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ミムロ コトナリ
ミムロ コトナリ
novelistID. 12426
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マジェスティック・ガール.#1(15節~21節)

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 と、同時にガコンと音が響き、照明が復活した。
 クリーム色に塗り固められたハンガーエリアの床と壁が、
光を乱反射し、空間をあっという間に白で染め上げた。
 ツツジは思わず駆け出していた。
<アクエリアス>の自律飛行機能を使い、床下に足がつかない程度に
浮き上がり、飛ぼうとした。
 それを見た凛が、ツツジを呼び止めた。
「どうしたんだ、ツツジ?」
「人影が見えたんです」
「あせるなよ。万が一を想定しろ」
 『万が一』とは、つまりは『そういう』こと。
「わかっています」
「よし。ならば、フォローする。後ろは任せてくれ。くれぐれもな?」
「はい」
ツツジは頷いて、人影を目撃した方へと向かい飛んだ。
その後を凛が追い、周囲を警戒しながら続いた。
 角を曲がった所、拘束具に固定された小型UG−MASの姿が目に入った。
 ツツジは見た。
UG−MASの、複部に備えられたコックピットに入り込もうとしている
パイロット用AQUA-Sを身につけた男性兵士の姿を。
「そこの方、待って下さい!」
 ツツジは、パイロットに向かって呼びかけた。
聞こえていないのか、パイロットは彼女の呼びかけを無視して、
コックピットへと身を滑らせていった。

「もう!」
無視されたことに顔をしかめるツツジ。
 UG−MASが既にアクトゥスゥ素子に汚染されていたとしたら大変だ。
乗り込んだパイロットまでも取り込まれてしまう。
 ツツジはパイロットを引き留めようと、UG−MASのコックピット
に向かって飛び上がった。
開かれているコックピットのキャノピーハッチの上に舞い降り、
シートに座ろうとしているパイロットに再び声を掛けた。
「私は、ミストルティン所属のマジェスターです。
機体がアクトゥスゥ素子に汚染されていたら危険です。
早く降りて下さい」
 今度こそツツジの声が聞こえたのか、パイロットは顔を上げて
彼女の方を見た。
 ――虹彩が失われた、濁った虚ろな瞳で。
「ひ…ッ!?」
 パイロットの姿を見て、ツツジはくぐもった悲鳴を上げた。
 パイロットの顔には血の気が無く、能面のように真っ白で
顔中にびっしりと血管が浮き上がっている。
 まるで。

 そう――まるで。
まるで――【死・イ(――ノイズ――)本】…!!

 パイロットの体が、ぐるんと『反転』した。
裏表逆になった衣服を内側にひっくり返して、『中』を『外』にするように。
ぐるりん、と。”裏返った”。
 人の形をした肉の塊が、ツツジの視界の中に飛び込んできた。
赤い筈の体組織は変質し、粘性を帯びた黄緑色になっている。
 『肉』はあっという間にUG−MASのコックピットを満たし、粘性のある
『菌糸』を体から張り巡らしてマシンと一体化していった。
 肉塊の表面がブクブクと泡立つ。
その表面に無数の『瞼』がびっしりと現れ、ぎょろりと『目』を見開いた。

「きゃぁぁぁぁああああ!?」
あまりにも常軌を逸した光景に、ツツジは恐怖の悲鳴をあげた。
 目の前に現れたモノが変異体だとわかって、攻撃に転じようとした所、
ツツジの心中に動揺と迷いが生じた。
 ――さっきまで人間だった。人間だったのに…!――
 わずかコンマ秒の判断と、意思決定が遅れたばかりに、それが彼女にとって
致命となった。
 UG−MASの内部から、ジェネレーターの駆動音が聞こえた。
 アクトゥスゥに支配されたUG−MASの右腕が動き、全長60cm大の掌――
つまりは、マニピュレーターにツツジは体を鷲づかみにされていた。
 「あ、ぐぅっ…!」
 呻き声をあげるツツジ。
 小型UG−MASの指に力が入った。
対人用のダウンサイジングバージョンと言えども、そのパワーは侮れない。
人一人、捻り殺すぐらいは造作もない力がある。
 数トン強の握力に絞られ、<アクエリアス>が軋む音を上げた。
しかし、この程度『どうということはない』。
 <アクエリアス>の素体となる肌密着型のスーツは
ウェットスーツのような質感がある。
 体全身を包むスーツは、7533枚の超高密度流動金属箔膜で
形成された積層装甲の集合体である。
その内部と表面は理論防壁によって保護されている。
ほとんどの物理攻撃は、これでシャットアウト出来る。
斬撃・刺突・殴打・圧力・慣性・温度変化。
力学に乗っ取った概念はことごとくだ。
 ――だが。
「あぐがぁぁあっ!!」
悲鳴をあげるツツジ。
 <アクエリアス>の表面にスパークが迸った。
 <アクエリアス>は、UG−MASを人間サイズにした兵器だ。
当然、UG−MASにも理論防壁を発生・展開させる機能が搭載されている。
ならば、対UG−MAS戦を想定して、理論防壁を中和し、
突破する機能も備えられていると考えるのが当然。
つまり、UG−MASは<アクエリアス>に物理攻撃を通せるのだ。
 こうなってしまえば<アクエリアス>はただの強力なバトルスーツでしかない。

「あ…ぐ、が…。このっ…!」
体をもだえさせて抵抗するツツジ。
が、無理。抜け出せない。
 掴むマシンの掌に、一層の力がこもった。
「はぐぅっ…!が……ぁ…ぅ…」 
凄まじい力に体が締め付けられ、意識が遠のいてきた。
 (ここで…終わり?…そ…ん…。…父…さ。母さ…。ミ、み・・・り)
『全てが終わる』。
朦朧とする視界の中、そう認識し、ツツジは瞼を閉じようとした。
 その時。
がくっと体が揺れ、同時にUG−MASの右手首が、”崩れ落ちた”。
切断された断面が、ざぁっと砂のように風化していく。
 ごついマシンの手首に掴まれたまま、ツツジは床に落ちた。
ガコォンと、ハンガーエリアに金属音がけたたましく響き渡った。
 見上げるツツジの目に、緋色のアクエリアスが宙を舞う姿が映った。
凛だった。
 切断されたUG−MASの手首から、無数の触手が伸びる。
凛は、宙を舞い飛びながら両手にリソース・パニッシャーを携え、
迫り来る触手をざっくばらんになぎ払い、マシンのコックピットに肉迫した。
「スキャン完了。<弾頭>装填」
 凛は、コックピットのハッチに足を乗せ、かつて人だった変異体に
リソース・パニッシャーを突き立てようとした。
 変異体である肉塊から、触手が伸びた。
 触手は凛の首に巻き付き、彼女の喉元を締め上げた。
<アクエリアス>ごしに、めりめりと首に食い込んでいく触手。
絞められた箇所が鬱血を起こし、凛の顔から血の気が引いていく。
 ――にも関わらず。
彼女は、顔色一つ変えず。『するべきことを行った』。
 リソース・パニッシャーを振り上げ――
 赤黒い液体の飛沫が、コックピットから舞い散った。
床に、ばしゃぁと液体が飛び散り、点々と赤い模様が作られる。
 凛は、右手に持ったリソース・パニッシャーで変異体の表面を
切り裂き、左手に持ったもう一本を、その内部に深々と突き刺した。
 して、間髪!

「イグニッション!」
 『バシィッ』と、電撃がのた打つ音が響き――
次に、ジェネレーターの駆動音が静まり、UG−MASは動作を停止した。
「すいません…凛様」
ツツジは床にへたり込んだまま、ハッチに跨がっている凛を覗き込んで言った。
「ためらうな、ツツジ。まだ慣れないようだな」