炉黒一琉の邂逅
「なかなか楽しそうだろ? 人間の心理を掴んでいるかのような書き込みだよ、これは」
蜻蛉さんは、不敵に微笑みながら言った。不敵に微笑みながらも、その瞳の奥に化がいている物は好奇心旺盛の子供と一緒の輝きと似ているような気もした。
というよりも、この『名無し』さんというハンドルネームを使用している人は多分だけど、蜻蛉さんだろう。いや、多分じゃないか。ほぼ確実にそうだ。
「それはそうと蜻蛉さん。藪地蔵の森ってなんなの?」
このスレの話題に登場する藪地蔵の森。実に聞きなれない名称でもある。
「――禁足地さ」
禁足地。
禁足地というからには、立ち行ってはならない禁断の土地と言った所だろう。しかし、何故この藪地蔵の森が禁足地になっているのかが分からない。
自殺の名所と言われている富士の樹海の様なものなのだろうか。
「神隠しの――名所、だよ、炉黒君」
「・・・・・・神隠しの名所?」
「そうだよ、炉黒君。俺の中で神隠しと藪地蔵の森はイコール関係で結ばれていると言ってもいい。それほどまでに危険で未知の森・・・・・・いや、世界なんだよ」
僕は、未だに不敵な笑みを浮かべている蜻蛉さんを見て嫌な予感がした。そして嫌な予感は的中する物なのだ。いや、これは最早予感なんて生半可なものじゃない。僕は確信してしまった。
そんな僕の心境を知ってか知らないでか、蜻蛉さんは僕の気持ちなどお構いなしと言わんばかりに淡々と説明を始めた。勿論、不敵な笑みを浮かべたままだ。
「藪地蔵の森――ここは古くから時代くらいから語り継がれていたんだ。この藪地蔵の森にに踏み入れると二度と出られなくなるとね。その伝承が今でも強く残っていて禁足地となっているんだ」
二度と出ることが出来ない。
それを知っていて尚、蜻蛉さんは・・・・・・
「まさか・・・・・・その藪地蔵の森に行くって言うんじゃ・・・・・・?」
「そのまさかだよ」
そのまさかだった。
僕も怪奇現象や都市伝説を初めとする現象と遭遇ていない部類の人間だったならば、半分は肝試しに行く気分で行けたのだろう。元々僕はそう言ったホラー系が得意の人間だったから。でも、今は違う。亡霊や鬼、妖怪・・・・・・通常の人間ならば出会うことのないものに出会ってしまっている。
出会ってしまっているのだ。
だから、蜻蛉さんの言っていることが決して嘘とは思えない。この世界には確かに不可思議な現象があるのだから。
「俺自身、未だに藪地蔵の森は足を踏み入れたことがなくてね。この機会にでも行ってみようかな、と思ってさ」
こうなってしまっては蜻蛉さんは止まらない。蜻蛉さんは基本的にはテキトー部類の人間なのだが、こういった時の蜻蛉さんは何を言っても変わりはしないだろう。こういった時の蜻蛉さんというのは、怪奇現象や都市伝説の関係に遭遇した時だけなのだけれど。今がまさにその時なのだ。
「でも、そのトピが本当の事を言っている保証なんてないんでしょ?」
それでも僕はダメ元で何とか食いさがってみた。さながら親に駄々を捏ねる子供の様な気分に陥ってしまうが仕方ない。だって、本当に行きたくなのだ。
この世で神隠しに会いに行く変人など、蜻蛉さんくらいだろう。もし仮にいたとしても、決してこれ以上の変人とは出会いたくないけれど。
「保証なんて何処にもないさ。けれど炉黒君、神隠しに会う保証は既にあるじゃないか。伝承や歴史がね」
「確かにそれも保証の一つだけど・・・・・・まぁいいや。結局のところ僕は何かしらに理由付けて藪地蔵の森に逃げたいだけだからね」
「くくく、そんなところだろうと思っていたよ。そんな炉黒君の為に神隠しの練習をしようと思っていたんだ。炉黒君だけでなく、俺も含めた鬼火ちゃんとライダーもね」
「神隠しの練習?」
神隠しなんて言う伝説じみた現象に練習なんてあるのだろうか。ロールプレイングゲームのように神隠しにもレベルがあって、神隠しに出会う地域によって隠し具合が違うと言うのか。さながら藪地蔵の森がレベルにして百だとしたら、今この場で神隠しに会ったらレベル一と言った所だろうか。
そんな馬鹿な。自分で考えてもアホらしい。