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ミムロ コトナリ
ミムロ コトナリ
novelistID. 12426
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マジェスティック・ガールEp:1 まとめ

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6.



 巡洋艦の各部署を繋ぐ廊下や回廊は、単純簡潔な構造で、ごてごてとしたパイプ類や電子部品などは、全て床や壁に埋設されている。その造形と構造には、軍艦だてらにシンプルな美しさがあった。
 だが、インダストリアルな趣のある艦内構造は、今や『無茶苦茶』になっていた。
 壁や床のタイルは凄まじい膂力によって打ち叩かれた痕跡があり、へこみ、たわみ、折れ曲がり。ひしゃげ落ちたパネル板がそこかしこに散乱している。
 パネルが瓦解した内壁からは、電装系部品や配線が露出し、その姿を覗かせ、煙とスパ―クを発していた。
 クリーム色の金属板で形成された床や壁には所々、血糊がべっとりとこびりつき、筆で引き延ばしたような跡を作っている。床の色が、その赤色をより一層際立たせていた。
 他にも、携行火器の榴弾などによって創られた焦げ跡や、ライフルの弾痕といった戦闘の痕跡も点々と見受けられる。
 廊下と回廊には、ヒトだった物の残骸があちこちに横たわり…。
 それが、一切合切の『顛末』と『事情』を物語っていた。
 そんな地獄絵図の空間に響く、けたたましい足音。
 ――二つ、四つ…”八つ”!
 廊下を疾走する、緋色と瑠璃色の<アクエリアス>。
それを背後から追い立てるのは、異形の怪物。アクトゥスゥ変異体。
 ライオンや虎に似た外観を持つ変異体が、後ろ足を蹴り上げ宙を飛び、緋色の<アクエリアス>――凛に向かって強襲した。
 迎撃しようと構える凛。その左手に、背中に展開していた四本のデバイスの内、一本を握っていた。彼女が使用するデバイスは大型で、全長150cmと長く、5cmの厚みがある。長方形状のデバイスの下部は現在、上下に開いており、柄の形状を取っている。
 それが、<リソース・パニッシャー>と呼ばれるアサルトデバイスであり、EVB兵器としての性能も兼ねている近接兵装だった。
 前足に生えそろった爪のような構造物を凛に向かって打ち据えようとする変異体。
 凛は<リソ―ス・パニッシャ―>を掲げ、変異体の爪を受け止めた。
 金属質の摩擦音と火花が飛び散り。
 次の瞬間。
 変異体の爪が液状になって、ばしゃりと”崩れ落ちた”。勢いづいて<リソ―ス・パニッシャ―>に触れた前足も、ずぶずぶとその表面に溶けて沈
み込み、崩れ落ちていく。液状になった体組織は風化して塵となり、霧散していった。
 ――物質とは粒子の集まり。粒子とは『量子』。『量子』とは物質の最小単位。
 我々人間も、根っこは『量子』によって構成された『現象』である。
 『現象』とは『情報』。『情報』は『量子』(または素粒子)に置換出来る。
 『量子』は、空間に『0(無し)』と『1(有り)』の状態で漂っており、確率でその存在
位相が切り替わる。その切り替わりを、観測によって『1』の状態に固定し、物質として
定義づけて見ることができるのは感覚と認識という概念を持つ『生命』だけだ。
 この世界の生物は『1』の状態でしか存在できない。
 その理屈で行けば、『情報』を形成している『量子』の存在確率を『0』に固定すれば、概念レベルで物質を解体・消去することが出来る。
 『リソ―ス・パニッシャ―』とは文字通り、リソ―ス(情報)をパニッシュ(伐つ)する道
具(ツ―ル)。構造表面に展開された理論障壁で、『量子』の位相を『0』に書き換え、物質を概念レベルで『情報』を『破壊』する性能を持つ『解体工具』だった。…――
 前足の『情報』を失い、空中で体勢を崩す変異体。その場にずるりと床に崩れ落ち、仰向けに腹を晒して転がった。
 『情報』を破壊されて消失したはずの前足部分が、泡だち始めた。それは、再生の兆候。概念的に構造を破壊されたにも関わらず、復元しようとしている。
 失った体組織を無から創出しようとするアクトゥスゥ変異体の振る舞いは『神の出来損
ない』という通名のごとく、この世の物理法則を超越したものだった。
 身悶えし、体を起こそうとする変異体。
『バフォォォゥゥゥゥウ!』と唸り声をあげている。
 その形相に身の危険を感じ、瑠璃色の<アクエリアス>を身にまとったツツジが、
掌から電撃を放ち、その動きを封じた。
「ツツジ!<弾頭>の精錬は!?」
 叫ぶと同時に、凛はリソ―ス・パニッシャ―を逆手に持ち、眼下で悶えている変異体の胴に、思い切り突き立てた。
「はい!スキャン完了。<弾頭>転送します!」
「受信完了。装填。イグニッション!」
 変異体に突き立てたリソ―ス・パニッシャ―から青白い電光が迸り、体内に打ち込まれる。
 空間に、スパ―クの残滓がパリッと走り――撃滅!
 パシャァ!と、変異体が赤黒い液体と化し、爆ぜ飛んだ。
 光の粒子と化し消失していく変異体を、冷たい目で見据える凛。
「撃滅完了。周囲に変異体反応無し。オ―ルクリア」
 その声には、機械的で無機質な鉄の肌触りがあった。

 凛とツツジの二人が向かっていたのは、艦載兵器が安置されているハンガ―エリアだった。
 <スイレ―ン>には、少数ではあるが機動兵器が搭載されている。
 常備軍が運用する、対人用にあつらえられた六メ―トル大の人型を模した小型UG―MASがアクトゥスゥに接触され、浸食・支配されれば、より厄介なことになる。
 ヒューケインの指示により、二人はクル―の救出を兼ねつつ、目的地へと向かっていた。
 ハンガ―エリアを隔てる機会扉の前へと到達した二人。
 凛は、扉の横に背中を預けているツツジに対して頷いて見せた。無言で頷き、返答するツツジ。
 タイミングを合わせて扉を開き、二人は室内へと滑り込んだ。
 ――静寂。
 叩けばコ―ンと響くような静けさが、ハンガ―エリアを支配していた。
 照明は落ちており、赤い非常灯の明かりが室内を薄暗く照らしている。
 背中合わせに、互いをカバ―するように歩を進める二人。ゴクリと唾を飲み込むツツジの緊張が、凛の背中越しに伝わってきた。
 『静寂は全てを覆い隠す』。
 その中に溶け込もうと、自らも静寂をまとい同化すれば、自身もその一部になれる。
 静けさの中に、ただならぬ驚異が隠れているという警戒を怠らないよう、二人はハンガーエリアの奥へ、奥へと歩を進めた。

     ◆    

 ツツジは震えていた。
 『汚染災害処理』に参加するのはこれが初めてという訳では無かったが、<ミストルティン>指揮の下、大規模な作戦に参加するのは今回が初めてだった。
 ただし、緊張の理由は”それではない”。
 巡洋艦の内部という、密閉空間での戦闘状況が、彼女に緊迫をもたらしていた。
 宇宙空間での戦闘は何度か体験していたが、建造物内での戦闘は勝手が違う。
 宇宙にも全方位から敵が襲いかかってくるという恐怖はあるが、複雑に構造物と障害物 が入り乱れる室内では、どこから敵が襲い掛かってくるかもわからない。
 一瞬の判断ミスと状況認識の甘さが死に繋がる。
 それが、疑心暗鬼の見えない敵となって…。
 つまり、『恐怖』として心に襲いかかってくる。
 それこそが、ツツジに緊張をもたらしているモノの正体だった。
 エリアの角の突き当たりがほんのりと見えてきた所、コツンと音が聞こえた。それは金属の床を踏みならすブ―ツの音。