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ミムロ コトナリ
ミムロ コトナリ
novelistID. 12426
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マジェスティック・ガール.#1(15節~21節)

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20.



 全長八百mの体躯を誇る、バルト級巡洋艦<スイレーン>。
連邦統合軍、第三宇宙艦隊に所属するこの艦は、対人戦を
考慮した通常戦力を保有する常備軍だった。
 艦にはこの時、たまたま『乗客』がいた。
連邦政府直属の特殊部隊<GASS>。
その主任務は、『マンハント』。
つまりは、対テロ用に組織された精鋭部隊。
彼らは、”対人戦”に於けるスペシャリストだった。
 <スイレーン>は、極秘任務を帯びた<GASS>を、作戦地域に
送り届ける為、秘密裏に動いていた。
 『汚染災害処理』こと、<ガーベラ8>撃滅作戦の折には、
アクトゥスゥ変異体と接触する恐れのある地域に在駐する
常備軍などにはミストルティンから前もって退避勧告が届けられる。
 ところが、この<スイレーン>には届くはずの退避勧告が何故か
届いていなかった。それは状況がもたらした『人災』だった。
 政府直属にある<GASS>は、秘匿性の高い部隊であり、
表に出せないような案件を処理するのが主任務である。
その独立裁量権限は、ミストルティンよりも高い位置にあり、
どの部隊の任務よりも優先される。
 つまりは、この<スイレーン>は本来。この宙域にいるはずのない
存在。そんな彼らが、自らの存在を証明する行為など出来はしない。
よその部隊からの通信を受け取るなど以ての外である。
後々、証拠として残るからだ。
その為、<スイレーン>は外部からの通信を全てシャットアウトしていた。
それが、彼らにとって災厄を招く結果となった。

 巡洋艦<スイレーン>の艦内は惨憺たる有様だった。
 空気は血の臭いでむせ返り、鉄分の臭気を発している。
そこかしこに、かつて人だった”モノ”が無残な形となり散乱し、
その内部から赤黒いモノを覗かせていた。
 あちこちから聞こえてくる、怒号と悲鳴。
銃撃と、重火器の発射音。爆音に破砕音。床をならす地響き。
そして、水袋を床に叩きつけたような音。
嫌でも頭の中に、”とある”想像がよぎってしまう。
 まさに、この世の地獄。
これが、アクトゥスゥ変異体がヒトや生命に接触したことで
引き起こされる結果であった。
「ひどい…こんな」
 目の前に広がる光景に、ミミリは口元を押さえ、気色悪さと
悲愴をない混ぜにした表情で眉間に皺を寄せた。
 形象崩壊し、赤い液体と化し爆ぜ飛び、光の粒子となって消えていく
変異体。それを目の前にしつつ、ヒューケインが背中を向けたまま語った。
手にした”ケイン”。近接型EVB−ウェポン『裁断剣』を手元でくるりと回して。
「アクトゥスゥに憑依され、支配された生物には、あいにく”乗っ取られた”
という”自覚がない”。深層無意識のレベルで支配操作されているからな。
乗っ取られたら最後。集団の中に紛れ混み素子をまき散らして変異体を
増殖させる苗床になるか、自分が化け物になったことに気がつかず
同胞に攻撃された結果、不安と焦燥に駆られ、安心と安寧を求めて
他者に接触しようとする。そして、勢い余って破壊してしまう。
そうなったらもう”駄目”だ。生命にとって、ただの害悪でしかなくなる。
残った救いは、ただ一つ。…”楽にしてやる”しかねぇのさ。
それで、”めでたし”。『アンハッピーエンド』…ってな」

 <スイレーン>の外部に備えられたメンテナンス用ハッチから艦内に
進入したミミリ達は、三組に分かれて散会し、クルーの救出と救護に当たっていた。
 その最中、ヒューケイン、栞、ミミリの三人は、壁一枚隔てた向こうの区画で、
クルーを追いかけ回している変異体をレーダーで発見。
間に合わないと判断したヒューケインは、力任せに隔壁を突き破って、
変異体を阻止・撃滅したという顛末だった。
 「大丈夫ですか?」
ミミリが、壁に背中を預けへたり込んでいるAQUA-S姿の女性士官に声をかけた。
 女性士官は、神経衰弱し声が出ないようで、ゆっくりと二回頷いた。
真っ青な顔で、カチカチと歯を鳴らし、がくがくと身を震わせている。
死に迫られ、精神を抉られる程の恐怖を植え付けられたのは見て明らかだった。
 ミミリは、ペンライト型のアクトゥスゥ素子スキャンツールを
女性士官に向けた。反応は、規定基準値以下。
汚染反応は見られない。
 有限ではあるが、アクトゥスゥ素子をはね除ける抗体溶液で
コーティングされたAQUA-Sを装備しているお陰と言えた。
 宇宙に出る際、アクトゥスゥと接触する危険のある宙域では
民間・軍属問わず、必ずAQUA-Sの装着が義務付けられる。
 AQUA-Sさえ機能していれば、空間を伝播し物質に憑依しようとする
アクトゥスゥ素子による汚染リスクは激減する。
変異による二次被害も防げると言うわけだ。

 凄惨な光景を目の当たりにして、ミミリの脳裏に一つの疑念が浮かんだ。
『もしかして、自分がこの場に来たことで、『不運』を招き寄せて
しまったのでは?この事態が起こったのも、自分が持つネガティブな
性質のせいなんじゃないか?実情は違えど、ミミリ・N・フリージアという
『存在』が『起因』となって、この惨劇は引き起こされたのでは?』
 かつて、自分と接点を持ったことで不幸な事態に見舞われたことを嘆き、
呪いと怨嗟を吐く人々の声が、頭の中で反芻した。
 『お前がいるせいだ』『アンタのせいよ』
『どういうことだよ、説明してくれよ』『いつも、いつもよぉー』
『なんで俺がこんな目に遭わなきゃならない』
『嬢ちゃんの時に限って、面倒が起こるんだよなぁ』
『またお前かよ』『おい、こっちくんな』『この疫病神め』
――不幸を引き寄せているのは自分のせい。
 心の底から、黒い粘液が、ドロドロとわき出してきた。
あらゆる負の情念を混ぜ合わせた、どす黒い粘液が。
 (やっぱり、私が…)
心が黒い思考の渦に捕らわれたその時。
「ミミリ、その人はお前が守れ」
女性士官を、アゴでしゃくって指すヒューケイン。
「私が…。そんな、出来ませんよ…。私、じゃぁ…。だって、私は…」
 自分に出来るわけがない。自分と接点を持った人は、必ず決まって
不運に巻き込まれる。こんな自分が、人を守るだなんて…。
 「状況を見て、びびって萎縮しちまったか?それとも、この事態も自分が
不運を引き寄せたばかりに起こったとか、そんな風に考えてるんじゃ
ねぇだろうな?さっき、言ったよな俺」
 数時間前、プールサイドでヒューケインが言ったこと。
――運命って奴は、なるように成る。
――それを誰か一人のせいにすることなんて出来やしない。
――思いつめるのは心に毒だぜ。
――”いい加減に”適度で適当が一番。
 確かに、その言葉には救われた。
だけど、今まで起こってきたことを、全て無かったことになんて出来はしない。
その事実を無視出来ないほど、自分はあまりにも多くの人を巻き込み、
時には自身のミスでその命までをも奪ってしまったのだ。

 核心をついたヒューケインの言葉に、ミミリは何を口にしていいか迷い、
言いよどんだ。
「…あ。でも、そのぅ…」
 ミミリには出来なかった。自分自身に贖罪を課し、責めることを。
いっそ、自分なんて――。
 ヒューケインは、ミミリの思惟を見抜いているかのように、