邪剣伝説
六本の投擲剣を、直進してくるアズハスへと投げつける。魔導器の恩恵も無い純粋な腕力の身の投擲。だが、投擲速度と剣自体の重量を合わせると、厚さ一センチ程の鉄板でも貫通し得る威力を秘めていた。
突進を中止して避けるか、剣を使って弾くか。単純だが重要な対処の選択肢のどちらを選ぶのか。モミジはその二択を見極めながら、新たな剣を手の内に宿した。避けるにしても、剣を使うにしても、アレだけの数だ。直線的な動きによる最速は途切れる。
「――――ふっ」
六つの投擲剣とアズハスの距離が零になる寸前、衝突する間際に、聖騎士は微かに頬の橋を釣り上げるのを、モミジは見つけた。
聖騎士が取った行動は、モミジの予想のどちらでもなかった。
突撃したまま、剣を軽く振るうだけで迫る投擲剣の群を全て弾き返した。まるで投擲剣が見えない壁に阻まれた様な光景だった。弾かれた剣はあらぬ方向へと飛び、すぐさま形を失い霧散した。
「へぇ」
モミジは予想に反した光景にも関わらず、驚きよりも感心が上回った。
初速から終速まで全く同じのまま、最短最速の距離を駆け抜けたアズハスは、振り上げた剣を勢いのまま振り下ろした。単純な動作故に力強い斬撃を、モミジは『手に持つ』剣でしっかりと受け止める。腕から足にかけて、ズンッと深い力の流れが伝わる。鋭くも重い一撃に、モミジの靴底が地面にめり込んだ。
「お前さん、顔に似合わず割と肉体派だな」
「あなたの様な人に褒められても嬉しくはありませんよ」
「本心からなんだけどな」
「尚更余計にですッ」
アズハスは二撃三撃と斬撃を繰り出し、更に続けざまに斬りかかる。そのどれもが酷く重たく、鋭い。肉体に掠っただけでも重傷に匹敵する。それらの連続攻撃を、モミジは初撃と同じく冷静に着実に受け止め、あるいは流す。
「どうしました、守るだけでは勝てませんよ?」
モミジは答えず絶え間なく斬撃を防ぎ続ける。まるで運河の最中にある岩の様に、迫る斬撃の奔流を柔かく受け止め、無駄も無く流しきって行く。
――――と、打ち合いの数が五十を超えるあたりから、アズハスは違和感を覚え始める。攻め続けている筈なのに、一向に攻めきれない。逆にモミジは、打ち合いが続くにつれて気合いに満ちた面持ちへと変じて行く。
精神的な変化だけでは無い。
「ほらほらどうした、攻め続けてるのに勝ててねぇぞ」
「――――そんなッ」
アズハスはようやく気が付く。両者の間に交えられる剣の速度は、当初の二倍以上にまで加速していた。
モミジはアズハスの斬撃を防ぎつづ、彼に気づかれない様に少しずつ剣速を上げて行ったのだ。最初は何も無く対処できていたアズハスだったが、だんだんと上がり続ける剣の打ち合いに反応しきれず、いつの間にやら攻める側と守る側が入れ替わっていた。モミジの弾幕のような斬撃を、アズハスが必死に対処する形だ。
額に汗を滴らせ始めるアズハスに、モミジはシレっと。
「ちなみに、後二段階ぐらいは上がるぜ?」
嘘か真かは、嵐の様な斬撃を繰り出しているモミジの表情を見れば分かる。今もなお上がり続けている剣速。彼の言葉に嘘と判断できる要素は無い。
――――剣の腕では相手が一手も二手も上か。
悔しげに歯噛みするよりも、アズハスは次の一手を選ぶ。
「ならば――――ッ」
モミジは至近距離に魔力の気配を察知した。途端、振り下ろした剣を通し、柄を握る腕に凄まじい衝撃が襲った。
「のォ…………ッ!」
それまで打ちあっていた相手の得物が、剣から斧に変わったかのような感覚。急激に襲いかかる圧力に負け、躰ごと後ろへと吹き飛んだ。否、下手に対抗せず、力に任せて自ら飛んだのだ。
「逃がしませんよッ」
飛び退きから着地までの僅かな間に、アズハスは再び距離を詰める。
ただ、踏み込みの速度が凄まじい。初撃時の時よりも数段階上の、背中に爆薬を仕込んでいると錯覚するような急加速。モミジが靴底を地に付ける前に、アズハスが剣を薙ぎ払う。
「甘いって」
ズゴンっと、鋭く突き刺さる音。横合いから薙ぎ払われた両刃剣は、モミジの躰に届く前に、剣とモミジの間に現れた、地面に刺さる鉄の柱によって遮られていた。
ガォオンッと、巨大な鉄塊と鉄塊が衝突し、盛大な反響音を鳴らせた。
よくよく見れば、柱はそう呼ぶには随分と薄く、鏡の様に光を反射している。そして地面に突き刺さっているのと反対方向には取っ手の様な物が付いている。
それは、紛れもない、巨大な剣だった。
「今のを防ぎますか。厄介な能力ですね」
「なるほどね。お前さんの魔導器は剣じゃなくて、その手甲か」
モミジの視線はアズハスの右手に嵌められた簡素な鎧手甲に注がれていた。今この瞬間、アズハスの魔力の流れは手甲に集中していた。
そこまでならアズハスも別に驚かない。そこは別に隠すべき手札では無い。
けれども、モミジの次の言葉にアズハスは目を見開いた。
「一方向からの衝撃を吸収し反射する力場(フィールド)を形成する――大体そんなところだろ」
「――――そんなッ、こんな短時間でッ」
アズハスの所有する魔導器の効果を看破するモミジ。
「悪いな。自惚れちまうが、魔導器の知識量なら、俺ぁ枢機卿クラスに匹敵するぜ」
自信あり気なその言葉は、この瞬間だけならアズハスは信じるしかなかった。同じく、アズハスの狼狽ぶりが、モミジの推測を確信にする。
(まだまだ青いね、この兄ちゃん)
予想や推測を強固なものにする為に必要なのは、他者の反応だ。例え確固たる証拠があろうとも、己以外の全ての者が否定すればそれは証拠では無くなる。逆にあやふやな証拠であれ、全ての人間が肯定すればそれは立派な証拠となる。アズハスの反応はこの場合の多数の肯定も同じ。モミジの言葉が正しい事の証明だ。
確定した情報を元に、モミジは自分の知識を持って更に付け加えた。
「一点に絞れば無双の力を発揮する半面、搦め手込みの捻くれた戦いには脆い側面があると見たが?」
「ッ……答えるとでも」
「あーあー答え無くても良いぜ。大体その態度で分かるから」
戦いの優劣は、よほどの圧倒的戦力でない限り情報の読み合いが決定する。百戦錬磨の豪傑であろうとも、知られざるたった一つの弱点で脆く崩れ去る。逆に、弱点が大量にあろうともそれが露見しなければ弱点は無いにも等しい。
コクエモミジは純粋に強者でありながらも、狡猾だ。
「さて、フィールドを形成する魔導器には大きく分けて三つの部類がある。一つ、空間その物に作用する間接系。総じて威力が高いが形成後に動かす事が出来ないから汎用性に劣る。二つ、肉体や魔導器自体の表面に、膜の様に形成する直接系。こっちは形成してからも取り回しはできるから、汎用性は上。ただ威力を媒体に依存するから傾向が強いからそこに関しては空間作用系に劣る。でもって三つ目は、一定範囲内を丸ごとフィールドで覆い込む支配系。間接系に近いが、こいつは更に範囲を大きくし、限定的に覆った領域全域に効果を及ぼす。魔力消費も激しいし能力も限定されるが、威力は随一」