マジェスティック・ガール.#1(6~8節まで)
8.
あの日、エイス・イルシャロームに向かうために乗る予定だったシャトルは、
事故で終日運休になっていた。
それを蹴って別のシャトルに乗ったのがまずかった。
道中も半ばを過ぎた頃だ。
シャトルが、テロリストにハイジャックされた。
乗り合わせた全ての人々が彼らの人質になった。
その中にあって反撃の機会を窺っていたのはたまたま居合わせた
七人の警官達だった。
なにが切っ掛けだったかは分からないが、
警官がテロリスト達から銃を
奪ったのを皮切りに、銃撃戦がはじまった。
銃撃戦の末、乗員乗客、テロリスト、
警官の双方に負傷者や死傷者が出た。テロリストは全員射殺された。
皆で協力して負傷者の手当をしていた所。
シャトルの航路上に、デブリが襲来した。乗り合わせた全ての
人々が恐怖に戦慄した。
結局、シャトルはデブリの衝突を受けて損傷し、爆発。
乗員乗客、全員が生死不明の大惨事となった。
神様というのは本当に気まぐれなのかもしれない
爆発の瞬間、またもや船体に走った亀裂から外に放り出されて、
自分だけが助かってしまった。 こんなに人を巻き込んでしまうのも、
間違いなく自分が不運を引き寄せているせいだ。
自分さえいなければ、何度そう思ったことか。
小惑星の陰に隠れていた恒星アルマークが姿を現した。
恒星の光が目に入り、ミミリは眩しさに片目を閉じた。
能力で周囲に張り巡らした大気の膜が光の強さをやわらげてくれた。
昔の思い出に暫し耽って現実感を半ば喪失していたが、
宇宙に満ちる太陽の光を見てここが宇宙の真っ只中だと
言う事を思い知らされた。
暗澹とした気持ちが心を塗りつぶした。
(空回りのポジティブも、もう疲れたよ…)
今自分がこんな目に遭っているのは、罰なのだ。
自分は、罰を受けて当然の存在なのだ。だから、死んで当然なのかも知れない。
(私も、ここまでかな。しょうがないよね、自業自得だし。
ツツジの言うこと聞かずに一人で出掛けて…。自分勝手した罰だよね。
ここにツツジがいたら、きっと怒るんだろうなぁ。
『まぁた、後先考えずに行動して。このバカ!』って。
4年ぶりに会えたのにね。…もっと話、したかったよ)
今際の際が差し迫り、同郷の幼なじみであり、遺伝子上の姉妹でもある
ツツジ・C・ロードデンドロンの名を思わずつぶやいていた。
自分は、不運に付き纏わていれる。
それは、もはや宿星というべきか、そのような星の巡りのもとに生まれついたと
しか説明のしようがない。
不足の事態に見舞われるということを予測して十二分に
対策をして準備万端整え事態に挑もうとも、蓋を開ければ結局、
不運に見舞われる羽目になる。
どうあがいても、周囲の環境と人々が連鎖を起こし、
偶然にも不幸な結果をミミリにもたらしてしまうのだ。
ミミリ自身が特別、”不幸体質なのではない”。
”ミミリの周囲の環境が結果として不運に見舞われる”のである。
ミミリでさえ、ただ事態に巻き込まれているに過ぎないのだ。
それも、天文学的な確率で発生したトラブルに間悪くだ。
その的中率を宝くじに置き換えたのなら、彼女はとっくに億万長者の
仲間入りを果たしていることだろう。
あまりに理不尽なことではあるが、それでもミミリは
己の境遇を呪うことはしなかった。
それは、自分を育ててくれた父と母のため。
それに、自分の中にある大事な何かが消えてしまう気がしたからだ。
母が言っていた。
『天命に安んじて、人事を待つ』と。
自身が不運に見舞われることを承知して、それも含めあるがままの
自分受け入れベストを尽くして努力する。
それでもやっぱりダメだったら『しょうがない』。
腹をくくるしか無いのだ。
それが、不運まみれの人生を送り続けてきたミミリの
経験則から来る、哲学と思想であった。
今回もたまたま運悪くそうした事態に巻き込まれただけのこと――
普段のメンタルならそう思えたことだろう。
冷静に考えれば考えるほど、どうあがいても今の状況から
脱する算段はなく、起死回生の要素は皆無。
正に詰み。
絶望するしかないものだった。
ミミリは星の海の中で、今までの人生を振り返っていた。
楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと。
父のこと。母のこと。そして、自分と関わった全ての人のこと。
人に与えることは嬉しくて、与えられることも嬉しくて。
いつか、マジェスターの使命を果たし、守ることでその恩を返したかった。
そう思うと、死ぬのがとても惜しいことに思えてきた。
(…死ぬのやだな…まだマジェスターとしての使命、
何も果たして無いのに。まだ、誰の役にも立っていないのに、
まだ戦ってもいないのに。
人に助けてもらってばかりで、人に迷惑かけてばっかりで…。
なにも、なにひとつ返せてない。…でも…まぁ…しょうがないかぁ…)
全てを諦観し、全てに見切りをつけ、運命を受け入れ、
ミミリは宇宙の冷たさに身を預けた。
その冷たさに同化しようと瞼を閉じた。
眼を閉じる直前に見た星々の光がとても暖かいものに感じた。
宇宙の昏がりに身を沈め、ミミリの意識も昏がりの中に溶けていった。
――暗転。
漆黒。
暗闇。
暗黒。
――光。
――脳幹から脊髄にかけて、静電気が弾けたような、微弱な刺激が走った。
(…あたたかい……)
感じたのは温もりだった。
よく知る、なつかしい温かさ。
自分の体を優しく包み込むような、母の胎内のような温もりを。
これは間違いない。
間違いなく――
瞼を開けた。
見開いた目に飛び込んできたのは、ミミリがよく知る顔だった。
「ミミリーーー!」
「…ツツジ!?」
自分の名を呼ぶ古馴染みの、よく聞き知った声に思わず涙腺が緩んでしまい、
ミミリの声は涙に濡れた。
瑠璃色の髪とAQUA-Sに身を包んだ少女――
自分と同じ遺伝子を持つ片割れの姉妹。
気が強くて気丈で、時にきつくてつっけんどんで、でも優しい女の子。
同い年の幼なじみ、ツツジ・C・ロードデンドロンの姿がそこにあった。
運命とはなんと数奇なことか。
よりにもよって、こんな時に彼女をよこしてくるなんて。
この偶然の必然が起こした奇跡に、ミミリは涙と歓喜を禁じ得なかった。
二人は、言葉を交わすよりも先に、互いの温もりを確かめ合いたくて
抱き締めあった。
「ツツジ!ホントにツツジなんだね。ウソじゃない?夢じゃないよね!?」
「ったく、あったりまえよ。夢でも幻でもないわ。触れるでしょ?温かいでしょ?
アンタのよく知るツツジさんでしょーが」
「うん、ほんとだ。ほんと…ほんと温かい。間違いなくツツジだよぉー」
ミミリの目から涙が溢れた。
「全く、このバカ㍉。思いっきりトラブルに巻き込まれて。
取り返しが付かなくなるから、あれほど一人でプランタリアから
出るのは控えろっていったじゃない。
ただでさえ、不幸引き寄せ体質なんだから」
「うん…ごめんなさい」
「まったくよ。アホ…!ニブチン……ッ!
もう…二度と会えないかと思ったんだからね…」
作品名:マジェスティック・ガール.#1(6~8節まで) 作家名:ミムロ コトナリ