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ぬるめのBL作家さんに100のお題

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半透明の檸檬






ドアを閉めて鍵をかけた。
一人にしてほしかった。
一人になりたくなかった。
心のどこかで追いかけてきてくれると思ってた。
耳を澄ませても足跡は聞こえない。自分が洟をすする音としゃくりあげる息遣いだけがこの世界の音だった。
ポケットの中に丸い砂糖の塊がひとつ、引っ張り出して口の中で噛み砕く。
口の中にはレモン味の飴玉が割れてたくさんのかけらになっている。
からんころん、頭の中で鳴る。
ガラスみたいに割れた黄色い飴玉。

「言わなきゃ、よかった・・・」

とかく、初恋は叶わない。




マイノリティーという自覚はある。いつからかは分からないけど、自分が「そういう趣味」だってことは感じてたし、それがその他大勢の人たちとは違うってことだって理解してた。だから距離を置いた。
踏み込まないように、踏み込まれないように。適度なパーソナルエリアの線引きをしてうまくやってきたはずだったのに。

『なー岩佐ーノート見してー』

宮野はその線をやすやすと越えてきた。
手を差し伸べるどころか無理矢理掴んで自分のエリアまで引っ張っていくような、そんな男だった。
好きになったのもいつからか分からない。
何も言わないように、誰かに感づかれないように。
好きだという感情以上に、マイノリティーだと知られないようにすることの方が大事に思えた。糾弾されるのが怖かった。気持ち悪いと思われるのが怖かった。
押し殺していたのに、宮野がこっち側に入ってくるせいで。
人のせいにした。
そして勘違いをした。
とんでもなく、馬鹿な。
ぽろり、零れ落ちた言葉に驚いた顔をして、それから困った顔をして。顔がぶわあって熱くなって、それから指先に熱くなった血がすとんと落ちた。泣きたくなった。逃げ出したかった。自分で言っておいて、聞きたくなかった。
宮野が口を開くまでの時間が長い、長くて、待ちたくなくて、逃げた。
廊下は走るなのポスターの前を走って逃げた。視界が霞む。滲む。廊下が泥む。
空き教室に駆け込んで、座って、泣いた。




鍵を閉めたはずのドアががたがたと音を立てる。

「岩佐!いるんだろ!?」

紛れもなく宮野の声だった。

「お前、言うだけ言って逃げんなよ!」

なんでだよ。なんで、そこにいるんだよ。

「せめてさ、返事聞いてから逃げろよ!告白ってそういうもんだろ!あほ!恋愛におけるでっかいイベントを途中でやめんな!つーか俺に申し訳ないだろ!俺どんな顔してこの先の学校生活送っていきゃいいんだよ!悪いけど俺この先別に気まずくなんねぇからな!いつも通りノート貸せとか言うからな!遠慮もなんもしねぇから覚悟しとけよ!距離取ろうとしたってそうはいかないんだからな!」

だから開けろ!
接続詞のおかしいその叫び声に鍵を開けた。
どういうことだよ。これから気まずくならないとか、いつも通りとか、距離取ろうったってそうはいかない、とか。
また勘違いするだろ、そういうの。
鍵を開けたドアが勢いよく横に滑った。

「岩佐!」
「・・・なに」
「お前、なに泣いてんだよ」
「・・・・・なんで、受け入れるんだよ」

今にしたってこれまでと同じだ。遠慮も壁もなにもない、相変わらず自分で引いた他人との境界線の内側に踏み込んでくる。確かに無遠慮だけど、どこか心地良い。
だから、これ以上余計なこと考えさせないでくれよ。まったく、失恋に耽る暇もない。

「気持ち悪いとか、思わないの、おまえ」
「世間一般のそういう人たちのことを気持ち悪いって思わないって言ったら、嘘になるかもしれないけど。それでも人に好かれて気持ち悪いとは思わないよ」
「・・・おめでたいな」
「なんだそれ。お前は罵倒されたいとかそういう趣味があんのかよ」
「ないけど。きっとそう言われるんだと思ってた」
「お前こそ偏見甚だしいよ」

確かにそうかもしれない。そうかもしれないがそれくらい考えないと後で取り返しがつかなくなる。先に回り込んで、できるだけ傷つかない道を選ぶ。
誰だって勝ち目のない戦には挑みたくない。傷つきたくない。

「俺は岩佐のこと、友達として好きだ」

友達として。
みっともない告白に対する返事。最後通牒。

「・・・そうか」
「でも俺は岩佐がそういうあれで俺のこと好きだってこと知ってる。さっきはああ言ったけどちょっと自信ない。でも、やっぱり、お前と友達やめたくない」

宮野は優しい。
優しいけど、残酷だ。
友情を濃くしたって愛情にはならないし、愛情を薄めたって友情にはなり得ない。
だからどんなに長い時間をかけても友人として肩を並べるその先へは行けない。
受け入れたら一生傍にいられるけれど、それは天国であり地獄だ。
それならば、いっそ。
溶け残ったレモン味が口の中でざらついて軋む。
少し背伸びをして、無言でさよならを告げた。