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邪剣伝説

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「やっぱりッ」
 得心の行ったリィン。自分の仮定が証明されたからだ。
(クソっ、気が付かれたかッ)
 これはモミジの失態だ。支部での戦闘に参加しなかったといっても、その戦闘を観察していなかったとは限らない。おそらく、支部での戦闘を、アズハス達は遠方から眺めていたのだろう。とすれば、モミジが剣の魔導器を使ったのは計四回。それだけの回数を見れば、リィンなら七剣八刀の弱点に気が付いても不思議ではない。
「アズハスさん、レアルさんッ」
 後方の鋭い声に、騎士二人は耳を傾ける。
「七剣八刀はおそらく、剣としての強度と魔導器としての効果を両立できませんッ」
 七剣八刀による『剣』の生成は、所有者の頭の中に構築した想像力に依存している。形態を始め、強度や切れ味、重量を設定し、魔力を注ぎこんで剣を具現化する。人の想像を具現化する魔導器ともいえる。
「…………なるほど。魔導器の核である魔晶石には、専門職の者が緻密な術式を練り込みますからね。そちらに容量を取られて強度にまでは意識を割けないと言わけですか」
 昨日の意趣返しか、説明口調に七剣八刀の弱点をアズハスが語る。
「フンっ。どちらにせよ、私は常に全力で戦うのみだッ」
 この三者で、剣速はレアルがトップ。限定的にではあるが威力はアズハス。剣術と戦術に置いては優位なモミジだが、一対二の状況で相手が有利になる点が残っているのは非常に厳しい。相手が二人であるならば、互いの弱点をフォローし強みを引きだす事によって戦力を二倍以上に跳ねあげるからだ。
 相手が即席のコンビならば、いくらでも付け入る隙があろうが、どうやらこの二人は昨日今日に組んだ訳では無さそうだ。相手の特性を理解し、互いの動きを邪魔しない領域を把握している。二人とも一撃離脱を繰り返すタイプだが、その一撃と離脱のタイミングが非常に上手い。片方が離れれば間隙無くもう片方が攻めてくる。その繰り返しは、モミジに一息を入れる余裕すら与えない。
 相手がアズハスとレアルだけであるならば、さほど問題は無い。苦戦は強いられるだろうが、負けは無い。何故なら、彼ら二人が全力で挑みかかっても、一度たりともモミジに刃が届いていないからだ。仮にこれより一段階速度が上がっても、何とかなるレベルだ。剣を魔導器に変質させなくとも相手が出来る。両者ともの攻撃力は、剣の強度さえ上げれば問題無く対処が可能。これは相手が剣士タイプの魔導器使いであるならばモミジにとっての共通認識。接近戦に持ち込めば、魔導器を発動させるよりも、器としての剣を振るった方が早く鋭い。 
(三人目が間接攻撃タイプってのが問題だよな)
 あの砲撃は、剣で防ぐには威力が高すぎる。防御しても、剣の細い面から洩れた余波が躰を襲う。もっと質量の大きな剣を具現させればいいだけの話だが、そうするとそれだけ剣の取り回しが遅くなる。今度はアズハス達の対処に支障をきたす。現に、リィンからの砲撃からレアルの斬撃に繋がった攻撃のときには、浅くとも傷を負ってしまった。
 予め複数の剣を具現しておけばいいのかもしれないが、ただ単純な剣であっても少なからずの意識を剣の具現には割かれる。一秒の更に十分の一の判断を強いられる状況で、三本目に意識を集中する余裕はない。魔導器ともなれば一本が限度である。
(支部での戦いに《付加》を使ったのが失敗だったか)
 百を超える戦力を相手に、さすがのモミジも剣術一つで対抗できる筈も無い。あの場面では剣の魔導器を使わなければならなかったとはいえ、リィンの勘の良さを甘く見ていた。
 先程から、剣の嵐は継続中だ。ただ剣を裁くだけでは無い。一分でも、一秒でも剣の打ち合いが続く様に立ち回りを調節している。おそらく、相手三人は次の砲撃で全てを決めてくる。リィンの砲撃の後に、全力攻撃。砲撃を剣の魔導器で防いだ瞬間に起こる、『容量不足』による剣の崩壊。それによって低下するモミジの戦力。
その間一秒足らずだが、その一秒で勝負を決する。
(…………手札は二つ、か)
 状況を打破できる手段は、二通りあった。
 一つは、切れば確実に勝ちを得られる札。ただし、後々にしっぺ返しが来る。
 一つは、切っても満足のいく勝利が得られない可能性がある。こちらは前者と違い、この場面だけを『我慢』すればいいだけだ。
(札の切り所を間違えちゃいけない)
 強力な手札であればあるほど、使うべき場面を選ばなければならない。だから、この場で選ぶべき手段は一つしかない。
 体力的な問題もある。決断したら即実行あるのみ。
 モミジは微妙な力加減で続けていた剣の応酬に一手を加える。抑えていた剣戟の回転速度を跳ね上げたのだ。まだ実力を隠していたモミジに、アズハスとレアルは両者ともに驚きを隠せなかった。だが、驚きを抱きつつも両者は一撃離脱の戦い方を止めない。戦場の速度が一段階上がり、命のやり取りである筈の戦場が、壇上の上で人が踊る舞台の様な演出を見せた。
「そろそろ、終わらせてもらうぞッ」
 レアルが吼える。二人を相手にするモミジの体力も減っては来ていたが、それはモミジを相手にする二人も同じ。絶え間なく魔力を魔導器に送り込んでいた両者は、己の限界を感じつつあった。体内の魔晶細胞は、酷使すれば当然疲弊する。魔素の変換効率や、身体強化の低下を招く。これ以上続けば、いずれは動きが止まる。
 決着をつける。レアルは現段階で可能な限りの魔力を練り上げ、全てを魔導器に叩きこんだ。小規模な台風を思わせる風量が刀に纏い吹き荒れる。
 ――――それを、全て推進力に変換する。
「喰らえッ!」
 ゴガキンッと、肩の関節がずれるような音が聞こえてきた。痛みの後に衝撃、その後に鋼同士がぶつかり合う轟音。視力を凌駕した超速の斬撃を、モミジは反射神経と勘で受け止めていた。
 後方の離れた場所に、ドサリと何かが地に落ちる。リィンが、ロクな受け身も取れずに地に転がったのだ。あれほどの速度は本人にも制御不可であり、当然ブレーキも利かない。勢いありあまり、あそこまで飛んでいったのだ。加えて、その速度からの斬撃を繰り出した事により、彼女の体にかかる反動もモミジと同等かそれ以上。魔晶細胞の恩恵があるとはいえ、数分は動けない。
 数分の行動不能の代償を払った特攻は、だがモミジはそれでも防いでいた。
 防御の代償は、数秒間の硬直。
「最大出力――行きますッ」
 カラドボルグが主の命を受け、咆哮を発した。直径一メートルはあろう魔力の砲弾が、レアルが捨て身で放った一撃に硬直を余儀なくされたモミジに迫る。万が一、純粋な剣で防がれるのを懸念し、最大の威力を放ったのだ。
(さぁ、どう出ますかッ)
 爆発の余波を受けない、且つ一瞬で間合いを詰められる距離に待機するアズハスは、モミジの次の一手を待つ。防ぐなら、剣が崩壊した瞬間に止めを刺す。避けるにしても、躰の硬直から無理やり躰を動かす弊害で絶対に体勢が崩れる。狙い目は変わるが結果は変わらない。
 そして、砲弾は剣を盾に構えたモミジに――――直撃した。
「――――なんですって?」
作品名:邪剣伝説 作家名:Aya kei