邪剣伝説
(――――身勝手すぎだな)
手を差し伸べたのはモミジの意思。そして、手を振り払うのもモミジの意思。これが、勝手と言わずに何だと言うのだ。それでも、せめて彼女が幸せになる世界を望みたい。
――――だが、この時はまだ知らなかった、知る由も無かった。
思考に沈んでいたモミジの耳に、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。どうやら、正式な辞令を持った騎士が来たのだろう。
リィンと揃って扉の方を向けば、入ってきたのは男性一人と女性一人だ。男性の方は見知った中級の騎士だ。モミジ達が下級騎士だった時――つまり数日前まで、モミジ達直接指示を出していた人物。取り止めて変わった所の無い中年男性で、文官として中級の位についている。
女性の方はあまり見なれなかった。目を引くのは炎の様に赤い、腰まで伸びる紅の髪と、腰に差している鞘入りの長刀だ。驚くのは、モミジ達とさほど変わらないか少し歳上であろうに、制服の左胸部に付けられている階級章は、彼女を上級騎士である事を表していた。
「やぁ、待たせたね」
中級騎士はモミジ達の傍を横切ると、室内奥の執務机に腰を下ろした。上級騎士の女性はその机の傍に直立で構えた。
「二人とも揃っているね。では早速、辞令を下そう」
中級騎士はやや真剣身を帯びた表情で言った。
「コクエモミジ」
「はいッ」
「リィン・ガナード」
「はいっ」
名を呼ばれた二人は姿勢を正し、返事と共に手を上げて敬礼する。
「これより、以下両名を下級騎士より昇格し、中級騎士に任命します。以後はその地位に恥じぬよう、女神の教え元、任務に当たる事を望みます。よろしいですね」
「「女神の教えの元、力の限りに尽くす事をここに宣誓します!」」
この一連の流れは、下級騎士となった時と同じだ。封印騎士団の背景である女神教の教えに従い、武器を手に取り戦い抜く事を宣言させられる。
少しして、中級騎士の表情から硬さが抜けた。それを合図に、モミジ達は敬礼していた手を下げた。
「さて、晴れて中級騎士になった君達にはこれ以降、私の指揮下から外れてもらいます」
モミジとリィンは、揃って顔を見合わせた。いきなりの発言だったからだ。まさか、早一年足らずで中級騎士になった新人をやっかんだのか? それほど心の狭い我らが上司では無かったはずだ。
「勘違いしないでください。別に貴方達を厄介に思ったからではありません」
モミジ達の様子から何を思ったのか読みとったのだろう。否定する言葉が出た。
「ただ、あなた達の様な優秀な人材を、私の様な万年中級騎士の元で働かせるのは非常に惜しいと思いましてね。上に掛け合って、上級騎士の元で経験を積ませたいと進言したわけです」
「そこから先は私が説明します」
中級騎士の言葉を受け取ったのは、上級騎士の女性。
「私の名はレアル・アルヴァス。見ての通り上級騎士だ。中級騎士となった君たちのこれからの上司であり、教官の役割も果たす。よろしく頼む」
これが、モミジとレアルの対面。
――――リィンと同じく、モミジが心の底から幸せを願う事になる、二人目だった。
第二章 再会と逃亡と
――――落ち着け、まだぶつかり合うとは決まっていない。
自分に言い聞かせ、モミジは胸の奥に溜まったタールの様な感情に蓋をした。ここで下手に動揺して気付かれでもしたら、手間が一つも二つも増える。表面だけでも冷静になる必要がある。
主観を省き、客観的にこの状況におけるこちらの優位性を把握する。
(考え方をかえりゃ、注意人物の顔を三つ拝めた。こいつはデカイ)
レアルとリィンの姿を確認できたのは、感情論を抜きにすれば幸いだ。
聖騎士と思わしき青年もそうだろうが、あの二人の実力は、モミジが知る騎士達の中でもかなり上位に食い込む。リィンはまだ粗削りな所はあるが、いずれは上級騎士へとなりうる才能を持つし、レアルはあの若さで上級騎士になり得た実力の持ち主。この二人を同時に相手するとなると、いかなモミジでもかなり手間取ることだろう。
だが、この時点で顔を知ることが出来た。つまりは対策を講じる事が出来る。いかにあの三人に接触しないか。接触してしまった時にどう動けばいいか。予め筋を書いておけば、咄嗟の場合にも対処しやすい。特に顔を知るあの二人とは、騎士団に所属していた頃に実際に組んでいたのだ。あれから三ヶ月経てども、戦い方はそう変わらない筈だ。ある意味では、他のどの相手よりも与しやすい相手と言えよう。
(とりあえず、仕入れるだけ情報を仕入れなきゃ話にならないな)
モミジは気配のセンサーに最大限の注意を払い、手元のナイフに耳を傾けた。
『初めまして、アズハスと申します。見ての通りの聖騎士です。以後よろしく』
アズハすと名乗った青年聖騎士は、現場を指揮する中級騎士に握手を求めた。礼儀正しい突然の来訪者に、とりあえず中級の騎士は手を握り返した。
『遠いところからわざわざ。で、今日は何用で?』
部下から聞いていたであろうに、指揮官の男はあえてそんな事を尋ねる。試しているつもりなのだろうか。
『いえ、なに。支部の方で何かと騒がしかったので聞いてみて、今回の事件を知りまして。皆さんの手助けが出来ればと思い参上したのですが……お邪魔でしたか?』
『……ありがたいお言葉です』
ありがとうって顔じゃねぇなとモミジが言いたくなるくらい、中級騎士の顔は渋い色が濃かった。あそこまで礼儀正しく言われると何も言い返せないだろう。
『そちらのお二人は?』
若い方の中級騎士が、アズハスの二人に眼を向けた。レアルの方は落ち着いた方だが、リィンはピクリと肩を震わせた。少々人見知りが激しいのは変わらない。
『アルヴァス上級騎士とガナード中級騎士です。私の任務に同行してもらっています』
『任務、とは?』
『失礼ですがそれは言えません。特務ですので』
『いえ、こちらこそ出過ぎた発言でした。忘れてください』
『気にしていません。それよりも、捜査の話をしましょうか。実の所、事の詳細は殆ど知らない物でして』
『は、はい。分かりました』
そこから先は、聖騎士達が到着する前に語られた会話と同じ内容だった。一応、モミジも改めて聞き直すが、新しい事実が出てくるような事は無かった。
『なるほどなるほど。この四件の事件で共通している点は二つ。被害者のどれもが上級騎士であり、そのどれもが躰の一部を消失している、と』
『はい、その通りです。こうして現場指揮になって十数年ですが、こんな事件初めてでして。いっこうに捜査が進まないんです』
『ほほぅ。確かに、私もこのような事件、聞き及んだ事は無いですね』
アズハスはそこから考え込むように顎に手を当てた。彼なりに、事件を整理しているのか。どうでもいいが、顎に手を当てる仕草は無駄に絵になっている。イケメンとは、何をやっても様になるのか、と無駄に嫉妬してしまいそうだ。
『そういえば、あなたも知っていますか?』
顎に手を当てたまま、アズハスが中級騎士を見やった。
『最近、騎士団の裏切りモノが女神教の関連施設を襲撃している事を』
――――いきなり何を言いやがりますか、今は全く関係ないだろそれ。
と、襲撃者本人は突っ込みを入れたくなった。