炉黒一琉の邂逅
103号室。
その古ぼけたアパートと共に時間を過ごしたそのドアもまた年季が入っていて、それはもうワンパンチKO出来そうな雰囲気を醸し出していた。
そしてそのドアの目線上に掲げられたプレートがその変人ぶりを証明していた。
『蜻蛉さんの都市伝説・怪奇現象解決事務所』
まず第一に名前が長すぎる。いつもこのプレートを見るたびに他に言いようがなかったのだろうかと考えてしまうのである。
そして自分の名前に『さん』付けしまう所も変人を象徴している所以たるものだと思う。
僕は、蜻蛉さんが未だに起きている、又は起きてくれることに願いを込めドアを二回ほどノックをした。
「やぁ炉黒君、こんばんは。おはようかな? 待ちくたびれたよ、本当に。空蝉ちゃんとの会話が長引いたら僕はこの話から消えることを志願していた所だよ」
あまり手入れをしていないだろう伸びた黒髪、大きなくまが目立つ気だるげな瞳、それでいて整った顔立ちをしているという不思議なお方。そして独特のリズム。
蜻蛉さんだ。
「それはそうとどうしたんだい、こんな朝早くから」
蜻蛉さは全てを把握していて尚、問いただすような口調で僕に問いかけて来た。
「蜻蛉さんの大好きな都市伝説の亡霊を連れて来たのさ。今日の夜中にひょんな事からで出会っちゃってさ」
「――あの夏、僕らは出会った」
「いいから、そんなキャッチコピー作らなくても」
「――この夏、奴らが帰ってくる」
「ハリウッド風にしてもダメだ!」
「冗談はこの辺にしておいて、炉黒君の後ろにいる亡霊ちゃんがそれだね。さながら首なしライダーってところか。僕もまじまじと実物を見るのは初めてだよ」
蜻蛉さんは僕の後ろに佇んでいるライダーを見ながら言った。
さすがは蜻蛉さんだと思う。首なしライダーを目の前にしたって怖気づかないどころか、平常を保ち続けている。
それにしても首なしライダー相手に亡霊ちゃんって・・・・・・他に呼び方ないのかな。
「ライダーっていう呼び名でいいのかい?」
「読心術を使うな。それに何故その呼び方を知っているんだよ」
「何でって当たり前じゃないか。そんなの数ページも前から・・・・・・」
「皆まで言うな!」
本当に蜻蛉さんは厄介極まりないな。少しでも気を抜いたらすぐこれだ。
「それにしても首なしライダーとはまた有名な亡霊を連れて来たものだね。このままじゃ僕の事務所はゴーストハウスそのものになってしまうよ」
「なんというか・・・・・・本当に申し訳ないんだけどね」
このままじゃゴーストハウスになってしまう。それは蜻蛉さんの都市伝説・怪奇現象解決事務所に住んでいるもう一人の可愛いらしい住人のことをさしているのだろう。ゴーストといってもその子はゴーストではなく、妖や伝説、そして伝承の部類に入るのだろうけど。
この子も僕が数日前に深夜徘徊に勤しんでいる時に出会った子である。その出会いというのがまた衝撃的だった。何せ、喰っていたのだから。
何をって?
そりゃあ人間に決まっているじゃないか。深夜徘徊に勤しんでいる時に、人気のない通りで人を喰っていたのだ。無邪気にも純粋に、人間が牛肉を食すかの様に豪快に。
とは言っても、その子は決して悪気があった訳ではないらしい。悪気がないと言うよりもあまりにもこの世に無知すぎるが故に、と言ったところだろうか。
この話だけを聞いてしまってはサイコパスやカニバリズムの部類に入ってしまうかもしれないけれど、決してそう言う訳でもない。
本当に無知すぎるが故、さながら生まれたての赤子のように。
そういう――鬼の子供だった。