邪剣伝説
どこからか黒い霧が現れ、モミジの周囲を漂い始める。それらは中段に構えた剣の刀身を覆うと、吸い込まれる様に収束していった。
「まずは――――先手ッ」
黒い霧を纏った剣を振り被り、全力で落す。剣の軌跡をなぞる様に三日月状の黒い衝撃波が放たれ、地面を砕きながらゴーレムに迫る。
ゴーレムは機械らしい無駄のない動作で右腕をかざし、防御壁を展開した。
黒い三日月と防御壁が衝突。結果、盾は硝子を砕く音に近しい響きで砕け、ゴーレムは衝撃を防ぎきれず、たたらを踏んだ。目立った損傷はなかったが、雷撃を微動だせずに防いだ時の事を考えると、黒い三日月の威力が桁違いなのだと分かる。
「続けて二手目ッ」
既に深くにまで踏み込んでいたモミジが剣を振るう。
防御壁を展開する暇は無い。人工頭脳が判断を下し、腕による直接防御を慣行。はじいた所でカウンターを狙う。ところが、防御に使った右腕に剣が食い込んだ途端、甲高い音を響かせながら刃がゆっくりと装甲にめり込んでいく。火花を散らせながら、腕を切断していくのだ。
仮にゴーレムの頭脳に感情があれば、驚愕せずにはいられなかっただろう。それでもやはりゴーレムは冷静な判断を下し、次の攻撃行動に移っていた。
モミジの黒い霧を纏った刃は、徐々にゴーレムの右腕を切断していく。逆を言えば、すぐには右腕は切断されない。そして、食い込んだ刀身は、押すも戻すも若干のタイムラグが必要だ。
それだけあれば、左腕の主砲を撃つに造作も無い。
後一秒もあれば右腕を本体から切り離せる段階に至り、モミジはゴーレムの左腕が展開している事に気が付いた。肌に感じる熱に、それが発射間近である事も。
「のぁ………………ッ」
慌ててモミジは剣を手放し飛び退くが、もう遅い。
左腕から、閃光が迸った。如何な鋼鉄でも貫通し破壊する熱の放射。これを受けて生きていける人間は存在しない。それがたとえ、魔導器使いだったとして、並より優れた肉体と防御力を持っていたとしても。筋力や骨格の強度が上がったとしても、それが鉄よりもすぐれている筈がないのだから。
ならば、並より優れている――では無く、格段に優れている場合は別の結果だ。
「あっつぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!! 本日二度目だぞ、どっ畜生ッッ!」
熱戦の放射が完了した時、なんとモミジは五体満足で形を保っていた。
リィンの砲撃を防いだ時よりも、火傷の度合いやコートの損傷具合は酷い。それでも、彼女の時と同じ、全力で動くに何ら支障のないダメージを残すのみだった。
モミジはゴーレムの腕に食い込んだままの剣を掴み直し、一気に振り落とす。半ば以上まで埋没していた剣が完全に通り抜け、防御機構を持った右腕はひじから先が本体から分離、音を立てて地面に落ちた。
「そいやぁッ」
黒い霧が足に纏わりつき、後ろ回し蹴り。靴底が鋼の腹部に命中すると、ゴーレムの装甲に大きな陥没が生まれ、音を立てて吹き飛んだ。
――――ゴーレムのセンサーはモミジがどうして己の必殺を防いだのか、理解していた。
それは、千年の古に製造された魔導人形だからこそ識別できたのだ。
観測したのは、熱線が命中する寸前にモミジの躰を覆った黒い『霧』。そして、剣から発せられた同じく黒色の『三日月』。
正体は、高密度に圧縮された魔力だ。
だけれども、自然現象的にはあり得ない。魔力は空気中に放出されるとすぐさま魔素に分解される性質を持つ。魔力が魔力としての形を持つ為には、有機無機問わず、物質の中に内包されなければいけない。
――――だが、意図的に空気中に魔力を存在させる『技術』がある。
追撃を試みるモミジの長剣を迎撃する為に、残る左腕も振るう。けれども、黒い霧を纏う刃は対と同じく、左を切断していく。
「アレは…………まさか。失われし秘伝の――――」
辛うじて意識を保っていたディガルも、モミジが纏っている黒い霧の正体を見抜いていた。『知恵の箱』と呼ばれる情報端末から得た、だが今では使い手のいなくなった戦闘技術。
千年前の、女神と邪神の戦い以前の世界では、人は身に魔晶を宿さずに魔力を得ていたらしい。そして魔晶石を含む魔導器を隔てずに事象を具現化させていた。
つまり、己の体外に魔素を集積させ魔力を精製していたのだ。
今の人間にしてみれば、まるで『超能力』の様な規格外の能力だ。
その規格外の能力過程で、常套手段として扱われていたのが『収束魔力による物理保護』である。圧縮した魔力を展開とすることで、直接間接問わず『衝撃』を無効かする特殊フィールドが生まれる。
これが真に確立されていた技術ならば、古の能力者は――同類を除けば――単体にして一国を滅ぼせるほどの力を有していた事になる。何せ、ありとあらゆる攻撃が通用しないのだ。逆に能力者は攻撃し放題。
それまでディガルはこの記述を眉唾に思っていた。まさに机上の空論。それを脚色し、いかにもそれらしく演出し後の後世に残していたフィクションだと。
モミジがゴーレムの胴体を横から両断した瞬間を目の当りにし、ディガルは己の見た技術が机上の空論ではなく、事実の真論である事を思い知らされた。
物理保護の応用だ。物質同士が接触した場合、接触された側と同等の力が接触した側にも掛る。『作用』『反作用』の法則だ。防御としての物理保護はこの『作用力』を無効化するのだが、能動的に扱えば『反作用』をもキャンセルできる。衝撃の源は何ら抵抗も無く作用だけを与え続けられる。刃を寒天に振るうのと同じ。抵抗を減らす事が出来るのならば、その切れ味は数倍――もしくは数百倍にまで上がる。
「…………まぁ、中々に楽しめたかね」
両腕を無くし、胴体を上下に分断されたゴーレムは、もはや何の抵抗も示さなかった。
二つに分かれたゴーレムの上半身に寄ると、モミジは能面な頭部の首に剣を一閃。今度は頭部と胴体を分離させる。
「えーっと、記憶媒体(メモリーチップ)は何処かなっと」
小刀を具現すると、モミジは慣れた手つきで機械仕掛けの頭部を分解していく。小型を螺子外しのドライバー代わりに使っているのだ。器用な剣の使い方だ。
「っと、あったあった」
丁度頭部の中心部にまで分解したところで、目的のモノを発見。親指よりも少しだけ大きい程度の、平らで黒い長方形の物体だ
「解析すりゃ何かしらの情報は仕入れられるだろ。問題はどこで調べるかだが…………それはおいおい考えるか」
モミジは黒い長方形を布で包み、丁寧に懐に納めた。
「んじゃま、サクッと司教を始末して――――あら?」
壁際まで吹き飛んだ司教の姿が、そこになかった。予想以上に回復が早かったのか。ともかく、さてどこに行ったのか視線を巡らせると――――。
『聖剣』が浮かぶ機械の頂上付近に、地面を這う司教がいた。モミジがゴーレムと戦っている最中に、防衛機能を解除しあの地点にまで移動したのか。
モミジの顔色が、若干だが青ざめた。
「ちょッ、てめぇ! 何する気だッ!」
無論、司教の考えている事はモミジとて分かっていた。このタイミングで聖剣の傍に居る時点で、誰の目にも明白だ。