HOT☆SHOT
第一話 Virgin☆Shot! Stage4
4
「くそっ!」
カメラを掴むと、車内から無我夢中で飛び出していた。
車から二〇〇メートルほど走ったところで敵の姿が、はっきり見えてくる。
まさしくあれは巨大なロボットだ。しかも、小絵や恵介が見たら大喜びしそうなほど、ダサイ。くすんだオリーブ色の巨躯に、巨大な二本の両腕がこのロボの特徴を体現しているようだ。そのシルエットは今時というよりもレトロだ、そうだ、あれに近い――鉄人ナントカだ。
ロボとの距離は、三〇〇メートル。
走ろうにもロボが歩くたびに地響きが伝わる。近づくにつれ、通常では立ち尽くせないほどに、その振動は大きな衝撃となっていた。しまいには虎康の体は宙に浮き、大地を蹴っていたはずの脚は空を切る。切った勢いでバランスを崩し、そのまま何も抗うこと無く頭から、地面に落ちてずざっと粗い砂利の上を滑る。
カメラを守るため顔を擦りむき、ついでに膝も擦りむく。
はっきり言って無様だ。それでも、歯を食いしばって立ち上がる。
そして――、
「ぬあああ!」
走る! 擦り剥く! でもまた立ち上がって走る!
そうこうしてなんとか、一〇〇メートルを過ぎたところまで来た。
だけど麻亜耶の姿は見えない。ここまで来ると巨大ロボはもう目の前だった。
「ざっと全高、三〇メートルという所か。待ってろよ、ポンコツ野郎。てめぇは後で激写してやる」
三〇メートルといえば、ビルで言うと七、八階建てに相当する。かなりの高さだ。地面に付きそうなくらい伸びた腕だって、それくらいありそうだ。
ごくりと固唾を飲んで、虎康は踏ん張るようにして腰を低くすると、意を決したように大地を駆け出す。
五〇メートル。
いた!
「麻亜耶!」
麻亜耶は倒れていた。
「麻亜耶!」
二〇メートル手前で、虎康は立ち止まった。このまま、彼女のもとに行けば相手は虎康と麻亜耶をまとめてひねり潰すかもしれない。虎康はその場で姿勢を低くして、空を見上げた。
空は相変わらず、曇っていて陽の差し込む気配はない。
しかしなぜ、あんなに速く移動できる麻亜耶が、どうして倒れているのだろうか? 一体、どうして?
「そう言えば、さっきから振動が止まっている?」
虎康はカメラを持ち直した。
すると、突然の地響きとともに、巨大なロボの腕が虎康の真上から斬馬刀のように振り下ろされる。
虎康はすかさず、ロボの方へダイブするように飛び込んだ。
後ろを振り返ると、虎康が立っていた場所に、ロボの拳が地面に埋まっていた。
今のは危なかった。虎康は、血の味がする砂をぺっと吐き出した。
「てめぇ、人間さま相手にハリキリすぎなんじゃねぇの?」
けどなぜ、さっきは反応して今、反応しないんだろうか?
音に反応するというわけでは無かった。それはさっき、叫んだ時に証明済みだ。
動いたら反応することはわかった。
明らかに、匂いや熱に反応する様子は無い。
「じゃあ、あとは何だっていうんだ?」
虎康はロボに向かって叫んだ。
「おいこの野郎! 答え教えろよ! こうなったら、お前を先に撮ってやるぞ! こうやってな」
ファインダー越しに再びロボを覗いた。
ロボの体に光が当たっているのが見えた。
「反射光?」
虎康は顔をファインダーから目を離した。空を仰げば赤黒い雲の隙間から、陽が差し込み周辺を照らし出していた。遠方でも、同じような光の筋が大地へまっすぐ注ぎ込まれていた。
その時だった――、
ロボが動き出していた。
「まさか、これか? ――くっ!」
ロボの腕が振り子のように、ブンと獣のような唸り声を上げ虎康へ襲いかかる。
虎康はすかさず、レンズを下に向け乱暴に全身をひねり、横に飛び退く。と同時に、うつ伏せに倒れた虎康の身体をかすめるようにロボの腕が空をなぎ払った。その直後、鋼の腕に巻き込まれた風が衝撃となって、あたり一面、砂塵が巻き起こっていた。
双眸を細めながら、虎康は考えを張り巡らせた。
(そうか、光だ。あいつは光にも反応するんだ。となると、あとは麻亜耶だ。あいつが光を発したとすれば――)
麻亜耶が、車から飛び出した時のことを思い出していた。
「杖――魔法か!」
正直、魔法なんて信じていなかった。目の前のロボもそうだ。ついでにこのふざけたカメラとポンコツ車もだ。
だけど、もう十分だ。今は確信できる。
「麻亜耶! 起きろ!」
仕組みとかシステムとか原理とかどうでもいい。
「目を開けろ麻亜耶!」
アイツをポンコツ野郎から救ってみせる!
そして、この世界からも!
「麻亜耶っ!」
「虎……や、す……」
「麻亜耶!」
麻亜耶の顔、なんか久しぶりに見た気がする。だけど、今は感傷に浸っている場合じゃない。彼女は泥の付いた顔のまま、苦しそうに片目だけを開けていた。
「こんなとこで何、してる、の……? バイバイって、言った……でしょ。この、おバカさ、ん」
「馬鹿で悪かったな。馬鹿だから、来ちまったんだよ」
「……」
「俺は絶対、お前を助ける!」
「こんな……状況で、なに、カッコ……、つけてんの」
麻亜耶は虎康と巨大ロボの間でうつ伏せになって倒れていた。虎康はロボのセンサーに触れないよう、頭を空に向けた。太陽は雲に隠れていた。
「いいか、麻亜耶。あいつは光に反応する。だから、魔法は使うな」
「ふふっ……もう使えないよ。だってあたしにはもう、力が残ってないもの……」
「そっか、じゃあ、動くな。動いたら、あいつに捕まるからな」
時機を待つ。
「そう、ならどうやって、王子さまは助けて……くれるの?」
「……俺を……俺のこと、信じてくれるか?」
自分で言っておいて何を今さらって思う。それに都合がよすぎるとも思う。さっきまで自分は彼女のことを信じていなかったのだから。
「何回、も……同じ事を、言わせる気? 女の子に……恥を欠かせない、でよね、この弱虫」
だけど、彼女の返事は健気だった。言い方はきついが、その言葉には彼女の本当の気持が含まれている。
その時、周囲が明るくなってくる。
それに呼応するかのように、虎康は動き出す。
カメラを地面に固定しアングルを定めると、むくりと起き上がった。
「虎……康……?」
ロボが虎康の動きにビクンと、反応していた。
「俺は……」
一筋の陽光が差し込み、虎康の周囲が明るくなる。その光の輪は周囲へ急速に広がっていく。
「弱虫じゃねーーーーー!」
太陽に照らし出された大地を蹴ると同時に、前方正面からロボが巨大な鉛となって突進してくる。
虎康は、ただひたすらに、がむしゃらに、蹴る! 蹴る! 蹴る蹴る蹴る!
「虎康!」
少女の手が伸びる。
「うおおお!」
虎康も手を伸ばし頭から滑り込んだ。
滑り込んだ先は、淡い亜麻色をした短髪の少女。虎康は彼女の細い肩を強く抱きしめると、細い腕が虎康の首に絡みつく。二人はしゃがんだ姿勢で抱きしめ合っていた。
「大丈夫か麻亜耶!」
「……あんた、ほんとに馬鹿だよね。あたしたち、すぐに殺されちゃうんだよ」
差し迫ってくるロボに目を向けようとする彼女に向かって、虎康は叫んだ。
「俺だけを見ろ!」
彼女の頬に手を伸ばし、正面を向かせ彼女の瞳を見つめる。