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邪剣伝説

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「付き合ってやりたいとは思うけど、あいにくとこっちは色々と用があってね。誰かさんが丁度いいタイミングで割り込んだせいで手間が増えちまった」
「それは、私に対する当てつけか?」
 タイミングからしてレアルはそう読む。事実そうだがモミジは笑ってはぐらかした。
「想像にお任せするよ。けど、そんな訳だから長々と付き合ってやれる訳でもないぜ」
「逃がすと思ってるのかッ」
「いんや、逃げる」
 言うや否や、モミジは絶妙な加減で剣を押していた力を、筋肉の収縮だけを利用し跳ね上げる。鍔迫り合いの拮抗が崩れ、跳ね飛ばされそうになるレアルはそれでも即座に踏ん張り、両者の剣が指一つ分程離れる程度にとどまった。
 モミジの狙いはその指一つ分の距離。互いに互いの力が干渉しない空白だ。
 剣が自由になった瞬間、モミジは右脚を畳み、靴の底をレアルの腹部に添え、斜め上へと一気に伸ばす。丁度躰が浮き上がる方向への押し出しは、レアルの両足を地面から離れさせ、踏ん張りも聞かずに吹き飛ばされる。
「ガ、フッ―――ッ!?」
 女性であるもレアルの体重は軽くない。それを吹き飛ばすほどの脚力が腹部を圧迫し、レアルは口から強制的に空気を吐き出した。胃の中身が逆流する嘔吐感が込み上げるも必死に飲み込み、空中で体勢を立て直し万全の態勢で着地する。
モミジは今まさに屋根のヘリに足を掛けている。飛び降りる寸前だ。魔晶細胞による身体能力活性化は、地上から屋根までの距離を一足で跳躍するには不十分かもしれないが、逆にその距離を飛び降りるには十分すぎる。
「逃がすかァァッ」
 刀を大上段に振りかぶると、モミジの背に向けて一気に振り下ろす。瞬間、レアルとモミジを結ぶ空間を占める大気が揺らめき、自然現象とは異質に狂いを生じさせる。揺らぎは風となり、荒れ狂う空気は真空の刃を――先程の居合抜きと同質の『カマイタチ』となり、モミジの背へと奔る。
 ――――斬風〈空牙〉
 空気を操り、風を刃と化す魔導器の刀だ。
 モミジは丁度、屋根の縁(へり)を蹴り、重力に引かれて自由落下寸前。僅かな滞空時間の中だった。このままでは躰が落下を始める寸前にカマイタチがモミジを両断する。
「あばよっ」
 悪役の逃げ口上の様にニヤリと笑みを向けるモミジは、迫る真空の刃に向けて剣を振るった。風船が破裂するにも似た音が響き、カマイタチは半ばから両断され、霧散した。直後、モミジの躰は急激に落下し、レアルの視界から姿が消えた。

 形の良い唇が大いに舌打ちをする。レアルは後を追う様にモミジが飛び降りた屋根へと素早く駆け寄るが、そこから見下ろせる付近の眼下にはモミジの姿は無かった。
「…………逃げられたか」
 屋根に飛び乗った時と同じように、屋根の上から軽く飛び降りる。着地してからもう一度見渡すがやはり、逃亡者の姿は影も形も無い。ここら一体は住宅街であり、民家が立ち並び路地は入り組んでいる。逃げ伸びるにはもってこいの地形だ。
 向ける対象を失い、レアルは刀を静かに鞘へと収めた。
「レアルさんッ」
 民家の陰から巨大な銃を背負ったリィンがこちらに走り寄ってくる。 
「も、モミジ君はッ」
 肩で息をしながらも、リィンはレアルに詰め寄り、反逆者の所在を問い質した。けれども、その様子は敵を、というよりも探し人を求める様な聞き方だった。
「見ての通り、まんまと取り逃がした」
「じゃ、じゃあ早く追いかけないと!」
 慌ててかけ出そうとするリィンの背中に制止を掛ける。
「無駄だ。奴の捻くれ具合はリィンも知っている筈だ。一度見失えばまず見つけられん。奴が騒ぎを起こしてくれれば話は別だが」
「ですけど」
「やるなら人海戦術で虱潰しにやるしかない。それでも見つかるとは到底思えないがな」
 苛立だしげに、モミジが消えて行った住宅街を見据える。腕っ節が強いだけでは、世界全土に版図を広げる教団――ひいては封印騎士団目を逃れる事は出来ない。そんな男を捕まえるチャンスは、今回の様な偶然か、あるいは必然を利用するほかない。
 レアルの脳裏に先程、姿を消す寸前のモミジの顔が再生された。
 罪人には似つかわしくない、屈託のない笑み。
「……相変わらず人をコケにする男だあいつは…………ッ」
 ふつふつと怒りが込み上げてくる。まさに千載一遇の好機をみすみすと逃した己と、逃した対象に向けてだ。モミジがどのような感情を抱いてその笑顔を浮かべていたのかは知る由も無いが、レアルにとってはもはや関係も無い。
「あ、あははは…………モミジ君、あんまり変わってないようですね」
 変わらぬ元同僚の様子に、曖昧に笑ってしまったリィン。
レアルはキッと鋭い視線を浴びせた。「しまった」と後悔するのは既に遅い。突き刺すような視線がリィンにちくちくと刺さって行く。
 しばらく睨みつけるようにリィンを見ていたが、人息をつくと肩の力を抜いた。同時に、鋭い視線も和らぐ。
「お前がコクエモミジと幼馴染なのは、私も知っている。当然、奴に感情移入してしまうのも理解できる。私とて元同僚だからな。だがな、私達の任務はお前も知っているだろう」
「それは…………理解しているつもりです」
 明るく可愛らしい顔立ちに影が落ち、俯き加減に地面に視線を落す。理解と納得は別である事を、リィンは体現していた。
 少しして、大勢の騎士を連れた中級騎士が奔ってきた。
「は、反逆者はどこへ行ったッ!」
「落ちついてください。…………奴は取り逃がしました」
「なん――――」
 なんだとッ、と怒り声を上げよとする中級騎士よりも早くレアルが制した。
「それより、支部の方に捜索の人手を割くつもりなら止めておいた方が良い。それよりも、街の外へ出るルートの封鎖の徹底と、教団の重要施設の警備を厳重にするべきだ」
「凶悪犯を野放しにしておけと言うのかッ」
 これにはリィンが説明する。
「例え人手があろうと無かろうと彼は見つかりはしないでしょう。それに、仮に見つけられたとしても、たかだか騎士数人では歯が立たない。無用な被害を増やすだけです。だったら万全の対策を取り、奴が自分から出てきたところを迎え撃った方がいいと思います」
もっとも人数を揃えた所で彼の襲撃を防げるかと問われれば、答えはノーだ。
モミジの持ちうる能力は――七剣八刀は、使いようによっては相手が百だろうが千だろうが者ともしない力を秘めている。


「あぶねぇあぶねぇ、街の中でドンパチ始めるところだった」
 まんまと逃げ果せたモミジは現在、人気も無く、民家も無い郊外を訪れていた。都市の開発が進み、放棄された区画だ。人が住まなくなって久しい廃屋があちらこちらに点在し、中にはもはや形をとどめていない崩壊した類もある。身を隠すにはもってこいだ。
件の事件現場――レアルに見つけられた場所からして、モミジが逃げたと見せかけた方向よりも真逆の位置にある。この辺りにレアルの言った「捻くれ者」を見事に表した逃亡の仕方であった。
「レアルの頭に血が上ってたおかげでバレずに済んだなぜ。そうでなきゃ流石に魔力で位置が割れる」
 モミジは両手それぞれに持っていた二つの短刀に目をやる。事件現場で盗み聞きしていた時に使っていたモノとは少しデザインが違う。
作品名:邪剣伝説 作家名:Aya kei