邪剣伝説
あの圧倒的な超火力を前に、ほぼ無傷。たった一つの現実だが、その現実を可能にできる人間が、この支部に存在するのか。
「そ、総員ッ、白兵戦用意ィッ」
恐怖を誤魔化す様な、指揮官の叫び声。まるで金縛りにあっていた騎士達が、この一声で自由を取り戻した。
――――ウォオオオオオオッッッッ。
戦闘を可能とする騎士が数百と余名。当該支部の保有する総戦力。それらが、一斉に反逆者へと殺到した。
先制を行ったのは、後方から上がる騎士達による遠距離攻撃。炎や風、氷や雷などの様々な属性の攻撃が遠方より放たれる。これらの攻撃で相手の出鼻を挫き、近距離戦で敵を迎撃するのが、白兵戦となった時の指示だった。
「ま、常套ではあるが、そう甘くはねぇよ」
呟きを聞きとれたのは、果たしてどれだけいたのか。
モミジは予め練り込んでいた魔力を腕輪に注ぎ込み、即座に剣を具現した。砲塔を刺し貫いたモノ程ではないが、十分に無骨な両刃の剣。
それを、目前の地面に勢いよく突き立てた。モミジの能力とこの行為の意図を掴めた者はどうにか足をとどめる事が出来た。だが、それ以外の者は気付かずに反逆者の元へと走る。
「唸れ――――激震ッ」
ズンッと大きく地面が震えた。そして、モミジと眼前に広がる大地が、大きく隆起した。地殻の変動で大地が隆起し、山が出来上がるのと同じに、だがその数百倍の速度。まさに大地震が起こったかと思える程の隆起が起こった。
隆起現象に巻き込まれた騎士達は、せり上がり急勾配になって行く地面から投げ出され、高所から下へと投げ出される。唐突に起こったそれに反応できず、ロクな受け身も取れず地上に激突した。そして、隆起した大地は壁となり、降り注いだ各種の遠距離攻撃を防いでいた。
辛うじて、運よく――あるいは運悪く――隆起の頂上にしがみ付いていた騎士の一人は、すぐさまモミジの方を見据えた。この大地変動を引き起こした剣は既に半ばから折れていた。これ以上の変動は起きないようだ。ところが、モミジはこの時すでに、別の剣を真横へと振りかぶっていた。
狙われているッ、と慌ててその場を離れようとした騎士だったが、モミジの向いている方を見て疑問に思った。一瞬、自分に向けて攻撃すると思いきや、モミジが向いているのは、彼自身が作り出した隆起だ。
「吹き飛ばせ――――」
この声を聞き、騎士は青ざめた。まさか、奴はッ――。
急いで後続の者に知らせようとした時は既に遅し。
「爆ッ砕ッッッ!」
隆起に向けて、モミジは横薙ぎに剣を叩きつけた。剣は砕け散り一瞬の火花が舞う。そして轟く爆音。発生した大爆発に隆起は切り立った粉砕され、大きな礫の群がモミジの対岸へと散弾の如くに弾けた。
礫の嵐に晒された騎士達が、一気に薙ぎ払われる。
大地の隆起が完全に崩れ落ちた時、無事に地面に立っていたのは、当初の半数程度。どれもが最前線よりも一歩手前に居た者たちだ。最前方を走っていた騎士達は、殆どが石のつぶてによって動けない状態にあった。
一手目の防御は、二手目の攻撃への布石だったのだ。七剣八刀があるからこそできる芸当。およそ『剣』の器に収まるのであれば、ありとあらゆる存在を生み出す始原の理器。その範疇内には当然、剣の形をした魔導器も含まれている。手札の数は数多ある魔導器の中では随一を誇る。
仲間の半分が戦闘不能に陥り、騎士団陣営の足は浮きだった。戦闘が開始してから五分以内でこれだけの被害だ。圧倒的な戦力差を認識せずにはいられない。訓練に明け暮れ、実戦も経験する勇士であろうと、躊躇うには十分な現実だ。
「…………まぁ、邪魔さえしなけりゃこっちとしては楽っちゃ楽だしな」
得物を向けども踏み込んでこない敵集団に、モミジは自分から攻撃を仕掛けようとはしなかった。一分の隙も無く、それでいて余裕のある足取りで、支部へと進む。その針路上に居た騎士達は、咄嗟に得物を構えるが、挑みかかるまでは至らない。まるで道を明け渡すかのように二方に割れ、モミジを通してしまう。
誰もが、動けなかった。緊張感はある。戦う意思もまだ残っている。状況は爆発寸前の火薬の様に一触即発だった。けれども、逆を言えば火薬は火種が無ければ炸裂しない。誰もがその最初に火花になるのを恐れていた。
――――挑めば、負ける。
勝てる要素お見い出せない状況の中にあり、進んで捨て石になれるほど、勇敢で無謀な人間はいなかった。そう言った人間性を持つ者は、石のつぶてで薙ぎ払われた者達――戦闘不能に陥った者達だ。だからこそ最前線で果敢に挑んだのに、結果は悲惨であった。
「さて、ちゃっちゃと終わらせちまうか」
モミジはサッと手を振ると、一本のナイフを生み出した。その刃先を口元に寄せる。
『あー、あー。マイクテスマイクテス』
次に彼が言葉を喋ると、人間の音声とは思えない大音量が空気を震わせた。空気の振動を増幅させる効果を付加した魔導器を利用した、拡声器だ。支部の敷地内すべてに、モミジの声が響き渡る。
『教団支部の中に居る奴らに告げる。俺は今からその建物を『破壊』する。崩落に巻き込まれて死にたくなかったら、今から五分以内に建物の中から退避しろ。良いな。五分以内だぞ。分かってるとは思うが、脅しじゃねぇからな。やるっつったら本気でやるからな』
一方的な勧告だった。
支部の中に居て外の状況を見守っていた者達は、最初は何が起こっているのかを理解できず、だが三十秒ほどの後に堰を切った様に逃げ出した。彼らは目撃しているのだ。者の数分で襲撃者が戦闘員の半数近くを数分で返り討ちにしてしまった場面を。それだけの所業を仕出かした襲撃者の勧告は、一切の微塵のブラフも無く、本気であるといやでも読みとれた。
モミジの勧告から四分三十分後。
支部の内部に残っていた教団信徒や非戦闘騎士達は建物の内部から脱出していた。正門から出る際、モミジの姿を確認し足を止めるが、後から外へ雪崩出す人の波に飲まれて無理やり敷地の外へと追いやられる。戦闘可能な騎士達は、そんな同僚達の流れに被害が出るのを警戒し、モミジへの攻撃を一切出来なかった。あるいは、これもモミジの狙いだったのか。
隠して五分後、教団支部の中から逃げ出す人間の姿はいなくなった。
「では…………ちょっと本気を出しますか」
この五分間に練りに練り上げていた魔力を、余さず魔導器に注ぎ込む。膨大な量の魔力を得た腕輪は眩しいほどに輝きだした。その腕輪を纏った右腕を、天に向けて突き出す。
「どッッッ――――――せいやァァァあッッッ」
この場に居た誰もが。非戦闘地域である市街に居るモノも、教団支部の方向に現れた『ソレ』に口を唖然とさせていた。
腕輪から溢れた光は天へと昇り、光が弾けるとそこには天を貫く鋼の一振り。全長を三十メートルを超す、銀色の柱が出現していた。最初、それが『剣』であるとは誰も認識できなかった。
身の丈以上にある『剣』の『柄』を両手で支える。
「断ち切れ――――ッ、大ッ断ッ刀ォォォォォォッッッッッ―――――!!」