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邪剣伝説

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 司教はふらつく足取りで立ち上がると、ゆらりゆらりと今にも倒れそうな歩みで聖剣に近寄る。救いを差し伸べる者の様に、それに手を伸ばしている。 
「させるか――――よぉぉぉぉッッ」
 司教の行為を阻止しようと、黒い三日月を放つモミジ。防衛機構が発動しても黒い三日月でなら破れる自信がある。
 だが、一歩遅かった。
 黒い三日月が聖剣に届く僅差で、司教の手が柄に触れた方が早かった。

 黒い月は、音も無く衝撃も無く、唐突に『消えた』。ゴーレムの強力な防御壁を突破した破壊力を、完璧に防いでいた。
 否――正確に言えば、衝撃すらも無かった筈だ。
「――――『聖剣』それ自体は、既に完成していた」
『聖剣』の柄を握り締めた司教はゆったりとモミジを向いた。
「だが、聖剣は『剣』である以上、扱えなければ意味がない。その性質上、並みの者が振るうには聖剣の力は強大過ぎていた。だからこそ、我々は望まぬ犠牲を払い、聖剣を扱う為の手段を模索していたのだ」
 楽団を操る指揮者の様に、司教が聖剣を振るった。すると、空気の脈動とは別の『風』がそよぎ、一面に清涼な空気が広がった。濁りなく淀みなく穢れ無く澄んだ、誰もが安らかさを覚える清浄な世界が生まれた。
「まだ不完全ながら、短時間であるならば、未熟である我が身でも聖剣が振るえる程度にまで行き着きた。あとほんの少しで、聖剣を完璧に扱える段階にまで行き着くのだ」
「その為に、更に犠牲を出すつもりか」
「言っただろう。望まぬ犠牲だと。私とて、殉職者を増やすのは胸が痛む」
「ざけたこと抜かしてんじゃねぇよクソ野郎がッ」
 もう一度黒い三日月を放つ。大きさは前二回よりも一回り大きい。下手をすれば司教を巻き込み天井に届き、分厚い地層を貫通しかねない。
 であるはずなのに、黒い衝撃は司教に命中する寸前でやはり音もなく消えた。司教は変わらず健在だ。余波で法衣が揺らめくのすら起らない。
「――――聖剣にまつわる様々を知り得る貴様だ。聖剣の持ちうる能力も当然知っている筈だ」
「…………ありとあらゆる『魔素』を強制的に分解する『無効化能力(キャンセル)』」
攻撃を防ぐのではなく、攻撃を構成する『魔力』の、更なる根本である『魔素』に作用する能力。それが、聖なる剣に秘められた力。
事実上、聖剣に対して魔導器の強力無比な攻撃力は零となる、『魔導器殺し』。
今もなお無効化能力は範囲を広げており、もう間もなく室内の魔素は消滅する。
「馬鹿が。『資格』もねぇ奴が聖剣なんざ抜きやがって。自滅する気か」
「確かに。いかに制御が可能になり始めたとはいえ、まだ完全ではない。時間をかければ、他の者と同様、私も白化を起こして死を迎えるだろう」
 逆を言えば、短時間ならば扱える。
「一つ勝負しようではないか」
 とんっと一跳びで、司教が聖剣の浮かんでいた地点からふもとまで降り立つ。
「私が貴様を切り捨てるのが先か、私が魔素を枯渇し白化するのが先か」
「ちげぇな。俺がてめぇをぶった切るのに全賭けだッ」
 両者が同時に駆けだす。モミジは上段、司教は下段にそれぞれ剣を構え、激突。斬撃の速度や重さ、鋭さの点に置いて、モミジは司教を上回っていた。仮に得物の条件が同じであるならば、モミジの斬撃は司教の剣を破壊し得ただろう。
 しかし、砕け散ったのはモミジの持つ剣の方だった。聖剣の持つ『無効化能力』が、七剣八刀で生み出された剣は、モミジから供給された魔力で構成されている。当然、魔素が分解されれば魔力も消滅し、剣の崩壊を意味する。
 ここまでは司教の予想通り。ただ、予想を少し超えていたのが、剣が消滅したのではなく、崩壊したと言う事。モミジの片刃長剣は、上半分は粉微塵に砕けたのだが、残り下半分は、半ばの状態でありながらモミジの手の中にある。全てが消滅したのではなかった。
 モミジは更に一歩を踏みこみ、短くなった間合いに入り込む。彼にとって、長剣が砕けるのも、半ば状態で残るのは織り込み済みだったのだ。切先が無くなった剣は、刺し貫くのは無理だが切るだけならリーチが短くなるだけで問題ない。
 司教は至近距離から振るわれる剣を、身を横に逸らして躱す。自身も剣を振り下ろした後で、且つある意味での不意打ちであったのに反応出来たのは、過去に自らも魔導器を持って戦いに明け暮れた日々の経験だ。考えるよりも先に行動できるほどに、体に染みついた動き。
 そして、体に染みついた経験が次の行動を選ぶ。逆に懐深くにまで踏み込んでいたモミジに、強引ながらに剣を振り下ろす。避けるのは困難だが、防御するには十分な体勢。常ならここは一歩引いて体勢を立て直すところなのだが、この状況は常では無い。
 司教が持つのは『聖剣』だ。モミジが防御に使う剣ごと相手を両断できる力を持つ。
「ッ!」
 モミジは司教の初動を見た瞬間に回避を選択していた。それでも、完全に回避する事は出来ず、離れ際に左肩に浅く刃を受ける。物理保護は最初から使っていない。魔力が無効化されるなら意味がないからだ。
 触れたのはほんの数ミリ程度。掠り傷にも満たない。であるのに、モミジの方には焼き鏝を押し付けられたかのような激痛が襲いかかった。
「がぁッ!」
 溜まらず悲鳴が上がるも、躰が勝手に動く。司教から一歩でも離れようと素早い動きで後退した。司教はあえて追い打ちをかけず、最初からいた位置で再び剣を構える。モミジは、離れた地点で痛みを抑える様にしゃがみ込んだ。
「その痛みの様子……理論的には説明されていたが、どうやら聖剣の能力は魔晶細胞にまで影響を及ぼすらしいな」
 モミジが感じる激痛は、体内の魔晶細胞に極度のダメージが与えられたからだ。特に、魔導器使いが当たり前の様に使っている『魔晶細胞の活性化』が魔素の消滅で停止すると、全力疾走から急ブレーキをかける様な反動が襲ってくる。その反動が痛みとなって現れるのだ。まさに、聖剣とは『魔導器殺し』。魔導器も、魔導器を扱う者にとっての天敵の能力。
「いつつつ…………結構やるじゃねぇか。二手目を避けられるとは思ってなかったぜ。まさかあそこまで読んでたのか?」
「そちらこそ。頭では無力化能力を理解していても、あのタイミングでは躰が防御を選択するのだがな」
「あいにくと、そいつの能力は骨身に染みてるんでね」
 小さくふらつきながらも、モミジは立ち上がり、軽く剣を振るう。短くなった刀身に魔力が宿り、失われた半分が再生する。
「んじゃ、もうイッチョ行くぜ!」
 モミジは左手に短剣を具現化すると、即座に投擲した。ディガルは剣で払おうと構えるが、狙いは司教手前の地面だ。切先が短く地面に突き刺さると、少しのタイムラグを置いて、短剣が爆発した。言わずともがな、効果を付加した短剣だ。爆風が煙幕となり、司教の視界を遮る。爆発は魔力が源だが、それによって巻き上がる粉塵はそうではない。
 一時的に視界を無にされた司教は、けれど堂の入った構えを崩さない。見えない敵の気配を捉えようと神経をとがらせている。
(右か左か。後ろか。それとも上か…………)
作品名:邪剣伝説 作家名:Aya kei