邪剣伝説
剣を絶え間なく合わせている最中であるのに。アズハスが魔導器を発動させ、凄まじい衝撃が襲ってくると言うのに、モミジは講釈を述べる教師の様に口を止めない。
「お前さんの籠手の場合、支配系は除外。仮にそうだとしたら、俺の攻撃は常に倍返しになるからな。そうなると残るは直接か間接なんだが――――」
「かぁッ!?」
グンッと、モミジは剣を大きく振りかぶる。出始めの隙も大きく、外した場合の隙もまた大きい。守るに易く、攻めるにも易い。だが、この瞬間であって。絶え間なく剣を交錯させていた最中にもかかわらず、アズハスはその一撃を避けられず、又避けられない。繰り返された斬撃は、いつしかアズハスを窮地にまで追い込んでいた。刃が入り乱れる線所の中であった、絶好の機会。
この一刀は、まさに必殺の一撃。
振り下ろせばこの戦いが終わる剣の一斬を、モミジは何の感慨も浮かべず振り下ろした。
――――その時、アズハスは己の勝利を『確信』した。
次の瞬間、バキンッと剣の折れる音が響き、そこから一拍遅れてアズハスの肩に片刃の峰が叩きつけられていた。
「―――――え?」
鎖骨が折れる激痛が伝わるよりも、アズハスは呆けるしかなかった。
思い描いていた結末と、現実に起こった結末が、違う
「な…………にが」
激痛に握力が無くなり、手から剣が零れ落ちる。足からも力が抜け、膝をつくも、それでも聖騎士の青年は現実を疑う様に目を茫然とさせていた。
「お前さんは剣士だ。剣士タイプの魔導器タイプは総じて直接系の魔導器を好む。剣に効果を纏わせて攻撃力上げたり、躰に纏って防御力も上げられるしな」
当然の心理を口にするモミジだが、真理は別だった。
「けど、お前さんの使っている魔導器は間接系だろ?」
焦点を失いかけていた目に意思が戻り、ハッと反逆者の顔を見上げた。
「気付いて…………いたのですか」
「言ったろう。魔導器に関しちゃ、俺の知識量は枢機卿に匹敵するって」
不敵な笑みが、肯定の代わりだった。
「使ってる場面が限定的だから。どれも、俺の攻撃にちゃんと対処できていた時に、しかも俺が先手の時にしか反射の効果がなかったからな。常に剣やら盾に展開できんなら、常時反射してただろう。威力の底上げにもなる」
最後の一刀が振り下ろされる直前、アズハスは己の頭上に『力場』を形成していた。モミジの指摘通り、彼の籠手は空関系の力場形成型魔導器。自分の周囲に衝撃を吸収し反射する強固な力場を形成する。
「もしかしたらワザと使う場面を限定していたって場合もあるが、その時はその時で考えてたしなぁ。反射型の力場は作った後は大概使い捨てだ。躰に直接貼り付けようがそうでなくとも、二撃目以降には意味はない」
モミジの右手には、刀身半ばとなった折れた剣。そして左手には、アズハスの型を打ちすえた片刃の長剣。
アズハスの目論見は単純だ。頭上に形成した反射力場でモミジの斬撃を跳ね返し、そこにできた隙を突く逆転狙い。剣士の自分が間接系力場形成型魔導器を使う筈がないと言う相手の心理を利用した、最後の手段だ。
攻撃を始めてから斬撃限定で力場形成を盛り込んだのは、力場を攻撃にのみ使うと思わせる為だ。
魔導器が間接力場形成型。そしてそれは防御にも回す事が出来る。この二つの概念を相手の頭から消す事が、アズハスの勝つ為の策だった。
ただ、アズハスも一つ失念していた。
彼が相手をする反逆者の持ちうる剣は、一つでは無い。
「七剣八刀。所有者の意のままに、『無限の剣』を生みだす宝具ですか」
アズハスの反射力場に、確かにモミジの一刀は防がれた。その時、モミジの持つ剣は反射した斬撃の圧力に耐え切れず、半ばからへし折れた。同時に、反射力場は効果を失い消滅した。
その上から、新たに生み出された剣が反射力場の無くなった空間に振り下ろされたのだ。
七剣八刀は剣を無限に生み出す魔導器。魔力を擬似的な物質として変換し、所有者の望む形として剣を生み出す《始原の理器》。大きさから切れ味、強度形状等々、およそ『剣』の範疇に収まるのならば、この世のありとあらゆる名刀妖刀を作り出す。
「最初の最初に俺の攻撃を力場で防御したのが悪かったな。あれがなけりゃ間接系か直接系か最後まで判断しかねた」
「だとしても…………結果は変わらない」
「そうだな。どっちにせよ、剣は壊れるからな」
直接系であれ間接系であれ、どちらにせよ最初の一刀で剣は壊れる。モミジが途中でそのように強度を調節したのだ。新たに作るのではなく、出来上がった物に手を加える。一秒未満で行われた作業の後に二刀目が振り下ろされるのだから、結果に差異は無い。
勝敗に差異はない。
「さて、と。お勉強の時間はこれで終わりだ。お前さんにゃ悪いが、ちゃっちゃと吐いてもらうぜ。『聖剣』の在り処をな」
「――――私が喋るとでも思っているのですか?」
激痛の響く肩に手を添えながら、好戦的な視線でモミジを見上げる。もはや否定しないのは、モミジの中の確信が強固になっているのを察しているからだ。
「喋ってもらえると俺としては非常に助かるんだがな」
折れた剣を捨てると、モミジはもう一方の剣をアズハスの首筋につき付けた。恐ろしく切れ味のある切先は、触れただけで肌に血の球を浮かばせる。
「例えこの身がどうなろうとも、反逆者に加担するような事はしない」
進んで首を差し出す勢いだ。説得する自信はない。戯言繰り言はモミジの十八番だが、それは挑発目的に特化している。相手を懐柔するにモミジの話術は適さない。
「だよなぁ。聖騎士に任命されるような奴だし。ま、ぶっちゃけそこは期待してなかったし、別に良いんだがな」
結局、やることなす事はいつもどおりだ。地道に情報収集して『聖剣』のありかを突き止める。幸いは、有無の判断がついたこと。一か零かの判断が出来ただけでも上々だ。
「んじゃ、気の毒だとは思うが少しの間眠っててもらうぜ」
アズハスの骨折など、回復系の魔導器であれば一晩で完治する。この聖騎士はモミジにとって脅威にはならないが、かといって邪魔にならない訳ではない。一番楽なのはこの場でアズハスを殺す事なのだが、それはモミジがしたくない。
行き着く先は、数日間気絶してもらうしかない。
モミジは改めて剣の峰をアズハスに叩きこもうとした。
寸前、モミジの手から剣が吹き飛んだ。
「づぁッ……ッ」
剣の腹に、横から強烈な衝撃が襲った。不意の一撃に手から柄が引きはがされ、剣は遠くで乾いた音を立てて転がった。
「だぁッ畜生。もう嗅ぎつけやがったのかッ」
小さく痺れる手を押さえながら、衝撃がやってきた方向を睨みつける。
視線の先、かなり遠くの廃屋の屋根上だ。人影を見つけた。
「クソっ。リィンの奴。相変わらず良い腕してやがる」
僅かに確認できるほどの距離でありながら、モミジは屋根上の人物を特定していた。
屋根上の人影は、身の丈ほどの棒状の物を構えていた。
その先端が、跳ねあがった。
「――ッとぉ!」
モミジが膝をつく聖騎士の傍から飛び退くと、それまで彼が立っていた場所の地面が大きく削れた。そのままモミジは何度も飛びはね、同じ数だけ地面が爆ぜる。
《撃鉄・カラドボルグ》。