邪剣伝説
着弾によって煽られた爆風を受けながら、アズハスは信じられない光景に思考を停止させていた。避けるか、あるいは剣の魔導器で防ぐかを予想していたところに、第三の選択肢だ。あまりにも可能性が低すぎるので除外していた。
ただの剣で防御。魔導器として変質させていない、鋼の剣だ。アレでは、威力を防ぎきれず、ダメージを受けてしまう。アズハスなら、アレの半分の威力でもまともに受け止めたいとは思わない。
(――――なんだか、あっけない幕切れですね)
今の一撃は、支部に配備されている魔導器砲台と同等の熱量を有する。鉄すらも融解させる火力を前に、無事で済む筈がない。モミジの躰は今頃、炭化して形が残っているかすら疑問だ。
戦いの終わりを感じたアズハスは、微妙な気持ちになりながらも剣を鞘に納め――ようとする手前で、リィンの鋭い声が響いた。
「アズハスさんッ、まだですッ」
なにを――とアズハスが反応する前に、舞い上がる土煙りの奥から鋭い銀の一閃がきらめいた。その正体が鋼の刃と認識、対応する前に、アズハスの手からは両刃剣が弾き飛ばされていた。
「くっそぅ。思ってた以上にめちゃめちゃ痛かったぜ」
剣圧によって散らされた土煙の中から姿を現したのは、五体満足のモミジだった。
「な、んで…………」
「そいつぁ自分で考えなッ」
剣を失ったアズハスは、魔導器を発動できるほどに落ち着きを取り戻せない。どうしてあの状況で生き残れる。無事だったとしても、すぐに動ける様な状況な筈がない。混乱状態から立ち直れないアズハスの腹部に、モミジは容赦なく拳を突き入れた。口からは短い呻きと空気が漏れ、アズハスは昏倒し、地面に倒れた。
「ふぃ、とりあえず一丁上がりっと」
アズハスの意識が完全に断たれたのを確認したモミジは、コートに付着した土埃を手で払い落す。
「さて、一人脱落した様だが、どうするよ、お前さんがた」
勝ち誇る風では無く、事実と確認だけを述べるモミジ。口調はしっかりとしており、体力に気力にもまだまだ余裕が見える。
「そんな…………どうやって」
余裕あり気のモミジが、この世のモノではない異形にも見えるリィン。それはレアルの同じだった。以前は肩を並べ、任務に励んでいた青年が、人間とは隔絶した存在に感じられた。
「ただ単に我慢強いだけの話だ」
適当にはぐらかし――ある意味は的を得ている答え――モミジはその場から離れる。戦いは終わったと宣言するように。
「ま、待てッ! まだ私達は戦えるぞッ」
「馬鹿言え。三人でどうにか釣り合ってたのに、お前ら二人で俺に勝てると思ってんのか? っていうか、お前はまだ動けないだろうが」
「ふッ――――ざけるなぁッ」
軋む躰を、魔晶細胞の活性を利用し無理やり奮い立たせる。筋肉は断裂し、関節は嫌な音を立てる。油切れの機械を強引に動かすのと同じく、所々が悲鳴を上げていく。
「無理すんな。怪我が悪化するぜ」
「うるさいッ。私はまだ倒れていないッ」
自らを破壊しながらも、立ち上がるレアル。剣の構えるにも力は入らず、それでも二本の足で大地を踏む。整った顔立ちには鬼気迫るモノがあり、味方であるリィンをも圧倒される。
「戦えモミジッ!」
「…………ったく、女だてらに根性ありすぎだろう」
精神的な疲労がにじむ言葉と共に、モミジは手中に短剣を具現化させた。
「ちょっと寝てろ」
フェイントも何もない、普通の投擲。動きの良いものならば見てから反応しても十分に回避可能。しかし、全身を苦痛に苛まれるレアルは動けず、それでも鈍く動く刀で弾く程度はできた。
刀にはじかれた瞬間、短刀は粉々に粉砕される。
バチリと、視界に火花が散った。
「しまッ…………!」
モミジの投げた短剣には、電気の効果が付加されていたのだ。魔導器である彼女の刀も、器の素材は金属でできている。短剣の電気が得物を伝い、レアルに流れ込んだのだ。だが、それに気が付いた時には既に、レアルの意識は闇に沈んでいた。
仲間の二人が倒される場面に、リィンは唇をかみしめてその場に留まるしかなかった。
「お前さんは随分と冷静だな」モミジが言った。
彼女の役回りは広域殲滅及びに後方支援。単独を相手にする状況に陥ってはならないポジション。そうでなくとも、彼女たった一人でモミジに挑むのは無謀。頭の回転も早く、冷静な思考がそう判断していたからだ。
「…………私にこういう戦い方を教えてくれたのは、モミジ君だよ」
「そうだったか?」
とぼけるモミジは、リィンに歩み寄りながら七剣八刀に魔力を注ぎこんだ。
「で、この後お前さんはどうする?」
「…………先輩二人が勇敢に戦ったのに、私だけ無傷なのは不公平だよね?」
「真面目だねぇ。だが、嫌いじゃない考え方だ」
具現した剣を握り締めるモミジ。リィンは、腰を据えた構えでは無く、近距離戦闘時の動きやすい形に体勢を変えた。
「精々悪足掻きするから、付き合ってね」
「あいよ」
――――幼馴染二人だけの戦いは、一分を数える前に決着となった。
気絶した三人を離れた場所に纏めて寝かせたておく。ついでに、すぐに目が覚めると困るので、意識の無い上から催眠術の類を付加した魔導器を使い、最低半日は目が覚めない様に幻惑しておいた。これで万が一、彼女らが邪魔に入る心配は無い。
「――――よっし。いよいよ本命と行きますかい」
しばしの休憩の後、躰の調子を確かめたモミジは、建設途中の教団施設の内部に侵入した。彼がこの場に訪れたのは、レアル達を相手にできる広い場所を求めただけでは無い。彼の目的そのものがやはりこの場にあるのだ。
廃棄された施設の割には、内部の通路に寂れた雰囲気は無かった。いや、空間の片隅に埃は積っているし、カビ臭さもある。一方で、人が最近までその場に居合わせた『気配』の様な物がところどころに残っている。人が定期的に出入りしている証拠だ。
モミジは僅かな痕跡と勘を頼りに建物の中を進んでいき、やがて行き止まりに到達した。
どの支部にもあるだろう、礼拝用の広い部屋だ。教会と同じく横長の机が並び、奥には司祭が話す壇上に、その上の壁には女神を模した美しい女性の像があった。
「お約束に沿い過ぎな気もしないでもないが」
モミジは礼拝堂の壇上の裏手に回ると、しゃがみこんだ。石造りの床に手を触れる。
「――――ビンゴ♪」
剣を出現させ、触れていた床へと、軌道が交錯するように二閃。十時に斬撃の後が刻まれた中心部を、モミジは思い切り踏み抜いた。バガンっと、石が割れるには軽快な音が響き、砕けた床の下から出てきたのは、土では無く階段。
地下へと続く隠し通路だ。
「もう、リアルにRPGだな」
ゲームと違うのは、一度始まってしまえば止まる事の許されない、命がけである点。失敗すれば、コンティニューはできない。
「…………振り返っても、立ち止まっても、やり直すつもりはねぇがな」
長い長い下り階段の終着点は、一つの両開きの扉だった。素材は木や石ではなく、金属製だろう。ところどころに灯りが灯っており、地の底であるのに比較的明るい。