高校生・恋愛・短編・オリジナル
「上岡くん、それ以上言うと妄想罪で捕まりますよ」
「簗瀬まで!想像するだけなら捕まりませんー」
そうだなあ、とわざとらしく腕を組む上岡。
「ドジっ子だったりして」
「そんな人本当にいるんでしょうか」
「いたとしたら確信犯だな」
「でもみんなの前と彼氏の前とで、ギャップはありそう」
倉沢がストローをかじる。
「ギャップか。じゃああれできんじゃん、あれ。『べ、別にあんたのために作ってきたんじゃないんだからね!』的な。料理得意なんだろ」
「料理得意なだけでそんなイタイ扱いされたんじゃたまんねーだろ」
「じゃあ、攻撃的になったりするんでしょうか?女王様とかみたいに」
「それは簗瀬だろ」
「だから違いますってぇ」
簗瀬が昔絶滅した奥ゆかしい女性みたいにを頬を赤くするので、揃って噴き出した。
それからしばらくしたある日の放課後、そんな女々しい簗瀬がおれに手紙を差し出した。
おれはもちろんあの日マックで言ったことをしっかり覚えていて、上岡主導で女子のランク付けをしていたということを言いふらしらしたことが原因ではじまった上岡の株の下落がそろそろおさまったであろう、今日の放課後のことだ。
「あの…これ」
そういって隣で帰り支度を待っていた簗瀬が手紙を差し出した。視線は左下へ泳ぎ、床の上を彷徨っている。
クラスに残る他の人の視線を感じた。気のせいか、はしゃぎ出す女子の声も聞こえた。
ハートのシールで封された封筒を受け取るとおれは言った。
「簗瀬。おれはな、女の子が好きだから。もしそーいう内容なら断る」
「え?」
視線を合わせるがときょとん、とした様子の簗瀬。
「え、あ、あー違います違います。ぼくのでも、ぼくからのでもないですよ」
何かを察したのか高い声を上げるが、すぐに手を口元に添え小声で言う。
「これ、東谷くんのです。今机から落したんですよ」
「ああ、そういうこと」
手紙があったとは気付かなかった。
「でもここで渡すなよ。びっくりする」
しかも女顔の簗瀬ならなおさらだ。
「あ、すいません。でも驚いてるようには見えませんでしたけど」
「そりゃどーも」
裏面に書かれたおれの名前を確認し、ぺり、とシールをはがす。
「え、開けちゃうんですか」
「開けなきゃ読めないだろ」
「そうじゃなくて」
簗瀬は目で周りを見渡ように促す。
手紙に気付いた何人かがこっちを見ていたが、眼が合うとすぐさま逸らした。
逸らさなかったのは倉沢のみで、何事かと鞄を肩にかけ近づいてきた。
「後にすっか」
ブレザーのポケットに封筒を入れる。一応丁寧に入れようと思ったが、封筒がポケットの形に歪んだのが分かった。
まあいいか。
「どうしたんだ、東谷」
倉沢が寄る。
「何もねーよ。簗瀬を口説いてたらふられたんだ」
「そんな話、してませんけど」
「そりゃふられるだろー」
封筒を庇うように鞄を持ち直し、倉沢と簗瀬と教室を出た。
手紙を空けたのは家に着いて、ジャージに着替えて、ケータイがないことに気づき、鴨居にかけた制服のブレザーを漁っていたときに見つけてからだ。
『どうしても尋ねたいことがあります』
ファンシーな封筒から出てきたのはレシート大程度の大きさの網掛けされたメモだった。
メモにはその一言と、今日の日付と場所、時間の指定が書いてあった。
指定の場所は体育館裏。
指定の日時は明日の放課後。
ベタである。
明日シフトが入っていたりしたら書いた奴はどうするつもりだったんだろうか、とか考えたが、とりあえずバイトに行くことにした。
「え、行かなかったの?」
茶の混じった髪をポニーテールにした橋川が胡散臭いくらい目を見開いた。
掃除中のことである。
同じクラスのこの橋川という女は手紙を受け取るところを目撃していたらしく、素直に好奇心を見せつけるようにして訊いてきた。
その橋川に今答えた通り、あの手紙の呼び出しには応じなかった。
指定の日の前、つまり手紙をもらったその日のバイトに出た時、明日急だがシフトを代わってくれとバイト先の先輩に頼まれたからだ。
夏休みの頃、よく代わってもらったので断ることはできなかったというのもある。
こんなベタな方法で男を落とせると思っているようなやつの算段に乗るのは気が進まなかったというのもある。
「それにクリスマス直前に告るとか、絶対一人で過ごすのがいやなだけだろ。明らかにノリだろ」
「えー、でも一応行かない?」
「だからバイトが入ったんだって」
「乙女心を踏みにじるとか、最悪」
まるで手紙の送り主になったみたいに非難する。
「おれは、呼び出された方だぞ」
「手紙で体育館裏へ呼び出され、告白される。男が歓びそーなシチュエーションだと思うけど」
嬉々として言う。
その決め付けた考え方を見据えたように言うのがさすがに気に障った。
「おれのことはいいだろ…それよりお前らは?」
できる限り嫌味を込めて言う。
「お前らはクリスマスまでもつのか?そろそろ別れ時じゃねーの?」
「残念でしたー。らぶらぶですぅー」
嬉々として言う。
「そりゃ残念だ。別れたら言えよ。祝ってやっから」
「別れたらねー」
橋川はそういいながら黒板消しを目の前を近づけて激しく叩き、おれの呼吸器官へ攻撃をすると教室へ戻った。
そしてしばらくして、クリスマスイブを迎えた。
今年はイブが金曜日ということもあって店は目が回るほど忙しかった。
絶え間なく機械から吐きだされる注文リスト見ていると気が滅入る。
注文するのは客とはいえ見ず知らず親子、カップルということが余計に気を落とさせる。
せめてとも思い、フライドチキンを揚げながら、今頃デートをしているであろう、この前代わってあげたバイトの先輩のことを考えた。
シフトの変更を頼んだのはこの日のためのプレゼントを買うためだったらしい。
おれが倉沢たちとマックで馬鹿話をしている間、先輩は卒論のために机にかじりついたりプレゼント資金を貯めたり会社の面接をしたりと忙しかったらしい。
就職先も決まり、卒業したら今の恋人、今日のデートの相手と籍も入れるつもりだと仕事の合間に聞いていた。
一昨日のことだ。
「そんなに忙しいんじゃ、夏休み代わってもらって都合悪かったんじゃないですか」
申し訳なくなってそう言うと、
「そうでもないよ。おかけでバイト代も増えたからプレゼントの予算も増えたし、この前もいきなりのシフト変更も東谷くんに代わってもらえたわけだし」
と笑った。
迷惑をかけたとばかり思っていたので、そう言われるといくらか楽だった。
そうやって逃避の理由も兼ねてだが、人の幸せを願うことで多忙なバイトの時間を耐えた。
高校生の労働時間ぎりぎりでタイムカード切り、あまりの多忙さに見兼ねてサービス残業をし、22時半を過ぎたあたりでマフラーを巻いて裏口から出た。
すぐそばの植え込みの淵に橋川が座っていた。
「遅ぇよ」
不機嫌さを隠さずに言う。
「何やってんだ?クリスマスに彼氏にふられてやつあたりにきたのか?」
「んなわけねーだろ」
立ちあがると、マフラーを巻きなおす。
「あいつは非リア充組で集まって『世のカップルが爆発するように呪う会』をやるんだって」
付き合ってること隠してるんだからしょうがないでしょ。
表情を出さず、何事もないように言う。
作品名:高校生・恋愛・短編・オリジナル 作家名:小橋由