i feel the gravity of it all
俺とロマは、能力者部隊の指揮において、双璧とも言える存在だった。
ロマの持つ能力は感覚系最上級の“無敵”であり、有り体に言ってしまえば空間認識能力の特化、ならびに身体能力の強化である。この2つが揃う事によって、文字通り『無敵』になるのである。
一方、俺の能力は、“理解”らしい。意識したことなんてないが、脳内に際限なく送られる膨大な量の情報を瞬時に処理し、最も有効な方法で活用できる。大軍の指揮に最も適した能力である。基本的に、この2人を中心として、能力者部隊は二分された。
「相変わらずつれないなぁ」
「用件を言えよ。なんかあるから来たんだろ」
潔い態度に、ロマはにぃっと口角をあげて、空いていた椅子に腰を下ろした。長居する気か、やめてくれよ。お前の顔なんて見たくもない。
「実はな、お前が身を寄せていた避難民テントの跡地が、平和公園になるの。覚えてる?」
俺はあの避難民テントがどうなったかは知らなかった。お迎えだ、と連れ出されてからは、南の帝国が所有する能力者部隊で存分に能力を発揮していたからである。気にかけてる余裕なんてなかった。
「……へぇ」
ロマは尻のポケットからくしゃくしゃの紙切れを取り出した。こういうところも嫌いだ。さて、その重要書類の内容は、かつて戦争という人類最大の暴力に屈しなかったコンスルがその命を散らした避難所を、公園として生まれ変わらせるというものである。こういったパフォーマンスは良くも悪くも話題になる。南の皇帝が、西の公主の息女との結婚を決めた今の時期には持って来い。あざとくて、嫌だね。
「あそこら辺は戦時中も戦後もしばらくは放っておかれた土地だからな、地ならしに何人か欲しいっていうんだよ」
平和な世界で無用になった能力者部隊は、辺境監視部と名前を変え、帝国の雑用係となった。こういった地味で、面倒で、あまり安全ではないお仕事が、ちらほら舞い込んでくるのである。
「精鋭何人か派遣するから、指揮してくれるだろ?」
動揺しないわけじゃなかった。今まで触れないでいたけれども、あの場所は俺にとって、色々なことがありすぎだ。所謂、人生のターニングポイント。
この世の悪の、権化みたいな男だよ、ロマは。わかってて、俺にこの任務を回すんだろ。
「ああ。任務なら」
「そう言ってくれると思ったよ。明日の朝、発ってくれ」
人間の気持ちの揺らぎも情報のひとつだ。簡単に処理できる。のに、よくわからない。自分の気持ちだけ、上手く処理できない。でも、そのままでも良いんじゃないかと思えるくらいにはなった。
「ひとつだけ聞かせてくれよ」
「ん?」
部屋を出ようと、ドアノブに手を伸ばしていたロマは顔だけ振り返り、俺のほうを見た。ロマの眼は、変わった。初めて見たときは、凍えそうだったのも、二度目には炎が灯っていた。間には、なにがあったというのだろう。俺は知らない。知ろうとは思わない。
「一番最初に、工業地帯で会ったとき、どうしてお前は俺を生かした」
「さぁ?そんなのもう覚えてねーよ」
「……」
思わず閉口した俺に、ロマは何か言わなくてはと思ったのか、あまりにもひとでなしな発言をした。まぁ、別にいいけど。どう思われてようが、どう言われようが、俺がロマを嫌いなのは揺るがないので。
あっちはそうでもないのか、知らないけど。
「ガキ一人殺しても、面白くねーと思ったんじゃないの」
「そうか……いや、ありがとう」
それじゃ、と軽く手を振って、ロマは行ってしまった。『無敵』を冠する、ロマですらわからないことがあったのだ。あの時、俺がロマに殺されずに済んだのは、本当に軍の装甲車が近くに居たからで、ロマの持っていた銃剣が殺傷能力だけを追求して、発砲音の大きさや反動には配慮のないもので、そんなので俺を撃ち殺したら、すぐさま軍が駆けつけて来たからで。ロマは“無敵”の能力で、それらを本能的に回避した。ちなみに銃剣の剣部分は、血と脂で使い物にはならなかっただろう。
俺はしっかりと、自分の能力を使って生き延びていたのだと、今ならわかる。
数年間の間に、多民族国家である東では、その多くが消えた。俺の一族もそう。
民族同士の小競り合いで滅した多くの少数民族と、俺が違うところは、南かどこか、とにかく東以外傭兵集団に、滅ぼされたことだった。
紛争の時代―、“先の大戦”前の、数年間がそう呼ばれる。
作品名:i feel the gravity of it all 作家名:塩出 快