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「へ? そうなの? そんな風に見えないけど」
「ふふ、そんな事ないですよ。とても仲良しさんですわ」
「それにしてもクロエは凪咲とは知り合いなの? さっきから呼び捨てで呼んでるけど」
「ええ。わたくしと凪咲はいわゆる幼馴染みというものでございまして、小さい頃はよく二人で……うふふ。恥ずかしい」
 クロエは顔を赤らめながら一人で盛り上がっていた。
「ところで話変わるけど、クロエって日本語が上手だな」
「それは、その歴史カメラのおかげですわ。カメラについて山咲さまからお話は聞いていませんか?」
「カメラのおかげって? いや、何も聞いてないけど」
「そうでございますか、でもカメラの機能はどこの国も同じだと思いますから、お話しますとカメラには翻訳機能がありまして。直接、翻訳された音声が織部さまの耳元に届くようになっていますのよ」
「へー、よくできてるなー。これも恵介たちが開発したものなのか」
「そのようでございますね。キャメィーラだけでなくタイムマッスィーンも共同研究のもとで生まれたものと聞いておりますから。あ、これが翻訳機能のスイッチだと思いますわ」
 クロエが指差した箇所を試しに、虎康はOFFにしてみた。
 すると、
「いかがですか? お変わりありませんか?」
「……。別に何も変わってないけど。クロエ日本語のままだし」
 クロエは、はっとして両手を手に当てた。
「これは私としたことが……日本語でお喋りしていましたわ。うふふ」
「そうなんだ。でも、すごく上手いよ。なんかこう話してて癒されるし。うぅ、なんかすごく嬉しいよ。俺」
 虎康は片腕を目にあて、じーんと感慨にひたっていた。本当にそう思う。なんかやっと落ち着いて話せる人に出会えたって感じ。
「うふふ、織部さまは大げさですわね。でも、あなたさまに喜んで頂けてわたくしも嬉しいですわ」
 微笑む二人の間に花びらが舞っているような空間が広がっていた。
「ちょっと。二人してなんか良い雰囲気になってるんですけど?」ギロっ!
「のわっ!」
 いつの間にか、麻亜耶が虎康とクロエの間で腕を組んで仁王立ちしていた。虎康を睨みつけている。クロエはにこにこと首を傾げていた。
「ふん! まあいいわ。クロエとか言ったわよね? 目の前のターゲットいつまで放っておく気? 虎康も! クロエを撮りに来たんじゃないでしょ!」
「ふふ、そうでした。でもご安心くださいまし。すでにミッションは遂行中ですのよ」
 そう言ってクロエは草をかき分け、虎康と麻亜耶にその先を見せる。
 虎康の目に映ったのは、最初に彼がカメラでポイントを定めていた場所だった。
 夏の陽射しと爽やかな風になびく草原の上で一人の少女が気持よさそうに眠っていた。年の頃は十代半ばから後半といったところか。
 今回のメインターゲットだ。
 だが、そこまでなら、さきほどと何ら変わりは無い。
 虎康がシャッターを切っていく傍らで、麻亜耶はクロエに目を向ける。
「遂行中って、どこがよ? 第一、あんたカメラ持ってないじゃない」
「撮影はわたくしではございませんの」
 クロエはヘッドセットを装着すると、マイクに向かって、
「マキシム。始めてくださいな」
『ウィ』
 クロエの耳元から覇気のある返事が漏れ聞こえてくると同時に、虎康のファインダーに異変が起きた。
「あれはっ! 紅白のラスボス! 子林幸子――なのか!?」
 少女が仰向けに寝ている先――草陰から突然、中心に得体の知れない生き物を張り付けた銀幕がファインダーに映っていた。銀幕には電球が敷き詰められ、ただひたすらにチカチカと発光していた。もう何というか、イカ釣り漁船も真っ青だ。
「まぶしい! 目がチカチカするよー! 顔がどこにあるのかわかんないよー!」
 麻亜耶は両手で目を押さえながら、頭を空に向け、「うぉーうぉー」と叫びながら後ろによろけていた。
「いやですわ。お二人とも。あれは大天使ミカエルですのよ」
(いや、あれはミカエルじゃねー。ただの白い布切れに、黒の油性マジックで翼と胴体描いて、顔にお白い塗っただけじゃねぇか。しかも、布切れに敷き詰めた電球。あれって白熱電球じゃねぇの? 絶対、熱いって! ていうか、燃えるんじゃね? しかもあの男、むっちゃ我慢してるよ。汗でお白い流れ落ちてるのに我慢してるよ。ああ、だけどクロエは幸せそうにロザリオを握りしめながら手を合わせている。どうしよう? そうだここは無難にこう、答えておこう)
「ミカエル……ですか? なんというか、火あぶりにされている馬鹿なニワトリに見えちゃいますね」
 しまった! つい、正直な感想を言ってしまったっ!
「あら、うまい」にっこり。
 こら! あなたの仲間でしょうが。
「ええっと、ミカエルって必要なのかな? 史実によれば、あの子、自ら啓示受けるよね?」
「うふふ。まこと、あなたさまの仰るとおりでございますが、それでは面白くありませんでしょ? 啓示を受けているシーンをビジュアルにお見せした方が皆様にとっても分かりやすいのではと思いまして、あの大天使をご用意いたしました」
 絶対、いらねー! もう歴史的瞬間でも何でもないじゃん。ぶち壊してるよ、この人たち。
「クロエ! あなたやるじゃない! そうよ、どうせ撮るなら何をしているのか、わかりやすい方が良いに決まってるもの。あたしも協力するわ」
 今さっき凪咲たちから取り寄せたのだろうか。ハート型のサングラスを付けた麻亜耶が杖を持ってクロエの隣に立っていた。
「で、あれが啓示を受けているシーンなんですかね?」
 見れば、少女は何かにうなされているようだった。
「ああ、今、啓示を受けているのですわ。素晴らしい。さぁマキシム、今がシャッターチャンスですわ」
 クロエがマイク越しに指示を出すと、マキシムは草陰に隠れている虎康とクロエ、麻亜耶のいる三人に向けて親指を立てていた。
 ――丸見えじゃん。
「さ、あなたさまもお撮りになってくださいな。あ、ミカエルも入れてくださいね。わかりやすいですから」
 わかんねえよ!
 面と向かって突っ込めない虎康。クロエが期待を込めた眼差しで虎康を見ていた。
(もう、こうなったら行くところまで行くしかない)
 虎康は覚悟を決めたようにシャッターを切った。
「あれ? なんか明かりが弱くなってきているみたいだな」
「バッテリーが切れかかっているのかもしれません。どうしましょう……」
「それなら、あたしにまかせて!」
 麻亜耶は草むらを突っ切って、マキシムの方へ行ってしまった。
「あ、おい!」
 もう嫌な予感しかしない。
「あれ? なんか唐揚げ、じゃなくてマキシムの周りに人がいるんだけど、あの人たちは誰?」
「この村の方たちですわ。大天使ミカエルの演出のために、お手伝いして頂いておりますの」
 見れば奇っ怪な銀幕に四、五人の村人たちがロープを引っ張っていた。どうやら、天使の翼を羽ばたかせているつもりらしい。だが、全く羽ばたいているようには見えなかった。なんというか、池で溺れているニワトリだった。しかも羽ばたく度に、電球からバチバチと火花が飛び散っている。
「な、クロエ。あのバチバチ火花が散ってるのって危なくない?」
「演出ですわ。エフェクトですのよ」
作品名:HOT☆SHOT 作家名:櫛名 剛