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『あぁ……それはだな……実は割れた所までだったら、まだそいつは生きていたんだ』
 割れても大丈夫なのか? これ。
「そこまで頑丈にできてるなら、問題無いだろう? 一体、何が原因で……」
『……水だ……』
「はい? 水? コップの水でもこぼしたのか?」
『いや……私の……み……ずだ』
 え? 私の水ってナニナニ……えー! うそでしょ。下のお水ってこと? いやいや、まさかそれは無いだろう。否、それはそれでありかも。いやいや、駄目だダメ。俺にはこれ以上無理だ。
 虎康が何か妄想しているのを見て、
『こら、カスが! そっちの水じゃない! ここだココ!』
「えー! やっぱりそこなの? ――って、あ。そちらさま。ああ〜なるほど」
 ものすごく赤面していた小絵が指差したのは――小絵自身の口だった。
 そうなるとアレしかない。そうか――。虎康は双眸を細めた。
「鯛と平目か……」
 びくっ。
 虎康の押し殺した声に、どこかで罪悪感を抱いていた小絵は縮こまる。
「美味かったか?」
『……はい……美味しかった、かも……です』
「かも? 俺はカンピョウなのに何、その格差寿司?」
『スミマセン、美味しかったです……』
『ごめんなさぁい』
 凪咲も一緒に謝っていた。
「そうだったのか、俺のIDとパスワードは鯛と平目に殺られたんだな」
『……あの? 許してくれますか?』
 小絵が大変、申し訳なさそうな顔を見せる。これもまたレア顔だ。姫カット炸裂といっていい。まるで、本当のお姫様みたいだ。
 虎康は何を思いついたのか、カメラを取り出すと、
「パーレイ!」
『パ? パイ? ――っ!』
 小絵が自分の胸を両腕で恥ずかしそうに隠す。
『はっ? カメラ!? ……虎康……それはちょっと、人前では……その……お前と、二人だけなら……』
 何を勘違いしてるのやら――ん? 二人だけだったら、いいのか?
 と、黒い妄想を抱くのはこの辺にして――、
「パーレイね、パーレイ!」
『パーレイ? 何だそれは?』
『お姉さま、これですよぉ。チャンチャンチャラチャンチャン♪』
『あ、それか。それなら知ってる。だがしかし、それは……』
「いやなの? あー、俺たちいつになったら現代に帰れるのかな? かなー? お寿司食いたいなー。緑色したやつ以外。麻亜耶は寿司とか刺身、食べたことないだろ?」
 助手席で、お菓子を口いっぱいに頬張りながら、ウンウン頷く麻亜耶。
『くっ、仕方ない。条件を呑めば許してくれるのだな。早く条件を言え!』
「交渉成立ですね! よろしい! おい、凪咲! 恵介!」
 虎康が叫ぶと、二人がモニターの前に歩み出る。
「俺はお前たちが、いたいけなものを社内のロッカーに隠しているのを知っている」
『お? い、いつの間にお前……』
『いやぁん、せぇんぱいったらあ。凪咲の何もかもを見てしまってるんですねぇ』
 しまった。凪咲にこのセリフは逆効果だった。まあでも、支障は無いので話を続けることにする。
「右向け右! ロッカーから好きなだけ持ってこい! 定番のナース、バニー、メイド、ネコミミ、ゴスロリなどジャンルは問わん。何でもオッケーだ!」
 二人は目を輝かせながら、猟犬のように走り去って行った。
『虎! きさま、もしや私にそんなものを? そんなのダメに決まってる。今すぐやめろ!』
「船長! パーレイは絶対ですよ。いいんですかあ? 船長みずからパーレイを破ってしまって。いや、小絵船長は我々プロジェクトチームのリーダーでもありますよね。そんなリーダーが約束を破るなんて、果たして許されるんでしょうか? ねえ、新たにプロジェクトメンバーになった星色麻亜耶くん」
「ポリポリポリポリ……うん、その通りだと思います。あ、これ美味しいわよ。こっちも開けよーっと、バリバリ」
「いかがでしょうか? 船長。あなたの部下がそう言ってますよ」
『くっ! 屈辱だ……』
『帰ってきました! どうぞ! これ、レアなんですよ。ホラ、この服のここ。ここのスリットこだわってるでしょう? ここまで再現度を高めるのにどれだけ、苦労したか……』
『お姉さまぁ、凪咲のも可愛いですよぉ。とっておきのから、いきますかぁ?』
 凪咲に強く引っ張られ、複雑な顔をしながら小絵は恐らく更衣室へと消えて行った。
 いや〜でも凄すぎだよ、お前たち。ここまで活き活きした姿は見たことが無い。正直、驚いたよ。
 おかげでこっちもやる気が出てきたよ。よし!
「恵介! このカメラとそっちにある現場のカメラをリンクさせろ。できるか?」
『そんなのもう準備、万端っすよ! ご確認ください』
「さすが、カメラに関してはズバ抜けた才能を発揮するな。お前」
『はい、それはもう! ちなみにカメラを操作する際は、声で指示してください』
「わかった。じゃあ行くぞ、前進してズーム」
 虎康がファインダーを覗くと、自分は動いていないのに、前進している様子が映っていた。
「おお、すげえ。すげえけど、これ明らかに誰か持って歩いているよな」
『そんなこと全然、無いよ。二足歩行型ロボットが操作してんだよ』
「あ、今、コケたぞ。と思ったら、立ち上がった。立ち上がり方が人そのものなんだが……」
『今のロボットは限りなく、人に近いからね。ボソボソ――あ、喉かわいたの? あとで水持ってくるね』
「おい、今の聞こえたぞ。水を持ってくるって言ったよな。誰に持ってくるんだよ」
『何、言ってんの? もちろん、僕自身にだよ』
「あ、今、カメラ下向いたぞ。これ、明らかにお前に頷いたんだよね? 俺、何も言ってないのに。って、今、ズボンと靴が見えた」
『今のロボットに、ズボンと靴は常識なんだよ』
「……誰が動かしてんだ。凪咲と小絵以外にもう一人、いるだろ」
『いない。ロボット』
「……まあいい。今にわかるだろうからな。とりあえず、こちらはもう準備万端だ。あとは小絵が登場するのを待つのみ」
 出てきた――!
『み……み、見る、な……』
「見るなと言われても、全身ローブ纏っていたら、わかんないじゃん。それとも何? それボクサーのつもり? 仕方ない……凪咲くん! って凪咲? その格好は?」
 凪咲に後押しされながら、小絵が顔を赤らめて部屋に入ってきていた。小絵と凪咲はローブを身に纏っていたが、凪咲は部屋の中央までくると、ローブを脱ぎ捨てる。
『はぁい。凪咲も一緒に写っちゃいまぁす! どうですかぁ? お姉さまと同じ格好なんですよぉ』
「なに!? そうなのか? すごいぞ、凪咲。初っ端からとばしてますね」
『こら! 凪咲!』
 小絵はローブを肩にかけ内側から両手で衿をしっかり握っているようだった。
 そんな小絵をよそに、凪咲は喜び勇んで、小絵のローブを脱がそうとする。
『な、凪咲。やめなさい。いや、やめて。やっぱ、無理、無理よぉ。わたし……』
 なんか、もうすでにやばい。かたや脱がそうとする凪咲――かたや恥ずかしがる小絵。この状況はレアすぎるぞ!
 小絵の口調もいつもより何百倍も丸くなってきているし。声もなんだかうわずっていて……もしかしたらこっちが本当の声色な気もする。とにかく凪咲――、
 脱がしちまいな!
 ファインダーを覗けば、あたかも現場にいるようだった。かなりの臨場感だ。
作品名:HOT☆SHOT 作家名:櫛名 剛