HOT☆SHOT
(俺は本当に馬鹿だ! 何一人で、浮かれてたんだ。一日も経ってないのに二回も、悲しませてしまった。また、あいつと真剣に向き合わなかった)
とうとう、曇っていた空も限界のようで雨が降り始めていた。
虎康はさっきまであのロボと戦った場所へと走った。
この場所しか、無いと思ったからだ。
心からあいつを好きだと伝えたかった場所――。
一回目も、
―― うっさい、この弱虫、虎康! 女の子の想い踏みにじるな! ――
二回目も、
―― そこまでする必要は無いよ。ただ、何となくそう思っただけだから……もっと昔からの知り合いかと思っただけだから…… ――
真剣に向き合わなかった。
だけど、心の中で期待していた。また、きっと会えるという気持ちがあった。
しかし――、
華奢で強がりで意地っ張りで、自分の気持ちに真っ直ぐで、魔法を使えることを除いて、俺には十分すぎるくらい――、
心から好きだと伝えたかった女の子は、その場所にいなかった。
虎康は何も無い大地の上で空を見上げた。
どこで間違えたのだろうか?
顔に、目に、唇に……雨が当たる。
今まであいつを目にしてきた、触れてきた、感じてきた全てをこの冷たい雨が、洗い流していくようだった。
たった数時間のことだったが、最も長い思い出――それが全て消えていく。
(俺は、泣いてるのか?)
虎康は拳を固め歯をくいしばっていた。
(悔しい、悔しい――なぜ、泣いてるんだよ)
悲しませたからか。
違う。
もう、会えなくなるかもしれないからか。
違う。
話を聞かなかったからか。
それも違う。彼女の話をちゃんと聞いてやったはずだ。
――小絵さんは、虎康のなに?――
なぜ、ここで小絵が出てくる?
なぜ――。
虎康はいつの間にか、元の場所に戻ってきていた。
この世界に来て、初めて降り立った場所。
麻亜耶と初めて会った場所――。
どしゃぶりの中、その場所に星色麻亜耶は立っていた。
「あたし、初めからここに居たんだよ」
「なぜ、あたしを見つけられなかったの?」
何も言えなかった。
代わりに悔しさと一緒に、涙が溢れてくる。
「泣いてるんだね? なぜ、泣いているの?」
「お前だって、泣いてるじゃねぇか」
「……」
「なんで、お前、泣いてるんだよ?」
「……虎康は卑怯だよ」
「なんで俺が卑怯なんだよ! あ!」
麻亜耶の脚が震えている。
「卑怯だよ。あたし、もうここから逃げたいのに……。だけどあたしには逃げる場所も、帰る場所も無いんだよ」
「そんなつもりじゃ……」
「来ないで。虎康には帰る場所も、あたし以外にも女の子がいる」
「俺が凪咲に逃げると言っているのか?」
「違う!」
―― 小絵さんは、虎康のなに? ――
「小絵が? そんなはずは?」
「……」
「そんなはずは……?」
「わからないの?」
雨風が俺と麻亜耶の間を吹き抜けていく。聞こえるのは風の音と地面を打つ雨音だけ。
「……、わからない」
「やっぱり卑怯だよ」
「だから何で俺が卑怯なんだ! 教えてくれよ。自分じゃわからないんだ!」
「わかったわよ! 言えばいいんでしょ! この馬鹿! いつも最初に答えているのはあたしなんだよ! 気づかない? あたしの答えを聞いてから、あんたは答える! だから、あたしが本気で好きと伝えても、あたしの機嫌を伺ってから、あんたは……虎康は答えるんだ!」
「それは嘘だ! 俺はお前のために答えてきた! すべてだ! すべて答えてきた。俺がお前を嫌いと言ったことがあるか?」
「好き嫌いの話をしてるんじゃない! あたしには好きとか嫌いなんて関係ないんだよ。嫌いって言われても、好きになってもらうよう、頑張るしかないじゃない。あたしには逃げる所なんてないんだから――」
「それにすべて? 本気でそんな事を、あたしに言ってるの?」
「ああ、本気だ! すべてちゃんと質問に答えてきた。お前が喜んでいる時、悲しんでいる時、そして今も、言葉に耳を傾けてきた! これ以外に何があるって言うんだよ!」
自分で口にしながらも、吠えているだけだと実感していた。
麻亜耶は俯いて、
「ある、んだよ……」
俯いた麻亜耶の頬からポタポタと大粒の涙が雨水に混じって大地へと吸い込まれていく。
「私にはあるんだよ!」
虎康は何も言えなかった。ただ、ただ、目の前の少女の瞳を見つめるしか無かった。
「なぜ、あの時、虎康は私にキスしなかったの?」
「私にとって、あのキスが一番嬉しかったはず、なのに……」
あの時――。
虎康の脳裏にあの時のことがよみがえる。
はっきりと憶えている。
――「ありがとう」
――「あたしの、ほうこそ……ありがとうだよ」
―― 二人は引かれ合うようにして、上半身を寄せ合った。
―― 目の前の彼女は少しだけ俯いて、すぐにまた瞳を合わせる。
―― 潤んだ瞳に吸い寄せられるがまま、虎康はゆっくりと顔を近づけて行った。
―― 桜色に上気した頬が近づいてくると、自然と彼女の瞳が閉じていく。
―― 麻亜耶は待っていた。
麻亜耶は待っていた。
しかしあの時、虎康が取った行動は――、
――『おい! 虎! いるか!』
―― びくっ!
―― 思わず、虎康は麻亜耶から体を遠のけた――寂しそうな瞳。
―― 彼女から目を離し、あわてる虎康。
すべて答えていなかった。あいつの気持ちに何も答えていなかったんだ。
麻亜耶にとって、それはたった一度だけの正直な気持ち――虎康からの答えのはずだった。
それをあいつは――麻亜耶は待っていたのに、自分自身の都合で止めてしまった。
臆病にも逃げてしまったんだ。
虎康は肩を震わせながら、子どものように大粒の涙を流していた。
目の前にいる少女は両拳を腰のあたりで強く握り締め、肩を震わせていた。
虎康は少女の瞳をまっすぐと見つめた。そして、最初の一歩を踏み出す。
「麻亜耶……ゴメン、な……ずっと一人にして……俺、やっと、涙の理由がわかったよ……本当に俺、馬鹿で卑怯で弱虫だった……」
「うん。虎康はとんでもない大馬鹿者だよ」
「ゴメン、な」
「卑怯だし」
「ゴ、メ……ン……な……」
「弱虫だよ」
「やっと……つ、かま、えた……うぅっ」
虎康は地面に立膝をついていた。少女は立ったまま虎康の頭を撫でていた。
彼はただ、ひたすら泣いていた。
「本当に……卑怯で、弱虫だよ……」
時を超えたかの地で雨が洗い流してたのは、思い出ではなく、今までの弱さだった。
一緒に過ごした時は消えないし、消せもしない。
だけど、思い出は育むことはできる。
泣きじゃくる頭を撫でる少女の手は、生まれたばかりの思い出をいつまでも大切そうに、そして優しく包み込んでいた。