邪剣伝説
そこまで言い掛けて、モミジは一度口を噤んだ。勢い任せに喋りすぎた。これ以上に内情を掘り起こすのはよくない。
「――――とにかく。俺は騎士団に戻るつもりも、お前の協力を得るつもりも無い。この時この瞬間、こうして話していられるのは、例外中の例外だ」
「でも…………」
なおも食い下がろうとする幼馴染を、モミジは容赦なく叩き伏せる。
「お前がお人好しである以外にも、俺に強い恩を持ってるのは知ってる」
十年前に、リィンが孤児院の仲間に陰湿ないじめを受けていた頃の話だ。そこにモミジが介入し、リィンへのいじめが無くなった時から、リィンはモミジの後を追う様になった。当時の彼女にとって、モミジはヒーローか何かに見えたのだろう。性格的には合わない筈の封印騎士団に入ったのも、結局はモミジの後を追ったから。いくら適性があっても、封印騎士団への入団は自由意思に任せられる。
「けどな。ありゃ所詮は子供の頃の話だ。ガキがまだ世界を知らなかったから。自分とは逸脱して違う人間(そんざい)を認識出来ていないから起こった。だから、大概の事はこっぴどく怒られて、それで終いだ」
モミジがリィンへのいじめを止める時は、相当に大暴れをした。己よりも体格の良い年上の男子五人を相手に大立ち周りをし、それら全員を泣いて許しを請うまでに叩き伏せたのだ。最後は孤児院長にこっぴどく怒られた。が、子供だからそれだけで許される所業で、大人になってそれをやれば、過剰防衛で逮捕される。
「あの頃の恩を、今の今まで引きずる必要なんざねぇ。あの恩以上に、お前は俺に十分すぎる礼を返してくれた。だから、お前が俺に恩義を感じる必要はない。だから、お前が俺を助ける義理なんざ、欠片ほども無い」
「じゃぁ、モミジ君はあの時義理とか恩とか考えて私を助けてくれたの?」
「恩の押し売りが俺のやり方だって、知ってるだろ?」
「答えになってない」
「十分過ぎるほどに答えてると思うがな」
「私が聞いているのは、普段の行いじゃなくて、十年前の事を言ってるの」
上手くはぐらかされてくらないなぁと、モミジは舌打ちしたくなった。さすがは幼馴染、モミジの言動を知りつくしている。戯言は通用しないらしい。
「ガキの頃なんざ、無鉄砲で考えなしに行動するのが特権だ。ただ単に、女の子にカッコイイ姿を見せたかっただけだ。とにかく、俺はお前の助けを借りる気は毛頭ない。仮に、お前の協力が得られたとして、俺の行動はぶれない。立ちふさがる全てを叩き伏せて、俺は目的を完遂する」
あからさまに強引な話の終わり方だ。
「そんなんじゃ分からないよ。それじゃモミジ君の助けになれないよ」
「だったらこう言おう。俺を助けるって事はつまり、人を傷つける手助けをするってのと同じ意味だぞ?」
「――ッ」
突き付けられた残酷な因果律に、リィンは言葉を抑え込まれた。
「お前にそんな真似が出来るのか? 反逆者である俺すら惜しもうとするお前が。何の罪も無い奴らが傷つけられる様を黙って見ていられるのか? その覚悟も無い奴が傍に居たって、足手まといになるだけだ」
「わ、私は…………」
なおも言い繕うリィンに、モミジは容赦しない。
「傷つける覚悟も無い奴が、安易に『助ける』なんて事を口にするな」
嘲りも無く、ただモミジは事実を述べた。モミジの行く道は修羅の道だ。降りかかる火の粉すら払えない者が進んで良い道では無い。
「この道はお前には似合わない。お前は、素直に人を助けてろ。それが、一番似合ってる」
小さく振りかえり、口の端を釣り上げた顔を残し、モミジは今度こそ扉の外へと姿を消した。
冷気のこもる部屋に残された少女は、閉ざされた扉を見つめる。
「似合ってないのは、モミジ君だよ」
――――その翌日。
「き、来ましたッ! 『奴』ですッ。コクエモミジですッ」
時は明朝。太陽が地平線から顔を出し、日光が地平を照らし始めた頃。
反逆者、コクエモミジは太陽と共に女神教団支部に姿を現した。正門からゆったりとした歩み来る姿は堂々としており、それだけに自信が読み取れた。
門の守衛がモミジの姿を確認するないなや、施設全体に警報音が鳴り響いた。第一級戦闘配備の合図。これまで一度として使われる事のなかった装置が、たった一人の反逆者相手に音を響かせた。数日前の時点でモミジの存在が確認されたのと、場に居合わせた上級騎士の一人が提案した警備体制が功を成し、本日にモミジが発見されてから僅か数分で厳戒態勢が完了していた。
「全砲門開けッ。第一次砲撃――――撃(て)ェッ」
有事の際には砦となり得る教団支部には、外界に対して、数十からなる魔導器砲台が配備されている。それらが全て、ただの一人に向けて一斉に放たれた。鉄すらも溶かす圧倒的な熱量の塊が多数折り重なり、黒衣の襲撃者を襲う。
着弾と同時に、着弾点に大きな火柱が上がる。目標が避けたそぶりは無い。間違いなく、前段が命中した。砲撃手を担っていた騎士達は俄かに湧いた。やった、勝ったと。
ところが、火柱が時を置いて消え去ると、大きく穿たれたクレーターの中心には、複数突き立つ銀色の柱。よくよく見れば、どれもが巨大な剣だった。人間が扱える限界を優に超え、魔導器使いの身体能力を持ってしても扱えないだろう大質量の器物。
それらはすぐさまガラス細工の様に砕け散り、虚空へ霧散した。
「――――ッ、『奴』は健在です!」
勝利に沸いた空気は、瞬時に凍りく。
「だ、第二次砲撃充填開始ッ」
指揮官代わりの騎士が、声を上ずらせながらも指示を送る。日ごろの訓練の賜物か、砲塔手は反射的に次の準備に取り掛かった。
圧倒的な火力を誇る魔導器砲台だが、大量の魔力を消費し、その為魔素の充填に時間が掛る欠点がある。一度放ってから再度砲撃可能になるのは、およそ一分後。
この一分を、逃さなかった。
魔導器砲台の一つを担当していた騎士が魔素を充填していた時、付近で『ガツンッ』と音が聞こえた。右を見るも左を見るも、周囲の物も己と同じく砲台に掛りきりであり、床に重たいものが落ちた形跡も無い。気のせいか、と再び魔素の充填に没頭しようと目の前の砲台に視線を戻した時、彼は驚愕に声を張り上げた。
幅広の剣が、円柱状の砲塔を前から後ろまで刺し貫いていたからだ。
それを皮切りに、至る所で硬質な音が響き、その度にどこからか飛来した剣が砲塔が串刺しにされていく。無論、剣が付きたった砲台は内部機構を破壊され、使い物にならなくなっていた。
『どこからか』など。答えは分かり切っていた。
モミジが虚空に手を伸ばす。親指は上へ。他の指は閉じて。そして人差し指は真っ直ぐ、己を狙う砲台を狙う。
「射出」
右手の腕輪が輝き、虚空に幅の広い剣が出現。それは指に沿い、砲門へとまっすぐに射出された。剣は狙いに違わず砲門に命中し、又一つ無力化していった。
その行動一つの所要時間は僅かに一秒足らず。モミジは一分の充填時間を待たずして全ての砲塔を破壊した。第二射目が可能だったのは零だった。
これ以上の砲撃が無い事を立ち止まって確認したモミジは、又も歩きだす。その一歩一歩が、まるで地獄の使者降りたかのような重みを感じ、場に居合わせた全ての騎士が恐怖を覚えた。