だが、虎康は目を反らした。
「なによ、その態度……」
「別に……好きにすればいいんじゃねえの」
「――っ! このっ! あ……」
「麻亜耶。一目見て僕の心は君で満たされてしまった。きっとこれは天の巡りあわせだね。僕とつきあってください」
「え?」
 麻亜耶は初めて告白されたような顔つきをしていた。
「あらまあ」
 クロエも意外な展開に、両手を頬にあてながら、成り行きを見守っている。
「おい……それって……」
 思わず、虎康は言葉を漏らしていた。
 麻亜耶と初めて会った時と同じ――。 

『……虎康は……一目惚れって信じないのか……』

「どうしようかな?」麻亜耶はにやっと、虎康を見た。
 ――なんでこっちを見る? 断ればいいだろ。
 なにか試されている感じだった。なんとなく気に入らない。
「よかったじゃねえか」
「――!」
 麻亜耶は目を大きく開き驚いていた。まさかそんな答えが返ってくるとは夢にも思っていなかったという顔つきだ。しかし、すぐにその表情は消え一瞬だけ、唇を噛みしめると、
「ああ、そう! わかったわよ!」
 マキシムに向き直り、微笑んだ。
「いいわ。マキシム」
「――!」今度は虎康が驚く番だった。
「おお! やったあ!」
「ただし!」
 喜ぶマキシムに麻亜耶が釘を刺す。彼女の次の言葉に皆が注目していた。村人たちもギラギラと目を輝かせ、この突発イベントの展開に胸を踊らせていた。早く葡萄畑に戻って作業しないと母ちゃんに怒られてしまうが、それどころではない。
「一応、あたし虎康と結婚することになっているから、そうね。マキシムと虎康、二人で勝負して勝った方と付き合ってあげてもいいわよ」
「いいよ。僕の命が燃え尽きようとも僕は絶対、勝ってみせるよ」
「ちょっと待て。なぜ、そうなる?」
作品名:HOT☆SHOT 作家名:櫛名 剛