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邪剣伝説

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「この恩にはいつか報いたい。しがない商人の身ではあるが、私にできる事があるならば何でも言ってくれ。可能な限り叶えたいと思う」
「おいおい、そういう安請け合いは簡単にしない方が良いぜ? 俺が極悪非道の犯罪者だったらどうすんだよ」
「極悪非道の犯罪者であるならば、我々を助けようとはせず見捨てると思うのだが」
「困った奴がいたら恩を売っとけってのが俺の持論でね。ローリスクでハイリターンが望めるなら、とりあえず助けといた方が得だろ?」
 ざっくらばんな考え方ではあったが、間違いではない。
「なるほど。商人の考え方と近いな、それは。我々商人は人と人のつながりがなによりも重要だ。どんな小さなパイプも後々に太いパイプに繋がる切欠となるからね」
「そうそう。一の恩が百の礼になって帰ってきたら嬉しいじゃん?」
「見る限り、旅人の様だが、どうやら商人の心得を知っているようだね」
「渡世の心得って奴だ。世間ってのは意外と狭いからな。忘れかけてた恩が突然返ってくる事もあらぁな」
 話してみると、意外と気さくな人柄の様だ。モミジの喋り方は、年上に対する礼儀は殆ど含まれていないが、男は気を悪くすることなく言葉を返してくる。例えどんなに嫌な相手であろうとも、取引相手なら笑顔の仮面を被るのが商人ではあるが、モミジが見るにこの男は確かな誠実さを持っていると思えた。
「興味本位に聞くがよ、どんな商品扱ってんだ?」
「鉱石や宝石だ。この付近の鉱山からは質の良い物が取れるので、それを取引させてもらっているよ」
「宝石ってぇと、魔晶石(クリスティア)も扱ってたりするのかい?」
「細々と、だがね。あいにくと、そっちに関係する鉱山は、この地方には少ないらしい。まぁ、だからこそ大手の商人ではなく、私の様な中小がやっていけるのだが」
「そらそうか。魔晶石の大半は『教団』が握ってるから、一般流通のレートが滅茶苦茶高い。魔晶石は観賞用にも実用にも使えるから需要も結構ある」
 弾む会話の小さな間。モミジは母親と肩を抱き合っていた少女が、視線をこちらに向けている事に気が付いた。まだ十にも満たない少女の眼差(まなざ)しは若干の警戒心の好奇心の色。
「どうした嬢ちゃん? 俺様のカッコよさに惚れたかい?」
「父親の前で娘を口説かないでくれないか?」
 釘をさす男だが、険は含まれていない。冗談だと分かり切っている。
 行き成り飛び出た冗句に目をパチクリとさせる少女は、少なかった警戒心を無くして口を開いた。
「…………お兄さん、騎士の人なの?」
 今度はモミジが目をパチクリとする番だった。
「騎士の人のお仕事は、人を助ける事が仕事だからって言ってたから」
 子供らしい単純な考えの繋げ方だ。
 思わず、モミジはツボに入ったかのような笑い声を発した。何がそんなに面白かったのか、馬車に乗るモミジ以外の面子が揃って首をかしげた。
「や、わりぃわりぃ。まさかそっちの方面に勘違いされるとは予想外だったからな」
 一頻りに声を上げたモミジは目の端に涙まで溜めて、それでもクツクツと忍び笑いを続けた。
「俺はあいにくとその格好いい人達とは対極の人種だ。期待に外れてすまないな嬢ちゃん」
「……だったら、なんで私達を助けてくれたの?」
「言ったろ? 恩の押し売りだ。二束三文で売りつけて、後々に数十倍にして返してもらんだよ。これも商売の基本って奴だ、覚えておきな」
 ここで父親が口をはさむ。
「おいおい、この子は将来私の後を継ぐかもしれないんだ。あまり教育に悪い事は教えないでくれ」
「おっと、こいつぁ失礼しました」
 おどけながら謝るモミジに、男は苦笑しつつも深くは言わない。このやり取りが面白かったのか、少女の顔には笑顔が浮かび始めていた。
いつしか、馬車内に漂っていた恐怖と緊迫感は和らぎ、温かみのある空気になっていた。男の妻も、会話の様子を眺めて頬笑みをたたえている。
 それからしばらく、何気ない世間話に花が咲く。少女が最近に体験した出来事やら、男が商談中に交わされた会話の中身など、統一の無い内容ではあったが、不思議とモミジはそのどれもに興味を示し、反応を見せた。時に子供っぽく、時に大人顔負けの見解を述べたりと、父娘を驚かせたり。馬車に揺られて二刻もすれば、モミジとこの家族はすっかりと打ち解けていた。
「――――で、だ。ここをこうして、ここに指を通して」
 モミジは懐から取り出した毛糸の両端同士を結んだ輪に手を通し、五指を引っ掛けたり抜いたり、手首に通したりとを繰り返す。糸は緻密に絡み合い、様々な形を作って行く。少女は初めて見る芸に、言葉なく熱心に視線を注ぐ。 
「でもって指を引き抜き、出来た穴に指通して開いて捩じってやると――――ほれ、聞いて驚け見て笑え。音は聞こえんが脅威の十二段梯子だ」 
 モミジの両手の間に編み込まれた毛糸は、彼の言うとおり十二段の足場を持った梯子が出来上がっていた。
「す、凄い………………」
 ただの糸の輪でこんな事が出来るとは。少女は感嘆と出来上がった作品を眺める。
「最高は二十段だが、この糸じゃちょいと短いからな、これが限界だ」
「これ、なんて言う遊びなの?」
「アヤトリつってな、俺の住んでたところの女子とかは結構やってたぜ。俺も一時期ははまってたしな」
「私にもできる?」
「誰にでも出来……あ、教科書が無いと難しいかな」
「そうなんだ…………」
 しょんぼりとなる少女。言う通り、梯子が出来上がるまでの手順はかなり複雑であり、初心者には敷居が高い。
「ま、なきゃ無いで、自分で作り方を編み出すと言う手もある」
「ほんとッ」
「どんだけカッコ良く作っても、元はたかが糸だ。単純な物ほど応用の幅ってのは広がる。どうせなら、誰も知らない凄い物作るのも面白いかもな」
 モミジは作り上げた糸の造形を解くと、少女に渡してやる。
「そこら辺にあるただの糸ではあるが、俺と嬢ちゃんの出会いの記念にやるよ。面白いのが出来たら、友達にも教えてやんな。嬢ちゃんが夢中になるんだから、他の友達も多分ハマるぜ」
「うんッ」
 嬉々として糸の輪を受け取ると、少女は早速両手を通し、指に引っ掛けて行く。
「ありがとうございます」
 礼を言うのは母親だ。
「なぁに、元でタダで恩を売っただけだ。将来あんたに似て美人になったら恩返してくれるかもしれない。唾付けただけだ」
「あら、お上手ね」
 口に手を当て、クスクスと上品に笑う。
「ところで、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「答えられる範囲なら」
「どうやら旅の方の様ですけど……まだ若いのに、どうして?」
「ここはロマンを求めて、と言いたいところだが……『探し物』をしててね」
 フッと、小さくだが、モミジの顔に影が潜んだ。それまでの陽気さとは違う、冷たい感情が含まれる。
「俺の恋人が、人様に迷惑を掛ける傍迷惑なモン作っちまったんだよ。それを探して回収しなけりゃいかんのよ。うわっ、俺って恋人思いだな」
 商人夫妻は揃って頭に疑問符を浮かべる。何を言っているのかが些か理解しにくい。
 ――――と、ガタゴトと揺れていた馬車が、その揺れを停めた。
「おや、もう着いたのかな?」
作品名:邪剣伝説 作家名:Aya kei