HOT☆SHOT
『は〜どちらさまですかぁ〜? もしかして新聞やさんですかぁ? 今、おかあさんいないから凪咲は、わかりませぇん』
声だけが聞こえる。
「あの、凪咲……恵介くん、いるかな?」
『……。あるぇ〜、せ〜んぱいぃ。おはようございますぅ』
目をごしごしこすりながら、ちょっと後ろ髪がハネた凪咲が映っていた。今まで寝ていたのね。眠り上戸なんだ。
「って、凪咲。恵介と小絵は?」
『えっとぉ、凪咲。今、先輩のエンジェルボイスで起きたからぁ。わかぁりませえん』
「そう、なのね。あ、じゃあね。恵介、呼んできてもらえる?」
『えぇ? どうしようかなぁ? えっとぉ? それじゃあ凪咲の言う事、聞いてくれますかぁ?』
ごしごし。
「ケースによります。あの、僕。急ぎたいんですけど、あと一三〇メートルくらいしか無いんですよ」
この子の言う事を聞くのは得策じゃない。百害あって一利なしとは昔の人は上手い事言うぜ! って、違う。
『えぇ! そんなの駄目でぇす。絶対言うこと、聞くのぉ!』
この子、絶対、社会人じゃないって! 誰だよ採用したの? あ、豚野郎(編集長)か。
「あの、残り一〇五メートルなんですけど……」
『パーレイ!』
「は? パイパイ?」
『先輩、エッチィです。違いますよぉ。パーレイ! あ、そうだ少しだけお待ちくださいね。よいしょ』
ハネた後ろ髪だけをピョコピョコ残しながら、凪咲の姿がモニターから消える。が、すぐに現れた。
今度は、ブラウスに包まれた凪咲のふくよかな胸が映っていた。
胸が右に揺れる。左に揺れる、右、左、右、左……虎康は目頭を押さえた。
どうやら、カメラを調整していたらしい。
そして、頭を除いた上半身が映る。
『せんぱぁい』
「はい、何でしょう?」
『あの、ですねぇ……やっぱりぃ、恥ずかしぃよぉ』
何を言い出すのかといえば、あなたの性癖、ベースが露出狂でしょうが。でも、やはりそこはレディなんだね。紳士のエスコートが必要でしょう。いいですとも、この私めがエスコートしましょう。
「素敵な出会いに乾杯!」
『うん、それじゃぁ、先輩だけにぃ頑張って見せちゃうね』
なんかわからないけど、通じたようだ。
「ぶっ!」
凪咲の頭にあの金色に輝く三日月は――、
「奥州筆頭!?」
凪咲は兜を被っていた。もう、何も言うまい。言うことは一つしかない。
『はい、先輩もご一緒にぃ』
『「レッツ☆パーレイ!」』
どうです? ご満足して頂けたでしょうか?
って、パーレイ、パーレイ、……何だそれ?
『チャンチャンチャラチャンチャン♪……』
凪咲はご機嫌だった。
(あ、思い出した。俺に似た主人公が活躍する映画に出てくるやつか。海賊の交渉だね! という事は申し出された俺は船長という事か? ――うっ! たしか船長は掟により、申し出を拒むことができなかったはずだ。しかも、申し出た者に対して礼節を持って対応しなければならない)
しまった!
こいつ、やはり只者じゃない!
虎康と麻亜耶は、二五メートル失った。
残り八〇メートル。
もう、迷える子羊を演じる時間はない。
「わかりました。凪咲さん、条件は何かな?」
『はぁい、えっとですねぇ。あれ? なんでしたっけぇ? 先輩?』
七〇メートル。
ちょっ! クライマックスのK点、越えそうなんですけどぉ!
「いえ。私、船長なんで……」
「虎康〜、やばいよ。やばいよ。あたし、どうすればいいの? もう魔法放っていい?」
『あぁ、そうかぁ。船長さんですもんね。えっとぉ……、あぁ! さっきのメス亡霊!』
六〇メートル。
最後まであきらめるなって、何か誰か知らない人が言ってた!
「ん? あ! さっきのヤンデレ女! くくっ、ふふぅんだ。そこで刮目して指でも加えて見てなさい! このイチャぶりを!」
と言って、麻亜耶は虎康に頬ずりしてくる。
五〇メートル。
「ちょ! 麻亜耶、雷放つんだろ? サンダーでバシーンって!」
「ナニ言ってんの? もう放ってるじゃない? あいつに!」キッとモニターを睨む。
ちっっっがーーーーう!
四〇メートル。
何? 上手いこと言ったつもり? もうね、なんかダブルクライマックス状態じゃん。
『わたしぃ。すべて思い出しましたわぁ。条件はぁ……』
凪咲も麻亜耶をジトーっと、焦点が定まっていない瞳孔全開の死神の目で見返していた。
うわ、ヤんでるよぉ。こうぇーよぉ。
三〇メートル。
『先輩と一緒にぃ、私もぉ現地入りしまぁす。レギュラー+永久欠番で』
永久欠番って何よ? 何番なんだよ? もう何でもいい!
「わかりました。パーレイ!」
「ちょっと虎康。私は嫌だからね。だいたいね、あんな女はね。男を駄目にするのよ。なんて押し付けがましい」
押し付けって、お前もだろーが! 嫁はいねど鬼姑がいるよ。ここに。
二〇メートル。
『パーレイはねぇ。絶対なのですよぉ。お間抜けさぁん! ねぇ、せんぱいぃ』
「はい……」
『ではではぁ、交渉成立でぇす♪』
一〇メートル。
「おい! ロックオンされてるって。あのロボ、グーで殴るつもりだぞ!」
「……あんのアマぁ、黙って聞いてれば……こんのぉ!」
麻亜耶の杖から雷がほとばしると、それは一気に膨張して――、
「おい、グーが来た! 来るって! 来ちゃうよ!」
ロボのグーが振り下ろされる。
『ふふぅんだぁ、もう遅いですよぉ、メス亡霊。はい、もう出てきていいですよぉ。山咲さぁん』
「え?」
一瞬、耳を疑った。
大きな青白い光に包まれながら、虎康はモニター越しにボコボコに腫れた山咲の顔を見た。
ずっと、いたんだね――そこに。
「麻亜耶、イッキまーーーっす!」
雷が車内でビッグバンを起こした!
『はい。えぇ、やっと出て来ることができました。山咲です。えぇ――』
プツン。
「ホワイトアウーーーゥット!」
虎康はわけの分らない雄叫びをあげていた。