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やまと蒼紫
やまと蒼紫
novelistID. 15444
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miscellany

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ピースサイン


「中根翔太って誰?」
 マイペースで仲の良い、陽気なO型一家の末っ子として産まれた俺は、元来明るい性格だった。ただ人見知りが激しく、新しい生活に慣れるまではいつも友人が出来ない。
 高校に入学して三日ほど経った頃だと思う。その日も俺はまだ慣れぬ教室で、独り居眠りを決め込んでいた。話し相手がいなかったからだ。
 そんな折、聞き覚えのない声に名を呼ばれ、突っ伏した真新しい机から顔を上げる。声を追って教室のドアに視線を遣れば、そこにはやっぱり知らない奴。何事かと立ち上がり、眠気でぼーっとした頭でそいつの元へと足を運んだ。
「俺だけど、何か用?」
 我ながら不機嫌な声だったと思う。けれどそいつは気にも留めずにじろじろと人を見上げて、そして笑った。
「俺とお前、従兄弟らしいんだけど」
「は……?」
 不意に俺の脳裏を掠めた言葉。
 ――そういえば、兄さんのとこの息子も翔太と同じ高校に決まったんだって。
 何でもない事のように話した母親の明るい声を思い出し、俺は納得した。
「ああ……じゃあお前が花岡恭平?」
「そ。まあ、あんま会う事ねえと思うけど、取り敢えずヨロシクって事で」
 人懐っこく笑いながら握手を強要され、それに応えてやると恭平は満足顔で去って行った。



 夏。こうも暑苦しいと、運動部にとっては生き地獄だと思う。俺はゆっくりと躰を解しながらも、体育館の熱気にやる気を奪われていた。けれど俺の場合は中学から続けているバスケをしに学校へ来ている様なものだから、そう文句も言っていられない。
 まだ一年なのにも拘わらず、俺は部内で一番の背丈を持っていた。故にコーチのお気に入りで、試合にも出させて貰っている。それは幸せな事だと思う。
「ナカ〜、それ終わったら走り込みやるから外な〜」
「はーい」
 先輩の言葉に俺はわざと時間をかけてやっていたストレッチのペースを、少しだけ早めた。正直この体育館でボールを追うよりは、外で走り込みをする方が楽なのだ。何故かって、うちのコーチは何かと厳し過ぎる。
 外に出ると、野球部の声が響いて聞こえて来た。ああ、そういえば……と俺はそちらに目を向ける。
(いた……)
 思わず頬が緩む。血の繋がりって不思議だ。
 あれ以来、恭平と顔を合わせる事はなかった。俺は普通科であいつはスポーツ科。最初は俺もスポーツ科にするつもりだったのだけれど、女がいないと聞いたから、勉強についていくのは辛いけど敢えて普通科に入った。加えて所属する部活も違うと、本当に会う機会が無い。
 それでも姿を見つける度に、何故だか嬉しくなった。やっぱり身内だからだろう。
 リーリーリーリーダッシュッ!
 小学生の時に少しだけ齧った野球の感覚を思い出す。泥だらけになって、それでも楽しいんだよなって事を思い出す。
 恭平が真剣な顔で、腕を広げて、足を運んで。
 リーリーリーリー……。
 それは所謂基礎の様なものだけど、恭平は手を抜く事なく、全力で走り抜けた。
 思わず、頬が緩む。あいつも頑張ってんだって思った。
 ふと、恭平がこちらを向いた。そしてあの人懐っこい顔で笑って、周囲を顧みる事なくこちらにピースサインを寄越す。俺は面食らって、けれどすぐにピースをし返した。
 たったこれだけのやり取りが、何故だか凄く嬉しくて、こそばゆくて、――ドキドキした。
「ナカー! おまえなにやってんだ早く来いっ!」
 先輩の怒声にはっとして、俺はすぐさま集合場所に指定された校門へと急ぐ。一度だけ振り返ってみたけれど、恭平はその時既に俺には興味を失くしたように、野球部のグラウンドをひたすら走っていた。
 何故だか少し、寂しい気もしたけれど。
「ナカ、おまえ遅ぇよ! ペナルティー腕立て百回な」
「な……っ! マジっすか!?」
「当たり前だボケ」
 取り敢えず、俺はバスケを頑張ってみる事にする。

END

作品名:miscellany 作家名:やまと蒼紫