miscellany
ソファーと熱に身を委ね
「わ……! 何だよ急にっ」
たった今帰って来た人物を見上げて抗議する。人が大好きなお笑い番組を見ていたのにも拘わらず、何の前触れもなくソファーに押し倒されれば文句だってつけたくなるってもんだ。
なのに押し倒した本人と言えば何の悪びれた様子も無く、暴れるオレの上に伸し掛かって意地の悪い笑みを浮かべてる。
「ちょっとマジ勘弁! 今日はこれから『エンタりんぐ』が出るんだってば!」
最近お気に入りのコンビが出演するとあって楽しみにしていたのに、こいつに構っていて見逃してしまっては堪らない。
それを聞いた奴は何故かムッと唇を歪めた。
「この俺よりそのお笑いコンビの方が大事だってのか?」
「はあ? んな事言ってねえだろ。いいから離れろ、苦しい!」
渾身の力を込めて奴を押し返すと、思いの外あっさりと離れていく。けれどその瞬間に、奴の短い溜め息と小さな舌打ちが聞こえた。
「……何かあったのか?」
何処となく覇気のない奴の表情にそう尋ねるけれど、奴は「なんでもねえ」と低く口にしてソファーから立ち上がってしまう。
オレは慌てて奴の手首を掴み、強引に引き寄せて再びソファーに座らせる。
「やっぱりちょっと顔色悪いな。何があった?」
顔を覗き込んで問い掛けると、奴はオレから視線を逸らして、まるで子供のように愚痴を零し始める。聞けばバイト先のファミレスで少々トラブルがあったのだとか。
生来他人に合わせるという事を苦手としてきた人物である。けれど容姿の良さもあって、接客をやらされているらしいのだ。こいつにとってそれはこの上ないストレスに違いない。
よしよしと髪を撫でてやりながら話を聞いてやっていると、いつの間にか懐に抱き付かれ、そしていつの間にかまたソファーに押し倒されていた。
「……おい?」
「んー?」
先程までの不機嫌さは何処へやら。安心し切った子供の様にオレの胸に顔を埋めては頬を擦り寄せる。
「しょうがねえなあ」
呟いて頬に手を添えれば、奴は顔を上げて乗り上がって来る。
「キスしてえ……」
掠れた声で囁かれた要望には、触れるだけの淡い口づけで応える。重なる桜色に吸いついてきた唇が離れると、奴の顔色を再び仰いだ。
「少し痩せたか?」
「……かもな」
今にも唇が触れ合いそうな距離を保ちつつ、奴の欲望に染まった瞳と視線がぶつかる。すると不思議と目が潤んできて、躰中が相手を欲しがった。
長い指に顎を捕らえられ、もう一度キスをする。瞼を閉じて絡まる舌を受け入れると、奴の首に腕を回して引き寄せた。
より深くなった口づけにオレが酔い痴れている間に、奴は手探りでテレビのリモコンを捜し出し電源をオフにする。
銀糸を引いて離れていった唇がオレの首筋に落ちて行く様を涙で霞んだ視界に捉え、オレはこれから襲って来るであろう熱い波の中に身を任せた。
END
作品名:miscellany 作家名:やまと蒼紫