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ミムロ コトナリ
ミムロ コトナリ
novelistID. 12426
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マジェスティック・ガール.#1(15節~21節)

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21.



 巡洋艦の各部署を繋ぐ廊下や回廊は、単純簡潔な構造で、
ごてごてとしたパイプ類や電子部品などは、全て床や壁に埋設されている。
その造形と構造には、軍艦だてらにシンプルな美しさがあった。
だが、インダストリアルな趣のある艦内構造は、今や『無茶苦茶』になっていた。
 壁や床のタイルは凄まじい膂力によって打ち叩かれた痕跡があり、
へこみ、たわみ、折れ曲がり。
ひしゃげ落ちたパネル板がそこかしこに散乱している。
 パネルが瓦解した内壁からは、電装系部品や配線が露出し、
その姿を覗かせ、煙とスパークを発していた。
 灰褐色の金属板で形成された床や壁には所々、血糊がべっとりと
こびりつき、筆で引き延ばしたような跡が残っている。
他にも、携行火器の榴弾などによって創られた焦げ跡や、
ライフルの弾痕といった戦闘の痕跡も。
 廊下と回廊には、ヒトだった物の残骸があちこちに横たわり…。
 それが、一切合切の『顛末』と『事情』を物語っていた。
そんな地獄絵図の空間に響く、けたたましい足音。
 ――二つ、四つ…”八つ”!

 廊下を疾走する、緋色と瑠璃色の<アクエリアス>。
それを背後から追い立てるのは、異形の怪物。アクトゥスゥ変異体。
 ライオンや虎に似た外観を持つ変異体が、後ろ足を蹴り上げ
宙を飛び、緋色の<アクエリアス>――凛に向かって強襲した。
 凛は、背中に展開した四本のデバイスの内、一本を左手に握っていた。
彼女が使用するデバイスは大型で、全長150cmと長く、5cmの厚みがある。
長方形状のデバイスの下部は上下に開いており、柄の形状を取っている。
それは、『リソース・パニッシャー』と呼ばれるアサルトデバイスで、
EVB−ウェポンとしての性能も備えている兵器だった。
 前足に生えそろった爪のような構造物を凛に向かって
打ち据えようとする変異体。
 凛は『リソース・パニッシャー』を掲げ、変異体の爪を受け止めた。
 金属質の摩擦音と火花が飛び散り、次の瞬間。
 変異体の爪が液状になって、ばしゃりと”崩れ落ちた”。
勢いづいて『リソース・パニッシャー』に触れた前足も、ずぶずぶと
その表面に溶けて沈み込み、崩れ落ちていく。
液状になった体組織は風化して塵となり、霧散していった。

 物質とは粒子の集まり。粒子とは量子。
量子とは物質の最小単位。
 我々人間も、根っこは量子によって構築された分子と原子である。
それが寄り集まり、電子で繋がって『人間』という『記号』を形作っている。
 『記号』とは『情報』。
物理的な現象として『情報』は『量子』(または素粒子)に置換出来る。
 『量子』は、空間に『0(無し)』と『1(有り)』の状態で漂っており、
確率でその存在位相が切り替わる。
『量子』は宇宙に消えては現れ、明滅を繰り返しているのだ。 
 その理屈で行けば、『情報』を形成している『量子』の存在確率を
『0』に固定すれば、概念レベルで物質を解体・消去することが出来るわけだ。
 『リソース・パニッシャー』とは文字通り、リソース(情報)を
パニッシュ(伐つ)する道具(ツール)。
 構造表面に展開された理論障壁で、『量子』の位相を『0』に書き換え、
物質を情報レベルで『破壊』する性能を持つ『解体工具』だった。

 前足を失い、空中で体勢を崩す変異体。
その場にずるりと床に崩れ落ち、仰向けに腹を晒して転がった。
 変異体の消失したはずの前足部分が泡だち始めた。
それは、再生の兆候。概念的に構造を破壊されたにも関わらず、
復元しようとしている。
 失った体組織を無から創出しようとするアクトゥスゥ変異体の
振る舞いは『神の出来損ない』という通名のごとく、
この世の物理法則を超越したものだった。
 身悶えし、体を起こそうとする変異体。
『バフォォォゥゥゥゥウ!』と唸り声をあげている。
今にも襲いかかってきそうだった。
 それに危険を感じ、瑠璃色の<アクエリアス>を身にまとったツツジが、
掌から電撃を放って、その動きを封じた。
「ツツジ!<弾頭>の精錬は!?」
 叫ぶと同時に、凛はリソース・パニッシャーを逆手に持ち、眼下で
悶えている変異体の胴に、思い切り突き立てた。
「はい!スキャン完了。<弾頭>転送します!」
「受信完了。装填。イグニッション!」
 変異体に突き立てたリソース・パニッシャーから青白い電光が
迸り、体内に打ち込まれる。
 空間に、スパークの残滓がパリッと走り――撃滅!
パシャァ。と、変異体が赤黒い液体と化し、爆ぜ飛んだ。
 光の粒子と化し消失していく変異体を、冷たい目で見据える凛。
「撃滅完了。周囲に変異体反応無し。オールクリア」
その声は、機械的で無機質な鉄の肌触りがあった。


 凛とツツジの二人が向かっていたのは、艦載兵器が
安置されているハンガーエリアだった。
 <スイレーン>には、少数ではあるが機動兵器が搭載されている。
常備軍が運用する、対人用にあつらえられた六メートル大の人型を模した
小型UG−MASがアクトゥスゥに接触され、浸食・支配されれば、
より厄介なことになる。
 ヒューケインの指示により、二人はクルーの救出を兼ねつつ、
目的地へと向かっていた。
 ハンガーエリアを隔てる機会扉の前へと到達した二人。
 凛は、扉の横に背中を預けているツツジに対して頷いて見せた。
 無言で頷き、返答するツツジ。
 タイミングを合わせて扉を開き、二人は室内へと滑り込んだ。
 ――静寂。
 叩けばコーンと響くような静けさが、ハンガーエリアを支配していた。
照明は落ちており、赤い非常灯の明かりが室内を薄暗く照らしている。
 背中合わせに、互いをカバーするように歩を進める二人。
ゴクリと唾を飲み込むツツジの緊張が、凛の背中越しに伝わってきた。
 静寂は全てを覆い隠す。
その中に溶け込もうと、自らも静寂をまとい同化すれば、自身もその一部になれる。
 静けさの中に、ただならぬ驚異が隠れているという警戒を怠らないよう、
二人はハンガーエリアの奥へ、奥へと歩を進めた。

     ***    

 ツツジは震えていた。
 『汚染災害処理』に参加するのはこれが初めてという訳では
無かったが、<ミストルティン>に指揮下に入り、大規模な軍事作戦の
参加は今回が初めてだった。
 けれども、緊張の理由は”それではない”。
 巡洋艦の内部という、密閉空間での戦闘状況が、彼女に緊迫を
もたらしていた。
 宇宙空間での戦闘は何度か体験していたが、建造物内部での戦闘は
勝手が違う。
 宇宙にも全方位から敵が襲いかかってくるという恐怖はあるが、
複雑に構造物が入り乱れる室内では、どこから敵が襲い掛かってくる
かもわからないからだ。
 一瞬の判断ミスと状況認識の甘さが死に繋がる。
それが、疑心暗鬼の見えない敵となって――
つまり、『恐怖』として心に襲いかかってくる。
それこそが、ツツジに緊張をもたらしているモノの正体だった。

 エリアの角の突き当たりがほんのりと見えてきた所。
 コツンと音が聞こえた。
金属の床を踏みならすブーツの音。
 ツツジは、見た。
非常灯の赤色に染まった視界の中、眼前を横切っていった人影を。