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邪剣伝説

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モミジは元同僚の、女性騎士二人の様子を伺う。リィンは顔を伏せ、表情をうかがう事は出来ない。レアルは表情にこそ変化はなかったが、左腰に差す刀の鞘に添えられる手に、きつく力が入るのが見て取れた。
舌打ちするのをグッと堪えて、次なる聖騎士の言葉を舞った。
『それはもちろんです。全く、許しがたい裏切りモノです。ですが、それが何か?』
『いえ、別に。ただ、彼ならば可能なのでは? と思っただけです』
『可能、とは?』
 聞き返す中級騎士。
(オイオイまさか……)
聖騎士の言わんとする事をすぐさま察知したモミジは、それが勘違いである事を心の底から願った。だが。
『女神教関連の施設を五つも壊滅に追いやった彼なら、例え上級騎士が相手でも犯行が可能だったのでは、と言う意味です』
(やっぱりかあの野郎ッ)
 第一印象が良いイケメンに良い奴はいない――モミジは心の中にそう深く刻み込んだ。
 事件の捜査が行き詰っていた理由の一つは、被害者の死因が他殺であるかそうでないかの特定が出来なかった事。上級騎士が四人とも誰かに殺されるとは考えにくかったからだ。
 だがここで、一つの例外が生まれてしまった。
(確かに、俺なら並みの上級位、片手間で潰せるけどよ)
 明らかな事だが。モミジにはこの犯行は不可能だ。モミジがこの都市に到着したのは半日ほど前。一番最近の被害者だって三日前に死んでいたのだ。それ以前の者をどうやって手に掛けろと言うのだ。
 だが、事件を捜査している騎士達にとっては違う。
 何せ、そもそも彼らはモミジがどこにいるか知らないのだから。別の言い方をすれば、モミジがこの都市にいなかった、と言う可能性を否定できないのだ。
『な、なるほど。確かにあの反逆者なら、上級騎士が相手でも犯行が可能です。襲撃された女神教関連施設にも、少なからずの上級騎士が駐在していた筈なのですから』
『そうかっ。上級騎士が数人がかりでも敵わないのなら、相手一人ならば手に掛ける事は簡単、と言う事かッ! これなら説明が付く!』
 つかねぇよ! と大声で叫んでしまいたい。
 聖騎士の出した可能性の示唆は、モミジにとって悪いベクトルを生んでしまった。
(何を考えてやがるんだ、あのイケメン聖騎士)
 怒りはあるが、それ以上の疑問の眼差しを聖騎士に向ける。
『あ、あの……。少しよろしいでしょうか』
 興奮する中級騎士二人に対して挙手をしたのは、同じ階級であるリィン。この場に来てから最初の発言だ。熱くなっていた捜査官は我に返り、小さく咳ばらいをした。
『んッ、んん…………何だね』
『えッとですね。確かに反逆者はこれまでに幾つもの女神教関連施設を破壊しています。実際に怪我をした騎士は数えきれませんし、少なからず一般人にも被害が出ています。ですけど、不思議な事に。死者を出したケースは一度も無いんです』
『なに? それは本当の事か?』
 初耳だったのか、再確認する捜査官。
『は、はい。間違いありません。驚く事に、現場に復帰できない程に負傷した騎士もいません。全員が、最低二ヶ月以内に現場復帰できる具体の怪我なんです。施設の損害は凄いんですけど、人的被害は殆どないんです』
『それが今回の事件にどう関係するんだ?』
『で、ですから。言い方は変ですけど、大量破壊を平気でやってのけるくせに、死者は一人も出さない。そんな人間が、本当に人数を絞って殺人などするのでしょうか』
 大量虐殺が出来る程の能力を持ちながら、どうして四人の上級騎士を一人ずつ殺して回ったのか。彼女はつまり、こう言いたいのだ。
『も、もちろん。反逆者が今回の犯人ではない、と決めつけるのは早計です。反逆者の過去の犯行で死者が出なかったのが、そもそも偶然なのかもしれません。ですけど、今の段階では可能性の一つ、という域を超えて捜査をしてはいけないと思うんです。第一、大前提として、彼がこの都市を訪れているかどうかすら不明ですから』
『な、なるほど。君の意見は最もだ。安易に反逆者を今回の事件の犯人と特定するにはさす時期尚早か。さすがはその歳で中級騎士になっただけの事はある。優秀だな』
『い、いえ。私はそんな…………』
 素直に意見が取り入れられるとは思っていなかったのか、リィンは恥かしそうに縮こまってしまった。
『恐縮する事はないよ』
 リィンの見解を誉める聖騎士。
『確かに、僕の不必要な発言で捜査を混乱させてしまっては困る。そういった反対意見はどんな時でも必要だ』
『あ、ありがとうございます、アズハスさん』
『そうだね……この際だからアルヴァス君の意見も聞いておこうかな』
 名を呼ばれたにも拘らず、レアルは反応を見せない。忙しなく周囲に視線を巡らせている。まるで何かを探しているかのような仕草だ。
『…………………』
『どうかしたのかい?』
『――――見られているな』
ぽつりとつぶやかれた一言に、その場にいた全員がはて、と首を傾げた。
唯一、その場を屋根の上から覗いていた者だけが、彼女の言葉の意味を悟っていた。
「やっべぇ…………ッ!」
 モミジが慌てて行動を起こすよりも早く。
レアルの眼は路面に突き刺さったナイフを捉えていた。
 もしかすれば、付近の地面を見ただけなのかもしれない。親指程の大きさしかないナイフだ。間近でなければ見落とすことだってあり得る。だが、直前に彼女が零した言葉と、何よりナイフ(それ)を視界内に捉えた瞬間、眼の色が変わった事に、モミジは確信した。
――――気付かれたッ!
ザンッ!
「ずあぁッぶねぇ!」
 モミジが屋根上の一角から飛び退くとの、屋根上の一角が本体から分離した。辛うじて背けた天を仰ぐように背けた顔の鼻先をかすめる様に『斬撃』が通り過ぎていく。
 避ける寸前に瞳が写していたのは、眼下のレアルが抜刀の構えを完了した映像だった。そしてその後に彼が避けるまでの時間は十分の一数秒前後。逆算すると、構えから抜刀までの間が十分の一秒と計算できる。
 ――――なんつー居合抜きだッ!
 レンガ造りの屋根から離れた角は下の路地に墜落し、音を立てて粉砕した。欠けた屋根の切り口を見ると、恐ろしいほどに滑らか。粉砕されたが、分離した一部分とこの大本の切り口を接着剤で止めてもおそらく不自然が無いだろう程だ。
「冗談じゃねぇ。人間に向けて良い『技』じゃねぇっつの!」
 避けるのが少しでも遅ければ、モミジの頭部の大部分は胴体との連結を解かれていたに違いない。
『レ、レアルさんッ』
 ナイフからの声が、離れた場所から届いた。避けた際に取り落してしまったのか。リィンの声だ。かなり驚きを見せている。この際、短剣を拾い直す意味はないし、暇も無い。   
一刻も早くこの場を離れなければッ。
『ガナード。一つ訂正しておこうか』
『は、はい?』
『――――奴はここにいるぞ』
 タンっと、短く地を蹴る音。誰の者かは、そしてどこに向かって飛んだのかは、想像に難くない。
トンっと、着地の音。
人の影が下から姿を現した。前後左右の屋根から飛び移ってきたのではない。路面から屋根上のこの場所まで、軽く見積もっても八メートル以上はある。
彼女はそこまでの高さを、一足で飛び越えてきたのだ。
作品名:邪剣伝説 作家名:Aya kei