邪剣伝説
(――実際に眼で見てみなきゃ確信を持てないが、おそらくは)
これだけ大きい都市だ。情報収集には時間が掛ると思っていたが、ここにきて渡りに船。到着早々、予想以上に『確信』が持てそうだ。
――――ただし、そのお陰で心が躍るとかとなると、別問題ではある。
モミジは思考に区切りをつけると、青年に一つ質問を投げかけた。
「少し聞きたいが、一昨日に騎士が死んだ場所って、分かるかい?」
一昨日起こったという変死の現場は、モミジが事を聞いた場所から、二区画程離れた場所だった。外周から都市の中心部へと続く十の大通りから横に外れた、小さな路地。小さなと言っても、人が十人横に並んで歩けるほどには広く、ここにも出店等の露店がちらほらと並んでいる。
「事が起こったばっかりあって、騎士がわんさかいるねぇ」
モミジは眼下を眺めながら呟いた。ちなみに、彼が居るのは地上ではなく、路地の両側に立ち並ぶ民家の屋根上。モミジの言葉通り、近辺は封印騎士団によって封鎖されている。この路地に入り込む為の出入り口は、騎士によって固められていた。さすがに、その場に堂々と入る程にモミジも馬鹿ではなかった。
「しっかし。こんなに沢山必要なのかね。暇なのかこいつら」
変死体が発見されただろう地点には、十数人程の騎士が集まっていた。地面に眼を向けて何か調べている者や、忙しなく走り回っている者。それらに指示を出し、場を総括している者。
基本的に、この大陸は『国』と言う括りで別れているのでは無く『都市』と言う単位で総括されている。むしろ個々の都市が一つの『国』として機能していると言っても間違いではない。司法や経済もほぼ独立している。
ただ唯一共通しているのは、ほとんどの『都市』の治安を維持しているのが封印騎士団。正確にはその支部である。
いや、共通しているのは封印騎士団だけでは無い。
様々な都市で等しく信仰を集めている『女神教』。敬愛を集める彼の経典を元に、発足した封印騎士団であるからこそ、人々は安心して治安の維持を任せているのだ。
封印騎士団の一番の任務は『敵の討伐』ではあるのだが、こうした目立った事件があれば、犯人を捕まえる為の捜査も執り行う。
「…………一種のケイジドラマを見てるみてぇだな」
下の騎士たちがこちらに気が付かないとは限らない。細心の注意を払い。おそらく、誰にも通じないだろう言葉を口にしながらも、モミジは屋根上から注意深く地上を観察する。
『――――――』
『――――ッ、―――――…………』
ふと、モミジの注意は二人の騎士に注がれた。
おそらく、どちらもが中級以上の資格を持つ騎士だろう。何やら真剣な面持ちで喋っている。時折、動き回っている騎士が一度敬礼をしてから話しかけているのを見るに、この場では一番位が高いと見て間違いない。
見ているだけしかない現状で、会話の内容は非常に気になる。
「さすがにこの距離だと聞こえないな。よし、ここは一つ――」
モミジは右腕に嵌められている腕輪に意識を傾けた。
「《七剣八刀》限定起動(リミテッドオープン)……」
小さく唱えると、腕輪は幾何学模様に沿って僅かに発光する。
次の瞬間に、彼の右手の中には、親指大程の小さなナイフが二振り出現した。
「名付けるなら、糸無し糸で――は色々とやばいな。『チャンネリング・ナイフ』とでもしておくか」
モミジは右手に現れた二振りの内の片割れを、投擲の要領で構える。
狙うは、会話を続けている騎士の足元。
その場に存在する騎士全員の意識が『的付近』から離れるタイミングを見計らい。
「せいっ」
短い掛け声とともに、素早く投げ込む。
目論見通り、放ったナイフは目標地点に突き刺さるも、それに気が付いた者はいなかった。よし、と声を出さずに手を握る。
(さて、話の内容は、と)
手の内に残ったもう一方の刀身を耳に当てる。
『――――あまり目ぼしい手掛かりは残されていないようですね』
『他の三件と同じか。全く、困った物だ。当面で一番デカイ山ではあるが、他にも抱えている案件があると言うのに。こちらにばかり人手を割いてはいられんのだがな』
この距離では聞こえなかったはずの中級騎士達の会話が間近であるかのように聞こえてくる。組み込んだ『術式』は正常に稼働しているようだ。
部下と上司の会話だ。『ますますケイジドラマだな』と内心に浮かべる。
『部隊の者から聞きますと、今回の被害者である騎士は部下思いで人当たりの良い素行だったようです。とても恨みを買う様な人柄では無く、殺人にしては犯人の動機があまりにも見当たらない』
『それは他の件でも同じだろう。経歴も、性別も、性格もバラバラだが、そのどれもが目立った経歴は無い。重い病に掛っていたり、任務中に致命傷を負ったなどと言う話も無い』
落ち着いた物腰の青年騎士と、あごにひげを蓄えた中年の騎士。
(どの時代も、この組み合わせがベターなのか?)
至極どうでもいい思考。
『共通している事と言えば、死亡したそのどれもが上級騎士だったという事だ』
『やはり、それしかありませんね。しかし、そうなると殺人、と言うにはやはり無理がありますね。上級騎士となれば、我々の様な文官騎士として中級に昇格したのとは訳が違います。武を認められてこその上級騎士、早々に後れを取るとは思えません』
『同感だ』
騎士の階級は四段階あり、『下級』『中級』『上級』。そして、最上級である『聖騎士』。下級は騎士として命じられた全てが等しく通る階級。中級は、何かしらの技術を認められ、相応の部隊の総括を任せられる者がなる。純粋な戦闘能力を認められて一部隊の指揮を任せられる者もいれば、彼らの言う通りに人事やこういった事件の捜査専門の部隊を任せられる場合もある。中には、数ヶ月前のモミジの様に、中級に昇格しても誰かの元に付いて任務に当たるものだっている。
そして上級騎士。ここまで登り詰めるには、並大抵の事では無い。高い戦闘能力を持つことは大前提であり、それでいてなお且つ『特別に大きな功績』を持たなければいけない。
彼らが言いたい事はつまり、それほどの実力者が『四人』も『誰か』に殺されるなどと言う現実を認めたくないのだ。
(…………まぁ、常識で考えちまうとそうなんだけどさ)
万事に例外はつきものだ。他ならぬモミジ本人が例外そのモノと言っても過言ではない。さすがに、この場所から降りてそれを伝えるわけにもいくまい。
『しかし、何度見ても奇妙な死にかたでしたね、アレは。』
『あのような死体、現場に居合わせて十年の私も初めて見た』
ここでモミジが最も聞きたかった情報。つまり『死体の詳細』について語られ始める。この会話の内容がモミジの予想通りだったなら、彼の中の予想は確信へと変わる。モミジは話を一字一句聞き逃さんと、耳元に意識を集中した。
『失礼しますッ』
と、タイミングが悪い事に、何処からか、青年よりも更に若い騎士が駆け寄り、二人の前で敬礼した。「おい」とモミジは突っ込みを入れたくなるほどの間の悪さ。だが、やはり場に入り込む事など出来ず、屋根の上で怒りに震える事しか出来なかった。
『どうした』