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邪剣伝説

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『ハッ、報告します。騎士団本部より来訪していました『聖騎士』と他二名が捜査に加わりたいとの事ですッ』
 聖騎士――上級騎士よりも更に上に存在する、騎士の最上階級。その地位は、女神教の中でも相当に高く、当て嵌めるなら司祭にも匹敵する。辺境に来るには流石に身分が物々し過ぎる。
「…………おいおい、なんでんなもんが来るんだよ」
 モミジと同じ気持ちだったのか、指揮官の中級騎士は大きく狼狽した。
『ほ、本部から聖騎士だとッ!? そんなのが来ていたなどと言う話、私は聞いてないぞッ。何時来ていたんだ』
『捜査隊が出張ってから一時間ほど後に到着したばかりの様でして』
『それがどうしてこんな辺境都市などに来るんだッ』
 俺も聞きてぇよ、と屋根上の者も心の中で問いかける。
フィアースは規模こそ大きいが、上には上がある。
ここから遥か東にある都『アインナート』は、面積だけでもこの都市の三倍近くはある。封印騎士団の本部はそのアインナートにある。騎士団本部には確かに『最速の移動手段』があるにせよ、聖騎士がわざわざ出張って遠く離れたフィアースに来る理由など見当もつかない。
(いや、まてよ?)
 もしかしたら。
もしかしたらあるかもしれない。
司祭にも匹敵する地位者が、わざわざ辺境の都市に出て来る理由が。
聖騎士でなければ成せない、特別な何かが。
ともかく、今は下の話に集中だ。
『わ、私に聞かれても困ります。当方は極秘任務だ、との事です』
『その極秘任務中の聖騎士が何故我々の捜査に横やりを入れるのだッ』
『で、ですから私に聞かれても困ります。ただ捜査に参加させてほしい、と』
 この遣り取り、見てモミジは『ケイシチョウの強引さにショカツが憤慨してる、って場面だな』と素直な感想を主浮かべた。
『まぁまぁ、落ち着いてください。彼に当たってもしょうがないでしょう。彼は役に従って事実を報告しているだけなのですから』
 青年の中級騎士が、ヒートアップする中年の騎士を嗜める。
『良いじゃないですか。正直なところ、我々だけでは事の仔細を明らかに出来ていない。ここは一つ、聖騎士様方の意見も参考にするのもいいのでは?』
『――そうだな。お前の言う事も最もだ。新しい意見が出たら、そこを軸に隠されていた事実が見つかるかも知れん』
 中年の騎士は、昔堅気でプライドだけの男では無い様だ。乗り気ではない物の、青年騎士の言い分を理解し、柔軟な思考で必要だと判断した。
『聖騎士達はもう来ているのか?』
『路地の入口で待機してもらっています』
『よしわかった。連れて来い』
『了解しましたッ』
 若い騎士は敬礼をすると、急いで来た道を戻って行った。
「はてさて、どうすっかな」
 モミジはここで少しばかり判断に迷う。
 今から来るのは中級などとは格が違う聖騎士だ。気配は消しているが、屋根上に身を潜めているモミジの存在に勘づくかもしれない。
しかし、ここを離れてしまえば耳元のナイフの効果が及ぶ範囲から出てしまう。このサイズではこの距離が限界なのだ。もう少し大きく『創れ』ば範囲を広げられるかもしれないが、そうなると今度は誰かに発見される可能性もある。
 あまり考えている時間は無い。モミジは即座に決めた。
「多少のリスクは渡ってこそだな」
 この先に展開するだろう会話で、モミジの求める情報が得られるだろう。ならば、このリスクは負うべきものだ。それに、本部から来たという聖騎士の顔にも興味がある。万が一に出くわした場合、相手の顔も知らないでは反応が遅れる可能性もある。
 モミジは気配を消す事に更に意識を傾け、呼吸すら止める様にして聖騎士達が来るのを待った。
 ほどなく、再び若い騎士が現れる。その背後には、三人の人影が続いていた。男一人に女が二人。
 明らかに、他の騎士とは別物の、白を強調とした制服を纏う先頭の男が聖騎士だろう。見た目だけでいえばモミジよりも幾分か年上。男の眼から見ても非常に整った顔立ちで、柔らかな微笑だ。特別なデザインの制服同じ白の外套が、まるで貴族の様な風貌にさせている。
(なんつーか、優等生ってのを絵に描いた様な輩だな)
腰にはオーソドックスの両刃剣(ブロードソード)が鞘入りに差しこまれている。柄の部分には簡素ながら煌びやかな装飾が成されている。
(この距離だと、あれが《魔導器》とは判断しにくいな。外套を着てるのは、まぁ手札を隠すための常とう手段だろう)
 しばらく観察を続けるが、この時点では結局、『優等生風イケメン』との評価しか下せなかった。実力までは分からない。
(まァいいや。で、後ろの二人は――――――――――――…………)
 思考が停止する。
空いた口がふさがらない。
眼が飛び出るほどに大きく見開いた。
時が止まった止まったかのような錯覚に陥る。
…………それほどまでに、モミジは凄まじい程に驚愕していた。
「ちょッ――――ッ」
喉元まで出かかった絶叫を、手で口を押さえてどうにか堪える。
(ちょまッ、えぇええええええええええッッッッッッッ―――――――!?)
 それだけには飽き足らず、屋根の端から顔を引っ込め、下から完全に死角になった所で、頭を抱えて声無く唸った。気配を殺しながらも更に悲鳴を耐えるのは想像を絶する意識力を要した。
 ――――あまりにも予想外。あまりにも想定外だ。
 心の中で約一分ほど絶叫を繰り返したモミジは、声を無理やり押し殺したお陰で痛む喉に手を当てながら、再度屋根の端から顔を出す。
 …………見間違いでは無かった。
聖騎士と思わしき男の背後に続く二人。
騎士団の制服と似た色彩である青と白の外套を纏っており、外観の全てを把握する事は出来ない。だが、各々が携えている武具――《魔導器》が、両者の正体をモミジに嫌でも知らせる。
 色艶やかな紅髪を腰の高さまで延ばす彼女が腰に携えるのは、《斬風・空牙》。
 片や、自身の身長にも匹敵する大きさを誇る長銃《撃衝・カラドボルグ》を背負う少女。
 気配を殺す事さえ忘れてしまう程に、モミジは動揺していた。
「くそっ、いずれ当たるにしても早すぎだっつの」
 思わず口に出して毒づく。
リィン・ガナードと言う名の、長銃を背負う少女。。
 モミジとは十年来の親友であり、同時期に封印騎士団へと入団した幼馴染。
 紅髪を持つ彼女の名はレアル・アルヴェル
 封印騎士団に所属していた頃、モミジの上官を務めた人物。
 モミジが騎士団時代に最も交流が深く、そして最も深く裏切ったであろう二人であった。
 ――――ミシリッ。
 彼女達の顔を認識した途端、胸の奥が実際に音を立てる程に軋みを上げた。


 間章――五カ月と少し前
  
世界的な宗教団体《女神教》を後ろ盾に発足した《封印騎士団》。古に悪しき邪神を打ち滅ぼした女神を崇拝し、人類の天敵――《災厄種(カラミティ)》に対抗する為に発足した武装機関。
「明らかに早すぎると思うんだがなぁ、俺ァ」
 封印騎士団第七支部に所属する下級騎士コクエモミジは、待つように命令された中級騎士の執務室で、隣の相方に語りかけた。
「そうかな。私とモミジ君の功績が、正当に評価されたからだと思うけど」
作品名:邪剣伝説 作家名:Aya kei