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邪剣伝説

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「その位は知っている。この世のどこにでもあり、全ての事象の可能性の根本とされるのが『魔素』。それを空気中より体内の魔晶細胞に取り込み、圧縮し魔力を精製する。これが魔導器使いの基本事項だ」
「つまり、魔力ってのは、高圧縮された可能性そのもの。そいつを器となる魔導器に叩きこむ事によって、『不安定な可能性』が『形ある確定要素』として具現する」
 揮発性のある気体を圧縮し、液体状にしてから火を付けるのと同じだ。気体の時は小さな変化でも、圧縮する事によって効果を相乗的に飛躍させる。違いは、ここで言う気体が魔素であり、可燃性では無く、切欠さえあれば万物へと変質する『不確定要素』の欠片である事だ。
 何を当たり前の事を、と言わんばかりの表情をするレアル。その程度、魔導器使いに限らず、常識に聡いものならばだれでも知り得る知識だ。
 けれど、次に続けられた言葉に、首を傾げた。
「さて、ここで俺の言った『魔素の枯渇』って意味を振り返ってみようか?」
「…………何だと?」
「言ったよな。魔素ってのは可能性の種子だ。もしそいつが根こそぎ奪われでもしたら、後に残るのはなんだ?」
 可能性が、無くなる…………それを人間に当て嵌めるならば。
 ――――物質の可能性が無くなるとは、物質の死に他ならない。
 死とは万物にとって必衰の終焉であり、終わった物にもはや変化は無い。人間は死ねば躯となり、ただの肉の塊となり果てる。その死体はいずれ腐り、白骨となり得る。これも変化と言えば変化だ。物質としての可能性が具現化したに違いない。
だが人としての変化はもはや結末を迎えている。人は生きているからこそ可能性を持ちえるのだから。。
理屈は分かる。
「確かに。体内の魔素はいわば人間の生命力に直結している。著しい減少は人命を脅かす場合もある。だが、過去四件の死体はどれもが上級騎士だ。普段から内包する魔素の量も常人以上」
 モミジの言葉が正しいのならば、一連の変死体の死因は魔素枯渇による生命力の低下だ。だが、魔素を取り込み魔力を精製する細胞を有する魔導器使いは、常人よりも数倍もの体内魔素を内包している。魔導器使いの身体能力の高さは、魔晶細胞の活性化だけでは無く、体内魔素の豊富を要因とするタフネスさにもあった。
「それに、今この街は比較的平和と言っても過言ではない。仮に死因が魔素の枯渇であったとして、いつそれだけの魔素を消費する。そもそも魔導器を使う機会があったのか?」
どちらにせよモミジの説明には無理がある。
「…………」
 モミジが小さく沈黙した。そして、重苦しいため息を吐きだした。
「ここから、少しばっかし胸糞悪い話になるがいいか?」
「それは、必要がある話なのか? なら、話せ」
「確信はねぇがな。最悪の場合、死体の数は四人どころの話じゃねぇぞ」
 ドクリと、レアルの心臓が嫌な音を鳴らせた。背中に冷たい汗が流れおちた。
「レアルの考えてる通り、魔導器使いが白化する事は、実はあまりない。けど、現にこの死体は白化してやがる。過程はどうあれ、こいつは白化を引き起こすほどに魔素を消費して、死んだんだ」
 もし言い換えるとするならば。
「…………大容量の魔素でありながら、死に直結するほどの魔素を消費した、と言う事か」
 そこまで行って、ふと気が付く。
 死体の数は四人どころでは無い?
 改めて死体を見れば、報告に合ったとおり、躰の一部が欠損し、欠損部には白い砂が付着している。
 ――――欠損しているとはつまり、その部分が消滅していると同意義だ。
「ま、さか。上級騎士が変死体で発見されるのではなく、上級騎士だから変死体として発見できたと言う意味か…………ッ」
 口にした途端、胃の中身が逆流しそうになる程の圧迫感が押し寄せてきた。
「…………魔導器使いでさえ躰の一部に白化が引き起こる程の魔素の枯渇だ。その半分もない一般人なら、全身が跡形も無く白化してらぁな」
 白化の粒子は、かなりに細かく軽い。少しでも強めの風が吹けば、砂山の様に削れて消し散る。
死んだ事すら発覚していない大量数の死傷者数が発生している可能性があるのだ。
「多分、行方不明者の捜索願いが治安維持の部門に相当数出てる筈だ。覚えはないか?」
「……………………」
 心当たりはある。
「その様子だと。悪い予感は的中しちまったみたいだな」
 くそったれが、とモミジは吐き出した。
 常に飄々とし、相手の感情を受け流し戯言を吐き出す彼が、あからさまに怒りを孕んでいた。過去、共に封印騎士として肩を並べていた時にすら滅多に見せない、剥き出しの感情だった。
 ただ、レアルの中に、どうしてか安堵した感情があった。
 立場は敵同士になってしまっていも、理不尽な暴力を酷く憎む心根は変わっていない。
「…………俺はネタを明かしたぞ。今度はそっちのネタを聞かせてくれ」
 厳しい表情は和らぐも、真摯な眼差しでレアルを見る。死因は愚か、隠されていた大量殺人の可能性までも教えられたのだ。それに見合う情報を教えなければならない。
「分かった。何が聞きいたい。私が知りうる限りは答えよう」
「別に簡単だ。辛うじて死体で発見された上級騎士。そいつら全員の正確なプロフィールと、死体発見場所の資料が見たい」
「たったそれだけか?」
「それだけだ。それで、俺のネタとイーブンにしてもらう。安い買い物だろ?」
 安すぎる、とレアルは不審を抱いた。
 モミジからもたらされた情報は、騎士団にとって有益な情報だ。対してこちらからの情報は、騎士団員なら簡単に閲覧可能だ。モミジの立場でそれを望むのは楽ではないが、困難とはほど遠い。内部からの手引きがあるなら容易だ。
 この取引、封印騎士団(こちらがわ)が圧倒的に得をする。
「…………了解した」
「恩に着るぜ」
「勘違いするな。これも騎士としての務めを全うする為だ。それと借りを作りたくないだけだ」
「わぁってるよ。俺達はあくまでも情報のやり取りをするだけだの、取引相手いだ」

 レアルが資料を取りに安置室から出て十分後。控えめなノックが扉を叩いた。
 たっぷり十秒を待ってから、モミジは内側からノックを返した。そこからさらに外からのノックがされる。この十秒間と繰り返しのノックは、扉越しに互いの正体を確認する為の合図だ。どれか一つでも抜けていれば、どちらかが別人かあるいは部屋の中に誰もいないことを意味していた。
 万が一に、レアルが騎士団員を集結させてこちらを包囲する可能性もあったが、モミジはこれを頭から否定していた。女性に対しては些か失礼だが、レアルはまさしく武人だ。恩を仇で返す真似はしない。
 ただ、外から扉を開けた人物は、モミジの予想をある意味で裏切っていた。
「も、モミジ…………君?」
 自分を『君』付けで呼ぶ人物など、モミジは一人しか知らなかった。
「…………リィンか?」
 少しだけ開かれた扉の隙間から顔を覗かせたのは、レアルでは無くリィンだった。元教官では無く、元同僚である幼馴染の登場に、モミジは小さく驚いた。
「…………とりあえず中に入れ。死体の安置室に顔突っ込んでる所なんか人目に付いたら、いやがおうにでも怪しまれる」
「う、うん。失礼します」
作品名:邪剣伝説 作家名:Aya kei