マジェスティック・ガールEp:1 まとめ
5.
あくる日のこと。その日は、月に一度叔父ユリウスからの手紙が来る日だった。
郵便物の類は、集配係りの職員が直接部屋に届けに来てくれることになっている。
ところが。
「え?無くした」
「いやぁ―、本当に申し訳ない」
集配係のおじさんは、両の掌を合わせて謝り倒した。
「事務室から持ち出した時には全部あるの確認したんだけどなぁ。おかしいなぁ―、どこで無くしたんだか…」
「心当たりなどはありませんか?」
「そうだなぁ――」
ミミリは、手紙を探しに教育棟の舎内を歩きまわっていた。叔父から送られてくる手紙の封筒は決まって青い。すぐにわかりそうなものだった。
おじさんが言うに、二つの教育棟を隔てる中庭で一回、郵便物が入ったバックを降ろした時に、生徒に話しかけられたという。バックから目を離したのはそれ一回こっきり。
その時が怪しいとのことだった。
中庭の中央には噴水広場があり、そこを中心にして円放射状に植え込みと花壇が広がっている。ミミリは中庭の隅から隅まであちこち探して回ったが、手紙は見つからなかった。
諦めて寮に引き返そうとしたその時、背後から声が掛った。
「ねぇ、もしかして。探してるのってこれ?」
ミミリは声の方向に振り返った。そこにいたのは、姿形もそっくりな群青色の髪を持つ長身の男女の双子だった。
彼らは、四期生のデルフィニウム『姉弟』。姉がジェニ―。弟の方がジェイミ―。
マジェスターの中でも特に珍しい、ニ卵性の双子だ。確か、デルフィニウム属の能力は――
「この手紙じゃないのかな?ミミリ・N・フリ―ジアさん」
ジェイミ―は、右手に青い封筒を持ってヒラヒラさせて言う。彼は、ミミリに向かって
手紙を受け渡す仕草を見せた。
「あ、そうです。見つけてくださったんですか、ありがとうございま…」
ミミリが、ジェイミ―が手に持った手紙を受け取ろうとして。
ひょい。と、ジェイミ―は封筒を持った手を高く上げた。
「おやおや、ちょっと待ってよ。誰も返すとは言ってないだろう」
「ふふふふ」
悪戯っぽく言うジェイミ―を、ジェニ―はその後ろからクスクスとほくそ笑んで見ている。
「ちょっと、意地悪しないで下さい。お願いします」
ミミリは、ぴょんぴょんと飛び跳ねて手紙を取り戻そうと躍起になった。が、さすがに、自分より背の高いジェイミ―に手を高く上げられては届かない。
「はははは。やだよ―、ほら」
ぴっと、手首にスナップを効かせジェイミーは姉ジェニ―に向かって手紙を放り投げる。
「ナイスシュ―ト。ほらほら、こっちよ。おチビさん」
手紙をキャッチして、ジェニーが軽やかに小走りした。
「やだっ!ちょっと待ってください。待って!」
双子達は、ミミリが困る姿を見て面白がっていた。この二人は、意地悪な悪戯をして、相手のリアクションを見て楽しむタイプの悪ガキどもだった。
デルフィニウム属の能力は、透視・暗視・遠視。『視る力』に特化している。
彼らはその能力を使い、この中庭で集配係のおじさんがカバンを置いた隙を狙い、ミミリ宛の手紙をくすね盗っていたのだ。悪意ある悪戯目的のためだけに。
とうとうミミリが、困り果てて顔をしわくちゃにし、泣き顔を浮かべた時である。
「おやめなさい」
鈴の音のように響いて、それでいて静かで冷たい少女の声が聞こえた。
三人の悶着に割って入ってきたのは、水色髪のボブショートヘアの少女だった。
「”冷酷無残”とはこのことね。よってたかって、つまらない意地悪をして」
闖入者の横やりに、弱い者いじめの快楽に浸っていた双子の顔が不愉快に歪んだ。
「なんだよ、アンタ。関係ないだろ」
「そうよ。なにかしら?私たちは遊んでいただけよ」
水色髪の少女は、氷の彫像然とした無表情で、ミミリを一瞥した。
「”温厚篤実”なあの子の顔は、そうは言っていないようだけれど」
「な…なんだよ。そんなのアンタの決めつけだろう」
「…そう。じゃぁ、遊びだと言うのなら、その手紙。返してあげても問題はないわよね」
淡々と言う少女だったが、発する言葉には氷のような冷たさと言い知れえぬ迫力があった。
「ぐ…。ちっ、わかったよ。姉さん、返してあげてよ」
「ふん…!ほら、受け取りなさい」
吐き捨てるように言って、ジェニ―はミミリにどんと手紙を押し付けた。
「あ―あ、つまんないの。行こう、姉さん」
微塵も悪びれた様子を見せず、双子はこの場から去っていった。
「すいません。ありがとうございました。深冬”班長”」
ミミリは、少女に礼を述べた。
「いいえ、気にしないで。同じル―ムメイトのよしみよ」
少女は、ミミリの部屋の班長を務める六期生、舘葵深冬だった。
ふぅと、深冬はため息をつく。
「貴方もあなたよ。あんな奴らにいいようにされて、悔しくないの?」
呆れてそう言う深冬だが、その表情は氷のように冷ややかで涼しい。
「え?」
「やり返してもいいのよ。『直接的な手段』で。その方が”暗愚魯鈍”な彼らにとっては寧ろ”ため”になるわ。いくらマジェスターが優秀で、精神年齢が見た目より高いと言えども、所詮はまだ子供なんだもの。痛い目に遭った方が学ぶというものよ」
つまり深冬は、殴って痛めつけて『教訓』を施してやれと言っているのだった。
ミミリは、深冬が誇り高い人間であることを知っている。彼女は誰よりも、マジェスターとしてあることの意味と、矜持を理解していた。人々を守るため、強く、誇り高く、高尚であるべきだと。それ以外の粗雑で下卑た振る舞いをする輩は、深冬にとってはたいへん度しがたく許せないものであると言うことも。
だからこそ深冬は、あの双子の行いを許せず、ミミリを助けてくれたのだろう。
「はい…。それは、わかります。でも…」
でも、ミミリはあまりにも優しすぎた。人に対し、暴力を振るうなど、今までしたこともなかったし、やる気も起きなかった。
痛いことは嫌だと、人一倍理解していたから。
失うことを通して、痛さを誰よりも理解していたから。
「”雲中白鶴”であるのね貴方は。なら、優しさを忘れず、誇りと気高さを失わないで。そうすれば、あなたは立派なマジェスターになれるわ」
相も変わらず冷たい表情で、氷のように冷えた口調の深冬だったが、その言葉には『温かさ』があった。
作品名:マジェスティック・ガールEp:1 まとめ 作家名:ミムロ コトナリ