炉黒一琉の邂逅
「不思議がるのも無理もない話だよ、炉黒君。君は神隠しを知っているだけであって理解していないのだから。神隠しにも、慣れ、というものが存在するんだよ」
「神隠しに慣れなんてあるの?」
「あるよ。確実にある。ただ一般的には知られていないのだけどね。確かに神隠しに慣れはあるし、練習があるんだよ。練習というよりは前準備と言った方がいいかもしれないけどね」
「・・・・・・分かった。僕たちはどうしたらいいんだ?」
「そうだね、まずは三人で川の字になって寝てくれるかい?」
蜻蛉さんにそう言われ、僕たちは決して広いとは言い難いスペースに体を寄せ合い、川の字に寝た。左から僕、鬼火ちゃん、ライダー。偶然にも慎重潤で本当に『川』という漢字が出来あがってしまった。
僕は、内心こんなくだらないことを考えながらも徐々に心が不安な気持ちで覆われて行くのが分かった。それは何故か。川の字になってから約一分。蜻蛉さんは一向にして口を開こうとはしない。蜻蛉さんは僕たちの頭の方にいるはずなので、表情も何をしているのかも伺うことが出来ない。
「おーけい。目を閉じてくれ」
ふいに蜻蛉さんが言った。もしかしたら今の一分間も何かしらの意味が合っての時間だったのかもしれない。そう考えながら僕は蜻蛉さんに言われた通りに目を閉じた。
するとふいに眠気が襲ってきた。頭に何キロもの重りを括りつけられたように重く、体は次第に無重力空間にいるような錯覚に陥ってきた。
そのいつ意識を失ってもおかしくはない極限状態の中、蜻蛉さんの声が呪文のように響いた。
「神隠しとは違う次元に行くこと。つまりは異次元、厳密に言わせてもらえば神域という次元に行くことを言うんだ。そして、違う次元――神域ということは現世から自分たちの体が一瞬だけ消えると言うことを意味するんだよ。分かるかい? 消えるんだ。いなくなるのではなくね。神域に向かう際には体は現世で量子分解されて、神域で再構築されるんだ。だから現世から神域に行く一瞬、僕たちは本当の意味で世界から消えるんだ。跡形もなくね。俺はこれだけが心配でね、とてつもなく怖い」
ぼんやりとした頭に入ってくる蜻蛉さんの声は、確かに震えていた。余程怖いのだろうか。確かに体が量子分解なんて聞いたことがないし、想像もできない。まさに未知というものなのだろう。そして未知とは恐怖と同意義なのだ。