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邪剣伝説

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片や混沌を司り、世界に破壊を撒き散らさんとした神。
片や秩序を司り、世界を慈悲を降り注ごうとした神。
前者を『黒き邪神』。
後者を『白き女神』。
二柱の神が司る理は相反するものであり、両者がぶつかり合うのは火を見るよりも明らかだった。邪神と女神は自らの理を象徴する『剣』を手に、互いを打ち滅ぼさんと長きにわたる戦いを繰り広げた。
三日三晩続いた戦いは、大地を白い砂の海へと化した。
やがて女神は最後の力を振り絞り、自身の『剣』をもって邪神の躰を幾万にも粉砕した。
力を使い果たした女神は自身の持つ剣を残し、やがては消え去った。
以後、世界は女神の祝福を受け、平和を享受しているのである。
――――世界に復旧している『女神教』の経典に書かれているのは以下の通りである。
だからこそ、人々は知らないのだ。
古の戦いに何が起こったのか。
真に世界を滅ぼさんとしたのは誰なのかを。
真に世界を救ったのは誰なのかを。 
世界はまだ、真の英雄を知らない。


 第一章 到着と再会と


困った奴がいたら恩を売っておけ、と言うのがコクエモミジの持論であった。
「とりあえず勢いで助けちまったが、無事かいあんたら?」
 モミジは締め切られた馬車の扉に向けて、軽く声を掛けた。
 細身ながらも鍛えられた長躯を小奇麗な衣服――ある組織の所属者が纏う制服で包んでいる。更にその上から分厚い真っ黒なコートを羽織っている。コートは本人の趣味だが、中の制服は「丈夫で動きやすく修理しやすいから」との理由で着てるのは本人の弁。ちなみに、オリジナルとは細部のデザインがかなり改良され、機能性が重視されている。 
 モミジと、彼が助けた馬車の現在地点は、開けた街道沿いの最中。草原と呼ぶには緑が少ないが、荒野と呼べるほどには荒れていない。馬車や旅人が通行する為に道は少しばかり整備されているが、快適な旅が出来るほどには届かない。長らく人の手が入らず、放置されている感じだ。
 モミジが声を掛けてから少し経ち、馬車の内部からごとごとと人が動く音。それからまたしばらくし、恐る恐ると言った風に小さく扉が開かれた。
 姿を現したのは整った身形をした男。口髭を少し生やした、紳士とした風貌だ。
「――――ば、化物は?」
 がしかし、紳士としての姿は格好だけであり、顔には未だに恐怖の色が濃い。唇は血の気が引いて青くなっており、同じく顔色も悪い。周囲の様子をきょろきょろと、首を巡らし確認している。扉の隙間からは、座席から降り、床に直に座って縮こまっている女性が二人。片方が男の妻で、もう片方が娘と判断して間違いないだろう。逆の席のこれまた床には、行者らしき若い青年が頭を抱えて震えている。
「もう襲ってはこねぇよ。安心しな」
「き、君が助けてくれたのか?」
「じゃなきゃ誰だってんだよ。まさか女神様の奇跡とかボケかます気か?」
 憮然と言うモミジは、次に溜まりに溜まった息を大きく吐き出し。
「馬鹿じゃねぇのあんたら。このご時世、『結界』が働いてない道に護衛も付けないってのは。命知らずにも程があらァな。今どき五歳の悪たれ小僧でも知ってる常識だぜ」
そんな彼は容赦なく、罵詈壮語をぶつけていた。ただ浮かんでいる表情は、人を馬鹿にしていると言うよりは、呆れ果てている風だった。
 事実、この道は一般に使われなくなって久しい。五十年も遡ればこの道も村や町を繋ぐ交通路として賑わっていたのだろうが、昨今では人の手が生き通り『結界』が働いていない道を進む事は、彼の言う通りに自殺行為だった。
「し、仕方が無いだろう。隣町に急ぎの商談があったのだ。この道は近道だからと前の街で聞かされていたから――――」
「仕方が無いだろう……じゃねぇだろ阿呆。金と命、どっちが大事なんだよあんた。いくら儲けても、使う為の命無くしたら本末転倒だろうよ。せめて護衛の一人や二人位雇えや」
 モミジの物言いは不遜で礼儀の一切ない物だったが、言分は紛れもない正論であり紳士風の男は何ら反論できなかった。
「ったく、偶然に運よくたまたま俺が通りかかって無かったら、家族で仲良くあの世行きだったぞ?」
 と、モミジは己の背後を振り返った。モミジにばかり気を取れていた男もつられてそちらに目を見やると、目が飛び出るほどに見開いた。
 巨大な獣の死体が、そこにはあった。
 四メートルを超す体躯からは剛毛が生え揃い、四肢から延びる爪はどれもが鋭い。犬に酷似した頭部の口からはギョロリと湾曲した牙が並ぶ。そしてそれは、頭頂部から顎をまっすぐに両断される形で絶命していた。
 視線を戻し、よくよく見るとモミジの背後の地面には、彼の胴体程もありそうな刃幅を持った巨大な剣が突き刺さっていた。おそらく、獣を葬ったのはあの剣だ。確かに、精悍な身体つきをしてはいるが、体躯には不釣り合いなほどに無骨。
「慣れた奴には雑魚の下級つったって、一般人にじゃ太刀打ちできねぇ。危機管理能力がありゃもう少し用心するんだがな」
 モミジは男を見返し。
「あんた、もしかして災厄種(カラミティ)とか、見るの初めてかい?」
「あ、ああ。そうだが…………」
 ぎこちない動作で首を縦振るのを見て、モミジは「あちゃァ」と顔に手を当てた。
「そりゃ確かに、普通に暮らしてたり、街道を横に逸れない限り、災厄種なんざ見る事はそうないからな。大方、真昼間の短距離で運悪く出くわすなんてこたぁないと安易に考えたんだろうさ」
 男が怯む。どうやら図星らしい。
「奴らは人間の気配には酷く敏感だ。結界の外で知覚の範囲内に見つけたら、力の限り、地の果てだろうと追い掛けてくるぜ。よくよく覚えておきな」
 今度は肯定の意味で男が頷いた。今後、この男が素人考えで街の外に出ようなどとは考えないだろう。その事に満足したモミジは。
「で、モノは相談だ。あんたら、命の恩人に対して何か思う事とかあったりする人かい?」
 悪徳商人が浮かべるに近い笑み。
 コクエモミジは善良な聖人ではなく。したたかな男だ。
 ニヒヒと笑い、親指と人差し指で輪を作る。
「とりあえず、隣の街まで相乗りさせてくれや。ついでに護衛代わりに駄賃も少々貰えると俺的には凄くうれしい」

 半分押し売りの様な商談が成立し、モミジは隣の街まで馬車に乗せてもらう事になった。彼の出した条件の通り、もし襲われでもしたらその時は護衛役として戦う事を約束があるのだから、襲われたばかりの男にとっては願ったりかなったりだった。
モミジの傍らには地面に突き刺さっていたはずの巨大な剣は無かった。密室型の車内には乗りきらない大きさではあったし、そもそもモミジが「放置しても問題無い」と言い切った為だ。男は荷台の屋根に括りつけると提案するが、モミジはこれも断った。
「遅れたが、危ないところを助けてくれてありがとう。君は命の恩人だ」
「ついでだついで。そう改まって言われるこたぁしてねぇよ」
 隣に座る男が頭を下げるが、モミジは気の無い風に手を振った。
正面に座る母娘は未だに死が目前に迫った恐怖から抜け出せないのか、肩を抱き合って静かにしている。
「だが、君が居なければ我々は今頃……」
 ありえたかもしれない最悪の結末を思い出し、男はブルリと肩を震わせた。
作品名:邪剣伝説 作家名:Aya kei