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しっぽ物語 5.眠りの森の美女

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 なのに、軽いメタノール中毒で一週間の入院の憂き目にあったLは、痛む眼を理由になかなか書類へサインをしようとはしなかった。理由は分かっている。ベッドに横たわり、持て余す暇の中で思い出したのだろう。自らの思考の範疇外で物事が進むということが、どれほど不愉快なことであるかということを。今になって浮かんでくるのはLが大学で建築学を専攻していたという情報で、これをCはリムジンの運転席で本人の口から聞いていた。
「一週間……いや、4日。それだけあれば納得するだろうから」
 運転手を卒業して以来、Lと口を聞く回数は大幅に減っていた。今の時期に、顔を思い出して貰うのもいいかもしれない。地道で細やかな気遣いと一定の誠実さが、更なる出世の糸口になる。いい機会だ。眼の前で確固たる承認を得させ、自己満足を与えておきたかった。退院予定日までは二日。時間は十分ある。
「ああ、悪いな。それじゃあ来週」
 声だけは笑って見せ、受話器を戻すと同時に、Cは恐縮し続ける青年をにらみつけた。
「例のアジア人か?」
「いえ、今日は」
 袖で汗を拭う動作が気に入らない。さっさと行動しようとしないのも。男が言葉に詰まっている間に、Cはアルミニウムの扉を開き、灰色の細長い廊下を数フィート進むことができた。時間を無駄にするのは、チョコチップが三つしか入っていないマフィンよりも嫌いだった。
「来てないんだな」
「はい」
「気配を察したか」
 抱えていたファイルを開き、モンブランでメモの第一項目に斜線を入れる。レストランのディスプレイ搬入、完了。メーカーへの電話、完了。覗き込む視線が文字へ到達する前に閉じてしまい、ペンを内ポケットに突っ込んだ。
「だが今度見つけたら追い出せ。他には?」
「例のお客様が、ホテルにお泊りの」
「ああ」
 頷き、天井に眼を走らせる。搬入口からロビーまでの曲がりくねった道のりだけで、蛍光灯が3本も切れているし、少なくとも2本は不愉快な点滅を繰り返している。はじめに光ありきとは上手いことを言ったもので、照明を暗くすると悪いことばかり起こる。気力の下落、いかさま。
「そういえばDから連絡は」
「まだ動けないそうです」
「車に轢かれたって、勤務中じゃないんだろう」
「いえ、仕事帰りに」
「本当に?」