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ぬるめのBL作家さんに100のお題

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きみはヒーロー






「嫌なときだってそりゃあるよ」

慣れた手つきで包帯を巻きながら赤坂は言う。体を捻って傷口を見て、口をとがらせて言う。

「あったかい春の日に昼寝しようと枕出したとき。晩ごはんがハンバーグで、炊き立てご飯で、今まさにいただきますのとき。CM明けたら好きなアイドルが歌うってとき。2時間ドラマの残り20分のとき。・・・望月と、いい感じになってるとき」
「ふうん」
「一番最後は突っ込みどこだったんだけど」
「俺といい感じはそんなに嫌なの」
「だから今は行きたくないときの話をしてるんじゃん・・・ってもういいや」

恋人、って言っていいのか分かんないけど、俺と赤坂はいわゆるそういう関係にあったりする。俺は屋上やら遊園地で衣装に着替えて着ぐるみと戦う日曜限定雇われヒーロー。担当は現場によりけり基本は黄色、時折赤。時給1150円の大型連休タイプ。
かたや赤坂は人知れず、いや知る人ぞ知る正義のヒーロー。助けを呼ぶ人あれば西へ東へ南へ北へ。おもちゃみたいなブレスレットにコードナンバー003でオートマティック変身。俺みたいにちょっと誰かチャック上げて!とか言わなくてもいいマジカルチェンジ。名字の主人公具合とは裏腹に担当カラーは緑。日曜朝のように設定は甘くないのだ。
設定だけじゃなく出動タイミングも甘くない。風呂の中でも電車の中でもベッドの中でも(やらしい意味じゃなくて)連絡が来たら即出動。悪の組織も甘くない。あまり知られていないヒーローには名乗りもないらしい。赤坂いわくあっても待ってくれないんじゃないかな、だそうだ。任期だって1年じゃないし(知り合って3年は経つけど初めて会った頃から赤坂はなんとかグリーンだった)いつも予算と隣り合わせだし、正義の味方は予想以上に大変なのである。
平日の昼間は市役所勤務。現実味あふれる公務員は非現実味あふれるヒーローって面白いよね。所属は市民安全なんちゃら課、っていうヒーローの緊急出動の辻褄合わせの職業なんですけどね。

「聞きたくなくても聞こえるんだからしょうがないんだけどさ」

ヒーローというのは困った人の声が聞こえるようにできている。ウルトラマンしかり、タイミングよく駆けつける仮面ライダーやスーパー戦隊しかり。切羽詰まった受験生や晩飯の献立に悩む主婦の声は聞こえなくとも命の危険の声は聞き分けれられるそんな能力が自然に身についたらしい。言うならばそう、一種の超能力。

「仕事だし、一応使命感もあるし。俺らしかいないんだって思うと悪い気はしないしさぁ。だけどこう、タイミングってのがあるだろ、って思うときもあるんだよ」

さっきも言ったみたいなタイミングで出て来られるとちょっとね。そう言った赤坂の顔は少し泣きそうにも見えた。

「・・・なんかあった?」
「みんながみんな、すぐ駆けつけられるってわけじゃないんだよね」

そのまま膝を抱えてその間に顔を埋める。泣いてはいない。きっと赤坂は今日誰かを救えなかったんだろうな、と思った。淡淡と記憶の中から引きだすように考えてしまった自分は薄情なのかもしれない。会ったこともないし名前も顔も知らない、本当の事情も分からない人のことだけど。最初は仕事が終わるたびに泣いてたけど段々神経が麻痺してきて、人の命ってなんなんだろう、ってたまに思うって言ってた。身近な誰かが死んでも泣けないかもしれないな、と少し昔に言った赤坂は本当に寂しそうだった。

「偽善だって分かってるんだけど、毎日どこかでたくさんの人が死んでて、それを全部救うなんて無理だし、無理なんだからこんなことしなきゃいいのに、って言うのも分かるんだけど。やっぱだめだ、しんどい」

敵を倒したらそれで終わりじゃない。壊れたものも失われたものも都合よくリセットされない。記憶だってそれは同じ。

「赤坂は、やめたくならないの」
「なるよ」

答えは食い気味で返ってきた。

「ほとんどは無傷で帰れないし、出動時間は不規則だし、失わなくていい命が消えていくのを何度も見なきゃいけない。なんで俺なんだ、って思うしもちろんやらなくていいならやりたくないよ。でも、俺らしかいないんだよ。5人だけなんだよ」

ほとんど吐き捨てるような声だった。

「やらなきゃ、やられるんだよ。俺以外の誰かがさ」

俺はずっと赤坂に泣かないでほしいと思っていた。悲しいから泣く。涙が出る。だから悲しくなるようなことがなくなればいいのにと思っていた。赤坂は泣かなくなった。悲しいことがなくなったんじゃない。涸れたんだ。
だから今は違う。
ちゃんと泣いてほしいと思ってる。悲しいんなら、ちゃんと全部外に出してほしい。受け止める、できるだけ全部受け止めてみせるから。受け止めきれなかったら俺も一緒に泣くから。

「赤坂」

俺は平和な雇われヒーローだ。スーツを着て動くことはできても、命の現場の気持ちまでは分からない。

「割り切らなくていいよ」
「・・・」
「赤坂は人間なんだから、なんでもかんでも割り切れないよ。割り切らなくていいよ。俺にも3分の1くらいは抱えさせてよ、嫌だとか言わないよ、俺赤坂のこと好きだからさ」

膝の間に埋めた頭が少しだけ、うなずくように上下した気がした。

「・・・望月は物好きだ」
「はは」
「まともにセックスもできないくらい不規則な時間で動いてる俺に何も言わないどころか好きだとか言う。割り切らなくていいとか言う。もうここまできたらばかだ」
「ばかで悪かったな」
「でも俺にとっては悪くない。こんな仕事してて家帰ったらひとり、って相当寂しいんだぞ」

無性に触れたかった。
伸ばしかけた手が止まった。おもちゃみたいなブレスレットがちかちか光る。
顔を上げて、きょうもきみはでていく。