マジェスティック・ガールEp:1 まとめ
ツツジは、確かに見た。
非常灯の赤色に染まった視界の中、眼前を横切っていった人影を。
と、同時に、『ゴコォン』とブレーカーの起動音が重く響き、照明が復活した。
クリ―ム色に塗り固められたハンガ―エリアの床と壁が、光を乱反射し、空間をあっという間に白で染め上げる。
ツツジは震えも忘れて、思わず駆け出していた。
<アクエリアス>の自律飛行機能を使い、床下に足がつかない程度に浮き上がり、飛ぼうとして――凛に呼び止められた。
「どうしたんだ、ツツジ?」
「人影が見えたんです」
「あせるなよ。『万が一』を想定しろ」
凛が言う『万が一』とは、つまりは『そういう』こと。
「わかっています」
「よし。ならば、フォロ―する。後ろは任せてくれ。くれぐれもな?」
「はい」
ツツジは頷いて、人影を目撃した方へと向かい飛んだ。その後を凛が追い、周囲を警戒しながら続く。
角を曲がった所、拘束具に固定された小型UG―MASの姿がツツジの目に入った。同時に、パイロット用AQUA―Sを身につけた男性兵士の姿も。
兵士は、UG―MASの、複部に備えられたコックピットに入り込もうとしている
「そこの方、待って下さい!」
ツツジは、パイロットに向かって呼びかけた。が、聞こえていないのか、パイロットは彼女の呼びかけを無視して、コックピットへと身を滑らせていく。
「もう!」
無視されたことに顔をしかめるツツジ。
UG―MASが既にアクトゥスゥ素子に汚染されていたとしたら大変だ。
乗り込んだパイロットまでも取り込まれてしまう。
ツツジはパイロットを引き留めようと、UG―MASのコックピット
に向かって飛び上がった。開かれているコックピットのキャノピ―ハッチの上に舞い降り、
シ―トに座ろうとしているパイロットに再び声を掛けた。
「私は、ミストルティン所属のマジェスターです。機体がアクトゥスゥ素子に汚染されていたら危険です。早く降りて下さい」
今度こそツツジの声が聞こえたのか、パイロットは顔を上げて彼女の方を見た。
――虹彩が失われた、濁った虚ろな瞳で。
「ひ…ッ!?」
パイロットの姿を見て、ツツジはくぐもった悲鳴を上げた。
パイロットの顔には血の気が無く、能面のように真っ白で顔中にびっしりと血管が浮き上がっている。…まるで。
そう――まるで。
まるで――【死・イ(――ノイズ――)本】…!!
パイロットの体が、ぐるんと『反転』した。裏表逆になった衣服を内側にひっくり返して、『中』を『外』にするように。ぐるりん、と”裏返った”。
人の形をした肉の塊が、ツツジの視界の中に飛び込んできた。赤い筈の体組織は変質し、粘性を帯びた黄緑色になっている。
『肉』はあっという間にUG―MASのコックピットを満たし、粘性のある『菌糸』を体から張り巡らしてマシンと一体化していった。
肉塊の表面がブクブクと泡立つ。その表面に無数の『瞼』がびっしりと現れ、ぎょろりと『目』を見開いた。
「きゃぁぁぁぁああああ!?」
あまりにも常軌を逸した光景に、ツツジは恐怖の悲鳴をあげた。
(変異体!?あ…あ…。攻撃しなきゃ…しな…きゃ…!)
目の前に現れたモノが変異体だとわかって、攻撃に転じようとした所、ツツジの心中に動揺と迷いが生じた。
――さっきまで人間だった。人間だったのに…!――
わずかコンマ秒の判断と、意思決定が遅れたばかりに、それが彼女にとって致命となった。
UG―MASの内部から、ジェネレーターの駆動音が聞こえた。
アクトゥスゥに支配されたUG―MASの右腕が動き、全長60cm大の掌。
つまりマニピュレーターに、ツツジは体を鷲づかみにされてしまった。
「あ、ぐぅっ…!」
呻き声をあげるツツジ。
小型UG―MASの指に力が入った。
対人用のダウンサイジングバ―ジョンと言えども、そのパワ―は侮れない。人一人、捻り殺すぐらいは造作もない力がある。
数トン強の握力に絞られ、<アクエリアス>が軋む音を上げた。
しかし、この程度『どうということはない』。
<アクエリアス>の素体となる肌密着型のス―ツはウェットス―ツのような質感がある。
体全身を包むス―ツは、7533枚の超高密度流動金属箔膜で形成された積層装甲の集合体である。その内部と表面は理論防壁によって保護されている。ほとんどの物理攻撃は、これでシャットアウト可能だ。斬撃・刺突・殴打・圧力・慣性・温度変化。力学に乗っ取った概念をことごとく防いでくれる。
――だが。
「あぐがぁぁあっ!!」
悲鳴をあげるツツジ。
<アクエリアス>の表面にスパ―クが迸った。
<アクエリアス>は、UG―MASを人間サイズに凝縮したバトルス―ツだ。
当然、UG―MASにも理論防壁を発生・展開させる機能が搭載されている。ならば、対UG―MAS戦を想定して、理論防壁を中和し、突破する機能も備えられていると考えるのが当然。つまり、UG―MASは<アクエリアス>に物理攻撃を通せるのだ。
こうなってしまえば<アクエリアス>はただの強力なバトルス―ツでしかない。
「あ…ぐ、が…。このっ…!」
体をもだえさせて抵抗するツツジ。が、無理。抜け出せない。
掴むマシンの掌に、一層の力がこもった。
「はぐぅっ…!が……ぁ…ぅ…」
凄まじい力に体が締め付けられ、意識が遠のいてきた。世界が、暗くなる。
(ここで…終わり?…そ…ん…。…父…さ。母さ…。ミ、み…り)
『全てが終わる』。
朦朧とする視界の中、そう認識し、ツツジは瞼を閉じようとした。
・・・その時。
がくっと体が揺れ、同時にUG―MASの右手首が、”崩れ落ちた”。切断された断面が、ざぁっと砂のように風化していく。
ごついマシンの手首に掴まれたまま、ツツジは床に落ち…ガコォン…と、ハンガ―エリアに金属音がけたたましく響き渡る。
落下の拍子に、マシンの手から開放されるツツジ。床に転がりこみ。
「あ・・・はぁ、はぁ・・・。ぅっ・・・!」
がほごほと咳き込んでから、ふと見上げたツツジの目に、緋色の<アクエリアス>が宙を舞う姿が映った。
切断されたUG―MASの手首から、無数の触手が凛へと伸びる。
凛は、宙を舞い飛びながら両手にリソ―ス・パニッシャ―を携え、迫り来る触手をざっくばらんになぎ払う。
思考。――標的への最短距離を算出――マシンのコックピットに颯爽と肉迫し。
「スキャン完了。<弾頭>装填」
凛は、コックピットのハッチに足を乗せ、かつて人だった変異体にリソ―ス・パニッシャーを突き立てようとして――――変異体である肉塊から、触手が伸びた。
触手は凛の首に絡み付き、彼女の喉元を締め付ける。<アクエリアス>ごしに、めりめりと首に食い込んでいく触手。
絞められた箇所が鬱血を起こし、凛の顔から血の気が引いていく――にも関わらず。
彼女は、顔色一つ変えず。『するべきことを行った』。
リソ―ス・パニッシャ―を振り上げ――。
赤黒い液体の飛沫が、コックピットから舞い散った。床に、ばしゃぁと液体が飛び散り、点々と赤い模様が作られる。
作品名:マジェスティック・ガールEp:1 まとめ 作家名:ミムロ コトナリ