マジェスティック・ガールEp:1 まとめ
4.
ミミリの人生は、両親を失ったあの日から下り調子だった。あの時が幸福の絶頂期だとしたら、今は転落の最中と言ってもいい。それも鋭い斜面を滑るほど、急転直下の。
そのせいなのか、ミミリの周囲にはトラブルが頻発するようになっていた。しかも、極稀にしか発生しないようなイレギュラーが頻繁に。自身もその被害者だったが、周囲の人間はそうは思わなかった。
『ミミリ・N・フリ―ジアがいると、決まってケチがつく』そう思いはじめたのだ。
運命の顛末や、自身に振りかかる不幸の原因を他者に転嫁したがる人間はどこにでもいる。間違いを認められない、謙虚さを欠いた人間が。
そんなミミリが、そうした卑しい一部の同期生や高学年の生徒達から目をつけられるのに、そう時間はかからなかった。
ガーデン808に来て初めて迎えた夏のある日。寮舎の裏でミミリは、壁を背に、二人の五期生に囲まれていた。問答無用で力任せに連れて来られたのだ。この時点で、服はもうよれよれになっていた。
ミミリは、よれてしわくちゃになった私服を整えながら、恐怖の面持ちで二人の話を聞いてる。
「ねぇ、アンタのせいでその前の集団連携模擬試験。さんざんだったのよ」
「ほんとだよ全く。お前がいると、何故か上手くいかないんだよなぁ。
なぁよぉ―。どういう事なんだよ、説明してくれよ?」
完全な言いがかりだった。最初に文句をつけた赤毛の女子生徒は、自分の整備ミスで
ライフルが動作不良を起こして、その隙にペイント弾を叩き込まれ相手の餌食になった。
次に文句をつけた黒髪の男子生徒は、練習用のグレネ―ドを投げようとして、ピンが指にひっかかりすっぽ抜け自爆。死亡判定を押され減点された。
ミミリは、凄まれたことで怯えきり、すっかり萎縮していた。声を出そうにも、ごにょごにょと言い淀んでしまう。
「あ…あのぅ、その…」
「あぁん!?何言ってるかわからねぇよ!ハッキリ言えよ、おぉい?」
黒髪の少年が、いらついた様子で、ミミリの頭越しに掌を叩きつけた。
「ひっ!」
怖い。
怖いが、謂れの無い事で汚名を被せられるのは御免だ。
ミミリは、ほんの少しだけ勇気を出して弁解してみた。
「ひぅっ…!だって、その…私がやった…わけでは」
「そうだよ」
「え?」
意外だった。口答えしたことで、更に凄まれるのではないかと思っていたからだ。
が、事態が好転するわけもなく。
「そのとおりさ、”お前のせいじゃない”。”お前がいるせいなんだよ”。なにもかも、ケチがつくのもさぁ―。お前がいる所に限って、妙なとばっちりを受けるんだよ。いつも、いつも、いつもさぁ―。普段は完璧な俺がさ。こりゃ一体どういう事なんだ?」
「そんな…しりません…。そんなの」
「まぁ―、別にどっちだっていいんだよ。これは、『儀式』さ。俺たちの憂さを晴らす、ね」
「それって…どういう?」
嫌な予感がした。
「俺達は君をいたぶる役。君はいたぶられる役。そう言う『儀式』。わかる?オ―ライ?」
「だから、ここに来てもらったの。だれの目にも入らない、届かない。離れた場所で、ね」
くつくつと笑う、赤髪の少女。
「大丈夫。ちゃぁんと、目立たない所に”刻んで”あげるからさぁ」
「そうそう。ちょっとした『印』を刻むだけ。背中とか、お腹とかにね。アンタは私らのオモチャだっていう『印』をねぇ〜」
そう言って、二人は懐からサバイバルナイフを取り出した。
ミミリの顔から、血の気が引いていく。
――あの鋭いナイフの切っ先を使って、彼らは自分の体に傷をつけると言っている。
いやだ…冗談じゃない。
いやだいやだ!怖い怖いやめて!やめて!!――
黒髪が丸く目を見開き、ナイフの腹でミミリの頬をぺしぺしと叩く。
「じゃぁ、はじめよっか。はじめるね。ね、いいよね。いいよね?い・い・よ・ね!?」
その言い回しに、どこかしら狂気じみた物を感じた。それが、更に恐怖を煽り立てる。
赤毛がミミリの上着をたくし上げ、背後から羽交い締めにした。
「いやぁっーーーー!」
「騒ぐんじゃないよ!おとなしくしな!!」
最早、無理。駄目。逃げることなど出来はしない。
ナイフの切っ先が、ミミリのむき出しになった柔らかな肌に迫る。
「ひぃっ…。いや…やぁ…やだぁ…ゆるひて…ゆりゅひてぇ…」
こうなってしまっては、ミミリに出来ることは涙を流し、恐怖に怯え、懇願し、全てが終わるのを待つことだけ。
その時だった。
横から飛んできたのは――
「うらぁ――――!」
「ごぇふぅッ!?」
見事な飛び蹴りが、黒髪の横っ面に刺さった。ごろごろと地面に転がる黒髪の少年。。
――ナズナだった。
「ミミリに何してんのよ、アンタ達ッ!!」
「ナ…ナズナ・Z・スイ―トピ―!?」
赤毛が、驚いた表情で狼狽える。
「アンタ達。これ以上この子に何かしようってんなら、ただじゃぁおかないわ。私の格闘技術の高さはご存知よね。嫌って言うほど、格技の時間で教え込んだ筈だけど?」
自身が言う通り、ナズナは格闘術のプロフェッショナルだった。彼女は、今は亡き武術の師範であった両親に幼い頃から手ほどきを受け、みっちりと技術を叩き込まれ、その技を受け継いでいた。彼女は、生粋の武術家だった。
寮舎の陰から、ぞろぞろとナズナの友人たちがやってきた。
それを見て、形勢不利と見たのか。
「く…!ちくしょう」
「あんた、覚えてなさいよ…」
「覚えちゃいないわよ、こっちは。早く失せなさい」
二人は捨て台詞を吐き、すごすごと退散して行ったのであった。
「大丈夫、ミミリ?」
「は…はい。すいません。あ…ありがとうございます」
安堵感に包まれ、ミミリは腰砕けになって、へなへなとその場にへたりこんでしまった。
こうした事は一度や二度ではなかった。何度、ナズナや、その友人達に助けられたことか。
ミミリは、その度に彼らに感謝したが、決まってその後はとても惨めな気分になった。
――いつも守られてばっかり。自分はなんて弱くて、意気地無しなんだろう。
目に見える暴力ならまだ良かった。
ミミリに悪意を持って接してこようとする連中の手管は、直接的なものから、陰湿なものへとシフトチェンジしていった。体を痛めつけるよりも、精神を傷めつける事のほうが効率的だと、彼らは本能的に理解していたのだ。
作品名:マジェスティック・ガールEp:1 まとめ 作家名:ミムロ コトナリ