炉黒一琉の邂逅(2)
「神隠し。古くから伝わる言葉だよね。ある日、忽然と姿が消えうせる現象。昔の人たちは、神域のある山や森、村や里で行方不明者が出ると『神の仕業』と考えたんだ。だから、またの名を――天狗隠し」
天狗隠し――聞きなれない言葉だ。天狗と言えば、一般的に知られているのは顔が赤く、鼻が長く、羽が生えているあの天狗なのだろう。
しかし、天狗隠しと言われても神隠しに直結しているとは思えない。というよりも、想像がつかないと言うのが正しいのか。
どちらにせよ、蜻蛉さんの話を聞かなければ到底理解することが出来ない。
「天狗は妖怪とかいう生易しい存在ではなく――神なんだよ。山神に値する存在なんだ。そして、この天狗が人間を攫い、人間が消えうせる現象を昔の人達は天狗隠しと呼んだんだ。古来、神隠しは神の仕業と考えられていたから、この天狗隠しに直結したんだろうね」
もし仮に、天狗が人間を攫ったのだとして、何故人間を攫うのだろう。攫う意味があるのだろうか。天狗と言えば、慢心の権化とされているはずだ。
『天狗になる』、『鼻が高い』という表現が使われているくらいなのだから、何かしらの関連があるのだろうか。
「まぁ、他にも雨女や山姥と言った神ではなく、単純に妖怪の仕業とも伝えられているんだけどね。俺個人としては、山の神――すなわち天狗の可能性が濃厚だと思うんだ。確信はない、あくまで予想でしかないんだけどね」
「蜻蛉さんはどうして天狗の仕業だと思うの?」
「簡単なことだよ、炉黒君。藪地蔵の森は、禁足地と言うだけに神域への端境が多いと思うんだ。ということは、神の住まう領域との狭間が不安定なんだよ。それだけ神隠しに会いやすくなるわけだ。ただの妖怪の仕業だったら禁足地と言われるほどにはならないと思うよ。うまく説明は出来ないんだけど、何て言うか・・・・・・男の勘だよ、勘」
「ていうか、蜻蛉さん。その神域やら端境って言葉も初耳なんだけど」
神域、端境、聞いたことがあるようで、身近に感じられるような言葉でもそうではなくて。なんとも、不思議な言葉だ。
蛹裏は、先程から目を輝かせ蜻蛉さんの話を聞き言っているし、鬼火ちゃんに至っては懐中電灯に興味を持ったのか、やたらと弄くり回している。
こうなってしまっては僕が相槌を打つしかないのだ。
これも語り部である僕の役目なのであろう。
「あぁそうだったね、炉黒君」
蜻蛉さんは、そう言うと何処から話すか考え始め、思案顔へと移り変わって行った。
「あぁ・・・・・・こっちの可能性もあるか・・・・・・あのトピ主が馬鹿をやったら・・・・・・」
どうやら思考を巡らせ、色々な可能性を見出しているらしい。急にブツブツと独り言を呟いている。案外、独り言を呟く蜻蛉さんはなかなかお目にかかれるものではない。
それほどまでに真剣なんだろう。
「蜻蛉さん・・・・・・?」
僕は、蜻蛉さんの思考を邪魔するのが申し訳なかったが、僕としても神隠しの知識を入れなければならないので、蜻蛉さんを促した。
「あぁ、すまないね、炉黒君。炉黒君のおかげで新たな可能性に行きついてね。丁度いいから、それも踏まえて説明することにするよ」
「うん、よろしく」
作品名:炉黒一琉の邂逅(2) 作家名:たし